癒えない傷

 悲劇は突然訪れた。

 昨日まで笑い合っていた者が消えていた。最初は体の調子でも悪いのかと思っていた。待っていれば時期に来るだろう。そう慢心していた。だが、次にその者を見たのは棺桶の中だった。

 


 死んだ。そう。死んだのだ。自ら、首を吊って。

 現代社会において自殺など珍しい話ではない。鬱になりこの世を自ら去る者もいれば、金銭に困り逃げるようにこの世を去る者もいる。人の死に様など十人十色だ。だが、彼の死はあまりにも無惨のものだった。

 影で秘密裏に行われていた陰湿ないじめ。よりによって年上の者が行ったその非道な行為により彼は死んだ。

 俺は怒りと悲しみを隠せなかった。この先も笑い合って過ごすはずだった。共に学ぶはずだった。そのはずなのに事実を見抜けなかった自分のせいで彼は死んだ。俺はひどく自分を罵り、何度もナイフで突き刺すように自らを傷つけた。

 


 その後の俺の行動は決まっていた。

 俺は生徒会選挙に立候補した。これ以上の犠牲者を出させまいと。この学園からいじめをなくそうと。そう心に誓い、俺は立ちはだかる同志達てきに立ち向かった。

 その年の生徒会選挙は類を見ない激戦だった。自らのプライドのために立ち上がる者。愛する人のために立ち上がる者。そしていじめの根絶を掲げて立ち上がる者。俺はその全てを欺き、踏み台にしてのし上がった。彼らの絶望した表情、泣き崩れた姿、ひねり出したうめき声。今でも脳裏に焼き付いている。彼らから奪い去ったものは数知れない。

 


 のし上がった俺は影に潜むいじめを次々に捌いていった。上下関係のものから弱いものいじめまで全てを捌いた。いい気はしなかったがあれが俺にできる罪滅ぼしだった。

 決して楽なことでは無かった。俺の事を良く思わない生徒からの誹謗中傷やいじめを黙認していた教員からの妨害に足をとられるもあった。だが、俺は歩みを止めなかった。

 その結果、学園には平穏が訪れた。俺が夢にまで見た、あいつと共に生きたかった時間がそこにあった。生徒達は互いに笑い合い、喧騒の声など一つも聞こえてこない。困った者がいれば回りが助け合い、共に進んでいく。先輩後輩の関係も良好でいじめなどどこにも存在しなかった。

 俺はひどく安堵した。自分のやってきたことは間違いでは無かった。せめてもの罪滅ぼしが出来た、と。

 だが、その喜びは一瞬にして崩れ去った。



 ある日の事だった。学園を去ることになった者が自殺した、という噂が俺の耳に入った。まさか、という考えが瞬時に俺の脳内をよぎった。

 俺は先輩の伝手でその者の所を訪ねた。まさか、そんなはずがない。そんなわけがない。そう自分に言い訳をしながら。

 だが、現実は無情だった。その者は既に首を吊って死んでいた。

 俺はひどく絶望した。自らの罪滅ぼしのために、理想の実現のために、人を殺した。その事実が俺の心に突き刺さる。直接手を下したわけではなかった。ナイフを刺したわけでも、銃で撃ったわけでも無い。だが、殺したのは他でもない。俺だった。



 あれから二年の月日が過ぎた。現実から逃げた俺は私生活に支障をきたす事無く過ごしている。だが、俺の心にはあの時の虚が残ったままだ。

 俺は生徒会選挙に立候補することになった。一度間違えた俺がまた生徒会に立候補するなんて、皮肉なことだ。

 あれからずっと目を背けてきた。でも、それももう終わりだ。もうそろそろ向き合わなくちゃいけないのかもしれない。




「___瑞希」




 ふと思って彼の名前を呼んでみる。当然、声が帰ってくるはずも無い。




(…何やってんだ俺は。自分で突っ走って、その上間違ってたなんて…バカかよ)




 今更反省してみたけど、何が変わるわけでもない。窓から見える空には一匹のカラスが飛んでいる。

 明日はあいつの誕生日だ。たまには顔を出してやるとしよう。







「瑞稀ってどこの女よ」




「いや違うんですって響華さんちょっとまっt」

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