対決!討論会!
「今回の討論会のテーマは____________こちら!」
例年どおり大盛況となった討論会。凌率いる黒木チームへと立ち向かう流星達はその対決のテーマの発表を見るためその視線をステージのスクリーンへと向けていた。
進行役の高らかな声と同時にステージ中央に設置された大きなスクリーンに文字が映し出される。
「『創生学園生に必要なのは創造力?それとも発想力?』ー!!!」
観客席から驚きの声が上がる。近年はかなり砕けた内容が多かったため今回のこのお堅いお題を予想する人間は少なかったのだ。
驚いたのは流星達も同じで流星はその表情に焦りを見せる。
(おいおいマジかよ…想定してるパターンの中で最悪のパターンを引いちまった…!)
「うわ…なんか難しいの来たー…もっと簡単なやつにしてよ。カレー味のうn…」
「はいストップストップ。女の子なんだからそれ以上は言わないで」
「んー!!!」
焦燥感に駆られるのも束の間、爆弾を吐き出そとする真帆の口を手で抑える。
(…まったくこいつは…少しは焦ってくれ)
「今回はかなり真面目なお題だな。ある意味創生らしいが」
表情から見て取れる程の焦りを見せる流星の横顔に一翔が声をかける。今回の頼みの綱は一翔といっても過言ではない程だ。飄々とした一翔の様子を見るに問題はなさそうだが、油断は出来ないだろう。
流星は隠しきれない不安を声色に見せながら一翔に問いかける。
「…正直一翔行けそう?」
「
「話題が堅すぎる?」
「あぁ。直近五年のお題を見たところ『学園にコンビニは必要か』とか『学園のデートスポットはどこ』などのそれ自体が聴者の興味を引くようなものだったが、今回のははっきり言って聴者からすれば『つまらない』の一言に尽きる。これがどういうことか、分かるよな?」
「…納得させるのが難しいと」
「そういうことだ」
一翔の口から述べられる事実に流星は唇を噛んだ。今回のお題に対するハードルは近年の中のものでも一番と言って差し支えないものだ。確実に苦戦を強いられる事を示唆していた。流星は腕を組んでうなだれた。
分かりやすく頭を悩ませる流星に対して理央がやれやれといった様子で声をかける。
「まぁまぁmy star、そう気負いするんじゃない。苦しいのは相手も同じさ。弱気になっては勝負する前から勝敗が着いてしまうだろう?」
苦い表情をする流星に理央が励ましの声をかける。何もこのお題は流星達だけに出された訳ではない。今回の立候補者である凌にも出されたものなのだ。その言葉を受けた流星は瞠目する。
「それに考える脳は一つじゃない。大方のことは私と一翔に任せたまえ」
「そうよ流星くん。仲間は既に集まっているのだから一致団結して行きましょう」
響華が流星の手を取る。今回は歴戦の仲間達に加えて響華という心強すぎる味方もいる。恐れるに足らないという事実に気付かされた流星は方の力がすっと抜けた。
響華に握られた手から彼女のぬくもりが伝わってくる。流星は幾度となく助けられてきた彼女の手が同仕様もなく暖かく感じた。
「…そうっすね。皆、気合入れていこう」
「おう」
「御意」
「おー!」
流星達はもうじき始まろうとしている決戦に向けて再び気を引き締める。今回の戦い、やるのならば絶対に勝ちたい。不器用ながらも励ましてくれた凌、そして救えなかった瑞希のためにも情けない姿は見せられまい。流星は自らの拳を強く握りしめた。
会場の盛り上がりも静まってきた所で進行のアナウンスが鳴り響く。
「つきまして、討論会のための会場設営に移ります。生徒の皆様は席に着いたまま今しばらくお待ちください。また、各立候補者のお二方は先行後攻、意見の選択の取り決めを行いますのでステージ中央にお集まりください」
進行役の生徒がマイクの電源を切った所で会場は生徒達の期待の声で溢れかえる。ステージ上には係の生徒達が演壇の撤去と討論会のための机の設置に動いていた。
「なぁ、お前どっちがいいと思う?俺は___」
「あぁ。勝つならその手がベストだろう。”勝つなら”な」
「その言振り、もしかしなくても策が既にある感じだな」
「あぁ。決して安定はしないが…あることにはある」
流星は一翔と取り決めの話し合いをしながらステージ中央へと向かう。どうやら一翔には既に策が思いついているらしい。彼の頭の回転の速さは周知の事実だ。中学時代も理央と共に生徒会の中枢を担っていた。そのこともあり、流星は彼に絶大な信頼を置いている。
二人で中央までやって来た所で反対側から歩いてきた凌と目が合う。その睨んでいるのか逸れが通常なのか分からない藤の花と同じ色をしたツリ目と流星の紅の瞳がばっちりと合う。
「ふん、どうした?不安だから一翔を連れてきたのか?」
開口一番に言葉の槍を飛ばしてくる凌に、流星は負けじと反撃を仕掛ける。
「あぁ。俺はどっかの誰かさんみたいに専属メイドについていてもらわないと何も出来ないからな」
「チッ…気に食わん奴だ」
「まぁ落ち着け二人共。係の生徒が困っているぞ」
仲裁に入った一翔の言葉を受けて流星と凌の視線はすぐ側まで来ていた一人の女子生徒へと向けられる。酷く困った様子で苦笑いを浮かべている。
凌はこほんと咳払いをすると声色を変えて話始める。
「…失礼した。早急に取り決めを行うとしよう」
(はぁ?こいつ、先に仕掛けてきたのはそっちだろッ!これじゃ俺が嫌な奴みたいやんけぇ…)
分かりやすく声色を変えて言い放つ凌に対して流星は心の中で不満の声を上げる。しかしこれ以上煽り合いを続けるわけにも行かず、流星は大人しく取り決めを行うことにした。
「どうする凌。話し合い…は無理だろう。ここはじゃんけんで決めようぜ。勝ったほうが先攻後攻の選択、負けたほうが主張の選択な」
「いいだろう。後出しはなしだぞ」
「言われなくてもしねーよ!…んじゃ、行くぞ」
「「じゃんけん…」」
「…まじかよ」
「…ふん、他愛もない」
流星が出したのは固い決意の意思を表したグー。対して凌が出したのはその強者たる慢心を表したパー。このじゃんけんというルールにおいてその相性は最悪とされている。とどのつまり、流星の負けだ。
「…じゃんけんに勝ったぐらいでかっこつけんなよ」
「勝ちは勝ち。それは絶対的な不変の事実だ。それを誇って何が悪い。…いいから決めるぞ。俺が選択するのは”先攻”だ」
「…えっ」
凌が二つの選択肢から選んだのは先攻。この討論会において先攻というのは若干の不利が生じる。後攻の勢いのままに負けになるパターンが少なくないのだ。
だが、それは先攻の詰めが甘かった場合のみだ。先攻で圧倒的な連携を見せつけ勝利を収めれば生徒会長の座はぐっと近づくはずだ。自尊心故の選択だろう。
(こいつ…『お前相手なら余裕だ』ってことかよ。とことん気に食わない奴だ…)
「なんだその表情は?わざわざ優位を譲ってやったのだ。せいぜい足掻いてみせろ」
「…なんか棘はあるけど感謝しておく。今度はこっちの番だな」
負けた流星ができるのは主張の選択。今回のお題は『必要なのは創造力か発想力か』。流星にとってはどちらも難しい問題であることに変わりは無いが、このまま適当にというわけにもいけまい。なんせ戦うの自分だけではなく頼もしい仲間達も共に戦うのだ。
流星は苛立ちを見せる凌の前で思考を始める。
(…今回のお題、有利なのは間違い想像力の方だ。なんせ学園が掲げてる自由創生に当てはまるものだしな。…だからといってそっちを取るのは、か)
「流星」
思考する流星に一翔が凛とした表情に声をかける。なにかを思うレンズ越しのその視線から流星は一翔の考えを汲み取った。
「多分だけど同じ事考えてる。…凌、俺らは”発想力”の主張を選ぶぜ」
「…ほぅ。どんな考えがあるの知らんが愚策だな。精々足掻くといい」
二人の選択を聞き届けた係の生徒はペコリと一礼して進行役の元へと向かった。会場の設営もちょうど終わり、長机が二つ対面に並べられ、人数分のパイプ椅子が並べられた。
「そろそろ時間だ。戻るとしよう」
「そうだな。じゃ、ケツ洗って待っとけよ」
「それを言うなら首だ馬鹿たれ。…同じ鉄を二度は踏まん。貴様が何をしようと俺が勝つ」
最後に言葉を交わした二人は互いに振り返り、仲間の元へと戻っていく。顔を背ける一瞬、流星の目に映ったのはいつもの不敵な笑みではなく心底楽しそうな笑みを浮かべる凌の表情だった。
(…なんだよあいつ。あんな表情初めて見たぞ)
「おかえりmy star。どちらの主張にしたんだい?」
「発想力のほうだ」
「なるほど。大方予定どおりって所かい?クックック、楽しくなってきたねぇ」
理央が凌に負けず劣らずの不敵な笑みを浮かべる。一流のマッドサイエンティストとして不敵な笑みの練習をしていたのを流星は知っているが本人には内緒にしておくことにしている。
愛想笑いを顔に貼り付ける流星の視界の端で金色の髪色が揺れる。
「よっしゃー!気合入れてこーぜりゅーちん!」
「あぁ。隣は頼んだぜ」
駆け寄ってきた真帆の頭をポンポンしてそう言った流星。不自然な静寂が訪れた後に真帆以外の視線が流星に注がれる。彼がその失言に気がつくまでは数秒とかからなかった。
(…あ、やべ)
「…隣は私よね?私が流星くんの妻よね?そうよね?ねぇ、流星くんなんで間違えたの?ねぇ」
光を失った瞳で詰め寄ってくる響華に流星は浮かんできた言い訳をつらつらと並べ始める。
「いや、なんていうか、昔の癖っていうか、言葉の綾っていうか…」
「はぁ…こいつはなんでいつもこうなんだよ」
「仕方あるまい。これが私達のmy starなのさ。…まぁ反省はして欲しい所だが」
いつまで経っても変わらない流星を見て凶真と理央は呆れた表情を浮かべる。この光景を見るのもいい加減飽きてきた所だ。二人揃ってため息を吐く。
流星からの助けてというが送られてきたが、その視線に二人は自分でなんとかしろという視線で返した。
「会場の準備が整いました。立候補者の皆様はステージ上の席にご着席ください」
「おや、お時間のようですよ」
「…隣は私なんだから」
「…とりあえず座りましょうか」
流星は六つ並べられた席のうち右から二番目に座った。両隣は響華と真帆である。
(…やべ、座るとこミスった)
「流星くんは私のもの流星くんは私のもの流星くんは私のもの…」
「りゅーちんどした?顔青いぜー?手握っててあげよっか!」
「マジで遠慮しておく」
しばらくして凌側の生徒も着席する。凌の隣には背筋をピンと伸ばした仄花が座っている。仄花は顔を青くさせる流星に不思議そうな、それでいてどこか不服そうな視線を送ってくる。
(…なんか仄花から異様な視線を感じる。助け船出してくれるなら早めに出してほしいんだが)
ステージの席が埋まったのを見て進行役の生徒は再びアナウンスを開始する。
「続きまして五分間の評議時間に移ります。黒木様方の主張は『創造力』、諸星様方の主張は『発想力』となります。それでは各立候補者の皆様は話し合いを開始してください」
ステージ上のプロジェクターに五分間のタイマーが表示される。ついに五分間の評議時間が始まった。この学園の討論会はお題は本番にならないと分からない上に仲間と話し合える時間はこの五分間のみ。この五分間でいかに説得力のある意見をまとめることができるかが勝利の鍵となるだろう。このことからこの五分間は『運命の五分間』と呼ばれている。
流星は片手に爆弾を抱えながらも一翔達との作戦会議を開始した。
「さぁ、始めようか皆の衆。運命の五分間のスタートだ。まず発想力についてまとめよう」
「発想力とはイメージを言葉にする能力、物事を更に発展させる能力の事を指す。メリットとしては柔軟な思考を身につけるきっかけを作り出す事ができたり、限られた時間で成果を生み出す事が容易になったりすることだ」
「なるほどな…」
「…」
「流星くん流星くん流星くん流星くん流星くん流星くん流星くん流星くん流星くん流星くん流星くん流星くん流星くん…」
「zzz…」
一翔、理央を中心に話し合いは進んでいく。流星と凶真とはそれを真剣に聞いているが真帆はというと観客席の友達に向かって手を振っている。完全に上の空だ。
響華はと言うと未だに呪詛のように流星の名前を唱えている。…先程のことがよほど効いたらしい。
レオンに関しては目を開けて寝ている。先程から静かだと思っていたらどうやら眠っていたらしい。この観衆の前で居眠りをするあたりかなりのふてぶてしさを感じる。
「なにかを作り出すという点では創生学園が掲げている自由創生に必要な力といって差し支え無いだろう。これらを踏まえてメリットの主張をすべきだ」
「ではそれで行くとしようか。だが、いささかパンチ力が少ないな。もう一つ二つ、根拠を提示する必要がある」
「実例を挙げるのは?学校でのグループワークでの会議が盛り上がるとか、発想力で考えを広げることで新たなアイディアに辿り着くことができる、とか…」
指折りをしながら数える流星の案を聞いて、理央と一人の二人が頷く。
「ではその二つを使うことにしよう。後は__」
「流星くん流星くん流星くん流星くん流星くん流星くん流星くん流星くん流星くん流星くん流星くん流星くん流星くん流星くん流星くん…」
「…そうだな。俺達の主張は後攻だ。…分かっているな流星」
「おうよ。任せとけ」
ピーッ
「評議時間が終了致しました。立候補者の皆様はそこまでとしてください」
耳をつんざくようなけたたましい音が鳴り響き、五分間の評議時間が終了した。流星側の主張は完全にまとまっている。あとは凌へとぶつけるのみだ。
「続きまして立候補者の主張に移ります。先攻は黒木様です。それでは黒木様、お願い致します」
係の生徒からマイクを受け取った凌は立ち上がり、悠然として話始める。
(さぁ、どう来る…)
「私が主張させていただくのは創造力です。創造力とは『新しいものを作り出す』能力です。頭の中で浮かべたものを作り出す能力、とも言えるでしょう。私がこの創造力を主張する理由としてこの学園が掲げている『自由創生』にあります」
(…やっぱそう来るよな)
この学園が掲げている校訓である『自由創生』。この校訓は創造力に由来するものであり、決して無関係で済ませることは出来ないものになっている。創造力を主張する上でこれを出さない手は無いだろう。予想通りの展開に流星は歯噛みをした。
「『自由創生』というこの学園の素晴らしき校訓と創造力は切っても切れない縁で結ばれているものです。何かを生み出すにはなにかを作り出す力が必要であり、創造力はそれに当てはまるといえるでしょう」
観客席からは僅かに関心の声が聞こえてくる。流星が横目で確認した所では生徒会の人間も数人頷いているのが見て取れた。会場の雰囲気が次第に凌のペースに飲まれていく。
「さらに、創造力はこれからの時代を作り出すのに必要とされる力です。何事も先人の教えどおりに、とはいきません。近年悪化し続けている温暖化。絶えることのない国際問題。広がっていくばかりの途上国との格差。それらの解決に少しでも迫るためには新しい方法を生み出すというのが必要になります。この学園を旅立ち、政界の中で活躍される方も多くいることでしょう。それらの解決に向けてこの創造力を養うということは必要不可欠と言えます」
観客席から漏れ出してくる関心の声が次第に大きくなっていく。この日本という国に五万とある高校においてトップクラスに位置するこの学園は多くの政治家を輩出している。今観客席でこの主張を聞いている生徒の中にも政治家を目指す生徒が少なからずいるはずだ。これはその生徒達を味方につけるという凌の作戦だろう。
「…やるな」
一翔がふっと笑いながら呟く。それは友として、戦友として、幼き頃から財閥繋がりで関わりのあった彼を心から認めている事を証明する一言だった。
「この学園をより良いものへと作り変えるためにも必要なのは創造力だと私は主張します」
きっぱりと言い切った凌は一礼をして席に座る。その凌に向けて観客席からは多大なる拍手が送られた。流星を思わず手を叩いた。
「分かってはいたけど…やっぱうまいな凌は」
「コンビネーションもいいからな。あいつらは」
堂々たる姿勢を貫き、事実と根拠に基づいた発言は凌のもの。そこにある細かな角や隔たりを仄花が取り払う。まさに絶好のコンビネーションといえよう。
「…二人はプ○キュアってかんじだよな」
「それはよく分からんけど…そうだな」
流星の発言に苦笑いをする凶真。あくまで例えだ。あの凌がプ○キュアと言いたいわけではない。
「
「…ん、…あぁえぇ。そうですね」
「…お前寝てただろ」
「うっそだろこいつ目開けて寝れるのかよ」
目元を擦るレオンを前に凶真はその事実に驚きの声を上げる。中学からの付き合いだったが、この特技は一度も見ていない。流星はよく近くにいることが多かったためこの特技を知っている。その図々しさに流星はため息を吐いた。
「…少しは緊張感を持て。全校生徒の前にいるんだぞ」
「御意ぃ…」
「おい寝るな。…駄目だまた寝やがった」
「…まぁいい。ほっといてやれ。レオンは今回は役目なしだからな」
「ねぇ流星くんなんで私にかまってくれないの私は流星くんの妻なのよねぇお願いかまって」
「ちょちょちょストップストップ。…落ち着いてください。深呼吸しましょう?ほら、吸って…」
流星の合図に合わせて深呼吸をする響華。流星の制服から目一杯流星くん成分(※響華が言う流星の匂い)を摂取する。
「はぁ…いい匂い」
「…落ち着きましたか?いいですか?響華さんは俺の妻。俺は響華さんの夫。それは不変の事実です。だから響華さn「今更だけどさんは余計よ」…響華はどっしり構えててください」
流星が言い聞かせるように言った言葉の一言一言が響華の廃れた心を蘇らせていく。次第に響華の瞳にも光が戻ってくる。
「…えぇ。流星くんからの愛の告白、しっかりとこの耳で聞きどけたわ」
「…告白では無いですけどまぁ戻ってくれたなら良かったです」
「ん”んっ…諸星様ー!!!」
「うわーっ!?!?」
進行役のアナウンスが爆音で鳴り響く。はっとして流星が周りを見渡すと、係の生徒がすぐ側にいてその手にはスイッチが入ったマイクが握られている。観客席からは黄色い声や野郎共の他所でやれというヤジが飛んできている。
つまりどういうことかと言うと、先程までのやりとりはすべて筒抜けになっていた訳である。
「あ…あ…」
「あははっ、りゅーちん顔真っ赤ー!」
「ん”んっ…それでは改めまして後攻は諸星様です。諸星様、よろしくお願い致します」
流星はぎこちない動きで立ち上がる。悶々としながらもマイクを手に取り、取り繕いながら話し始めた。
「…いやー皆さん申し訳ない。少しこちらでトラブルがありまして…」
「どんなトラブルなんだよー???てかその首の跡なんだよー???」
「ぐっ…」
考える限り最悪なタイミングで最悪なヤジが飛んでくる。流星は腹を貫かれたような感覚に陥りながらもなんとか持ちこたえる。そしてこのヤジを飛ばしてきたであろう剣人の方向を今までに無いほど苦しそうに取り繕った顔で笑いながら睨んだ。
(あいつ…相変わらず性格は悪いのな。てかその距離離れててなんで首の跡見えるんだよ。目良すぎだろ。視力マサイ族かあいつ)
流星は心の中で愚痴をぶちまけながらもこの場をなんとか収めようと既に疲労している脳を働かせて弁明の言葉を捻り出した。
「…まぁまぁこれも全部作戦のうちです。とりあえず主張させてくdしあ…ください」
「ガチガチじゃんw」
「ダイジョブかりゅーせー?w」
(誰のせいだと思ってる…!とは言え、このままはまずいな。しっかりと軌道修正をしてかなくては…)
流星は一瞬目を閉じて深呼吸をする。交錯する思いは数多の数あるが、今は目の前の事へと集中を向ける。
「私が主張させていただくのは発想力です。…まぁ、凌くんが発想力だから当たり前ですね。まずは私も発想力の意味から確認させていただきます」
先程とは一転、落ち着いた声で流星は主張を始める。その様子を見て理央もほっと一息をつく。
「発想力とは、物事を考え出す能力の事。…創造力と一緒じゃね?と思われるかもしれませんが、本質的には異なるものとなっています。では相違点はどこなのか。それは”実際に作り出すか”ということです。具体的に言えば、発想力はアイディアにを生み出す力。創造力はそれを作り出す力というわけです」
流星は話しながら客席の様子を伺う。先程のトラブルが功を奏したのか見入って聞いている。流星達にとっては嬉しい誤算だ。だが、まだ凌に勝るまでは行かないだろう。流星は負けじとギアを上げていく。
「両者は深く交わり合うものですが、創造力のほうが一歩踏み出した能力と言えるでしょう。簡単に言えば上位互換です。私と凌くんみたいなものですね。…あ、私のほうが下ですよ?」
突然の自虐ネタにより僅かに会場の空気が緩む。その一瞬の隙に流星は畳み掛ける。
「凌くんは成績優秀、スポーツ万能で何事にも取り組む姿勢が素晴らしいです。対して私は勉強ができるわけでも無ければ運動が得意というわけでもありません。先生に教卓を投げつけられそうになることなんて日常茶飯事です」
淡々とした口調で立て続けに飛んでくる自虐ネタに会場の雰囲気は討論会というより文化祭のお笑いステージのようになっている。流星の狙った状況だ。
流星はここぞといわんばかりに語気を強めた。
「しかし、だからこそなのです。発想力とはいわば創造力の基礎的なもの。そうすると相対的に創造力は応用と言えます。応用とは基礎が崩れればなし崩しのよう崩れていきます。現に、基礎を崩した私が凌くんを追い詰めているこの状況もその一種と言えるでしょう」
自ら緩めた空気を自らで引き締める。その勢いが会場の空気を圧倒し、その空気の温暖差に観客席の生徒達は飲まれていく。
「この主張の前にあった五分間の評議時間。五分間という限られた時間の中でこの内容を考えることが出来たのも発想力あってこその事です。故に私は発想力のほうが必要だと主張します」
流星は最後にゆったりと一礼をした。それと同時に観客席からは大拍手が送られた。
後攻という立場を生かした流星にできる最大限の反撃。場の空気を操る事により無理矢理にでも流れを自分に向けるという器用に見える荒業だ。流星はそれを”再び”成し遂げた。
「…?どうされましたか凌様?」
「なんでもない。…ただ、気に食わないやつだと思っただけだ」
凌は拍手を浴びる流星の横顔を見て不愉快そうに、それでいてどこか満足したような表情を浮かべる。いつの日かの景色が凌の脳裏に浮かび上がった。
数年前、決戦投票で負けたあの日。こいつには敵わないと感じさせられたあの時。未熟だったあの数秒。凌はその一刹那によぎった過去が鮮明に感じた。
「諸星様、ありがとうございました。各立候補者の主張が終了致しました。続きまして投票に移ります。生徒の皆さんはお手元の端末より投票をお願い致します。つきましては集計作業になりますので投票後はしばらくお待ち下さい」
アナウンスにより生徒達が投票を始める。生徒達の手元にあるのはエンジニア部が開発した学園オリジナルスマートフォンで、プログラム部の作ったアプリによって集計が行われる。細かなところまで作ったものでやるのが創生流だ。
「ふぃー…」
トラブルはあったもののなんとか無事に発表を終わらせることが出来た流星は開放感から背もたれにへたり込む。投票の間、立候補者は暇になるためほぼ休憩時間のようなものなのだ。流星はここまで張り詰めて疲弊している精神を休め、背もたれによりかかりながら天井を見上げた。
(…俺、ちゃんと出来てたかな。瑞k)
「えぇ。しっかり出来てたわよ。十分すぎるぐらいにね」
「あっ、そそうっすか…ありがとうございます」
(あっぶねぇ…そういえばこの人俺の思考読めるんだった…)
隣に座る響華の特殊能力を失念していた流星は予想外のタイミングで脳内を読み取られ、焦りを見せた。幸い瑞希までは読み取られていなかったらしく、機嫌は良いままだ。バレないように安堵の表情を浮かべた。
「おつかれmy star。素晴らしい発表だったね」
「すごかったぞりゅーちん!流石せいとかいちょー!!!」
「それは昔の話な。まぁ、今なろうとしてるんだけど」
「上出来だ流星。俺の予想では…計画どおりに行くはずだ」
一翔からのお褒めの言葉に流星は良かったと安心した。安堵も束の間、会場に再びアナウンスが鳴り響く。
「集計が終了致しました。結果発表に移ります」
「結果発表か。…おいレオン、起きろ」
「…ん、ん”っ〜…もう終わりですか?」
堂々と伸びをして起きたレオンに呆れながらも流星はアナウンスに耳を傾ける。
「皆様、ステージ上のスクリーンにご注目ください」
再びステージ上のスクリーンに映像が映し出される。それぞれ諸星流星、黒木凌と書かれた帯グラフが並べられて映されている。
「それでは発表致します。今回の討論会の結果は…」
アナウンスの合図で二つの帯グラフが伸びていく。抜いて抜かされを繰り返しながらゆっくりと伸びていく。
(頼む…このままじゃただ恥かいただけになる…だから頼むっ)
流星は祈るような目でそのグラフを見つめる。全校生徒は1100人。順調に人数が加算されていく。一人、また二人と凌に加算されたかと思えば一人二人と流星に入る。
「うおぉ…めっちゃどきどきすぎるぞこれ」
「…やべ、吐きそう」
「おい大丈夫かよ。さすっとくか?」
「やめろ馬鹿吐くぞ」
あまりの不安に口を抑える凶真。流星はその背中をあえてさすった。凶真が悪魔を見るような目で見ているが今の流星はそれどころでは無かった。
拮抗したこの勝負、その行く末を見逃さないためにも流星はスクリーンを注視する。そして凌もまた同じくしてスクリーンを注視していた。
(頼む…!)
「おいおいギリギリすぎるだろ…」
「これ、流星いけんじゃね?」
「でも黒木は堅いぞ…」
拮抗する勝負に会場の空気も緊迫したものになっていく。会場の全員がこの対決に見入っていた。
「…っ!!!」
「よし…」
1099人目の票が凌に入る。流星は思わず息を飲んだ。残るは一人。その一人が流星の運命を握っている。
(頼む頼む頼む!俺にもう一度夢を見せてくれ…!)
祈る流星に寄り添う響華。飄々とした態度で見つめる理央。確信する一翔。神に祈る真帆。吐きそうな凶真。また寝ているレオン。星のもとに集った六人はその星と共に祈りを捧げる。
そして、その決着の時は訪れた。
「…あ」
「なっ…!?」
最後の一票が流星に入った。会場が一瞬の静寂に包まれる。
「黒木様、550票。諸星様、550票。よって引き分けと致します」
「引き…分け…?」
結果はまさかの引き分け。そう、”まさかの”引き分けだ。流星はそのまさかの展開に驚きの表情を見せた。
「おいおいまじかよ!あの黒木相手に引き分け!?やるな流星!!!」
「信じられねぇ…あの流星が黒木に引き分け?…夢なんじゃねぇかこれ」
「すっげー!!!…よく言い表せないけどすげー!!!」
観客席から溢れ出す驚きと歓喜の声。それらが流星の耳朶を打った。
「狙い通り、だな」
「あぁ。狙い通りだね一翔」
一翔と理央は少し安心した表情でそう呟いた。会場全体が流星の奮闘を称賛している。会場全体が流星でも行けるのではという思想になっている。これが流星達の狙い。それも最高のパターンだ。
流星の奮闘は勝利とは行かずも凌の首元をかすめた。前評判では圧倒的とされていた相手に引き分けという結果まで持ち込んだのだ。それは引き分けではなく、流星達全員で掴んだ”勝利”だった。
「はぁ…よかった」
「大成功ってところかしら。流星くん、勝利のハグよ」
「勝ってないですけどね。…でも今はしておこうかな」
流星は手を広げて待つ響華に身を預ける。響華の華やかな香りが流星嗅覚を刺激する。いつもの香りに流星は本能的に安心感を覚えた。疲労感からかいつものように優しく包み込んでくれる彼女の体がとても心地よく感じた。
会場の興奮が収まってきた所で会場にアナウンスが鳴り響く。
「以上で討論会の一切が終了致しました。立候補者の皆様、生徒の皆さん、お疲れ様でした」
進行役のアナウンスにより、討論会が終了した。まだ興奮収まらぬ生徒達が騒いでいるのを横目に流星はふっと微笑んだ。
「ほら言っただろ!流星ならいけんだって!!!」
「そうだよっ!りゅーせーくんは強いんだから!!!」
「あいつら…あんなに応援してくれてたんだ」
「おい、貴様」
限りない喜びを感じていた所で凌が話しかけてくる。流星はわざと嫌そうな表情を浮かべながら返事を返す。
「…なんだよ」
「なんだとはなんだ。俺がわざわざ来てやったのだ。ただでさえ不揃いな顔なのだから少しぐらいいい顔をしろ」
「はぁ?何様だよお前…てかなんの用だよ」
「ふん、忠告しに来てやっただけだ。引き分けぐらいで喜ばれては三流もいいところだ。選挙では叩き潰す。覚悟しておけ」
冷え切った視線から威圧感のある態度と言葉が流星にのしかかる。凌の宣戦布告に流星は身震いをした。だが、臆することは無く凌に反抗の意思を見せる。
「口ではそう言ってるけど本心はどうなんだか」
「…何が言いたい」
「ほんとはビビってんじゃねーの?」
「ふん、ふざけたことを言うな。俺がお前ごときに臆することなど地球がひっくり返っても無い」
自信満々に鼻で笑う凌の背後から一回り小さな影が姿を現す。
「凌様は楽しかったとのことです。選挙でもよろしく、と」
いつもの本音バラシを喰らった凌の顔は見る見るうちに赤くなっていく。流星達はその様子を見てニヤつく始めた。
「おい仄花…」
「へー…凌楽しかったんだ」
「…そんなことは無い」
「その割には顔が赤いねぇ?」
「…うるさい」
「これがツンデレというやつですね」
「違うっ。ツンデレなどではないっ!!!…もういい。帰るぞ仄花」
凌は踵を返すとそそくさと仲間の元へと帰っていった。流星達はその背中を終始ニヤニヤしながら見つめていた。凌もかわいい所があるんだなと流星は微笑んだ。
「りゅー、おつかれ」
「あ、ユッキーナ先輩」
聞き覚えのある声を聞いて振り返るとそこには優樹菜の姿があった。いつもジャージを着ている彼女にとって今の制服は少し窮屈そうだ。流星は優樹菜の元へと駆け寄っていく。
「今日はいいものを見させて貰ったよ。よくやったねりゅー。流石私の自慢の後輩だ」
「ユッキーナ先輩のおかげです。あざっす」
優樹菜はいつものように流星の頭を優しく撫でる。母のように褒めてくれる優樹菜に流星はなんだか気恥ずかしくなりながらもされるがままにされていた。
背中に突き刺さる冷たい視線にも気づかずに
「…流星くん?」
「あっ(絶望)」
首の跡のこともあってか討論会後、流星に関する噂がかなり増えた。
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