不思議な二人の関係値

「どういうことなの」




「…」




 賑やかな生徒達の陽気な空気で包まれていた購買前。

 学業の間にお腹を空かせた生徒が集まるこの場所にて、流星は響華による公開説教を受けていた。

 目の前には真っ黒な瞳孔をこれでもかとガン開きしている女王。怒りを顕にした女王の一言により一瞬にして空気が凍りつく。 

 周りに居た生徒達は悲鳴も上げずにそそくさと離れた所へと退散していく。

 好奇心のある物好きな人間は流星の行く先を影から見守っている。見ているなら助けろという流星の心の声は届くことは無い。

 この空間には怒りに狂う響華とこの空気感にも関わらず流星にひっついている真帆。

 そして完全なる被害者の流星のみとなった。

 



(…どうしてこうなった。もしかしなくても賢治の野郎、ばらしやがったな?全く、これだからオタクくんは…)




「流星くん、どういうことなのか聞いているのだけれど」




「…」




 尋常じゃ無い程の圧を放つ響華を前に流星は黙りこくる。

 必死に時間稼ぎをするが、どうあがいても活路が見えてこない。なんせ今までとは響華の怒りの度が違う。普通にナイフで刺してきそうな目をしている。

 誤魔化すことは不可能だと判断した流星は脳内の言い訳のメモをペラペラとめくる。

 頭をありったけ回転させていると腕にひっついている真帆が他人事のように口を開く。




「まぁまぁ、そんなに怒んなって〜可愛いお顔が台無しだぜ響華っち」




「…」




 流星はたしかに視認した。響華の眉間のシワが更に一つ増えたのを。それと共にまた空気が凍りつく。

 響華は以前の一件で真帆への評価を改め、最近は親しく接している。流星という共通の話題があることからその仲は友人よりも良いものと言える。

 だからこそだろう。この発言を許したのは。もし、この発言をしたのがそこら辺の名も知らない女子生徒だったとしたら一瞬にして骸にされていただろう。

 黙りこくる流星を前に響華がいつもより低いトーンで問いかける。 




「なぜ隠していたの」




「…聞かれなかったし、いいかなって」




「言い訳ね」




 一縷の望みに賭けて口を開いた流星だったが、無慈悲にも女王の氷柱に串刺しにされる。事態は悪化していくばかりだ。

 もはや何を言っても無駄な空気になっている。流星は自らの死を悟った。




(あぁこれもうダメなやつだ。何言っても聞いてもらえないやつだ。俺死ぬんだ…)




「りゅーちんと私の関係は秘密の関係だからね。そう簡単には口にできないんだぜっ」




「おい馬鹿」




 なぜこの女はこうも余計なことをぽんぽんと口にできるのだろうか。相変わらずな真帆に流星は頭を抱える。

 しばしの重い沈黙の後に響華が口を開く。




「…やっぱり浮気なのね」




「違います。ほんとに違いますから」




 変わらず圧を放ち続けている響華は僅かに揺らいだ瞳の中、絞り出すようにそう呟いた。

 その僅かな隙を汲み取るように流星が否定する。しかし、脳をこれでもかとフル回転させても出てくるのは安直な言葉のみ。

 このままでは取り返しがつかないと判断した流星は少し歯がゆいように口元を歪めると口を開いた。




「…真帆と俺の関係は少し複雑なんです。真実を知ってもらうには少し昔の話をしなくちゃいけません。だから、弁解の余地をください」




「複雑、ね…」




 目をぎゅっと瞑って頭を下げる流星。それを見下ろすようにして響華が呟く。瞳を閉じた響華の眉根が僅かに動く。

 数秒の沈黙の後に響華はゆっくりと口を開いた。




「…どういうことなのか説明して」




 流星の懇願も実ってか、普段から一方的な響華から流星に弁解の余地が与えられた。夫を信じないというのも妻として好ましくないと判断したからであろう。




「…それじゃ、ちょっと長いですけど聞いててくださいね」




 流星は気が進まなかったが、知られざる二人の過去について話始めた。




 中学時代。ある昼休みの事だった。

 流星は屋上のベンチにて天を見つめていた。何を考えているわけでも無く、ただ通り過ぎていく真っ白な雲を見つめてはため息を一つ漏らすばかりだった。

 そんな憂鬱な流星の耳に『バタン』と扉の開く大きな音が飛び込んでくる。




「…あ?」




 音の方へと視線を向けると美しくなびくブロンドが勢いよく飛び出してきた。名前はよく覚えていないが、クラスでよく見る人気者の女だ。

 急いだ様子のその女は辺りをキョロキョロと見回すと、扉の直ぐ側に設置されたゴミ箱の裏へと隠れた。




(…?なんだあいつ?何してるんだ?)





 流星は不思議に思って見ていると程なくして知り合いである先輩が複数人やってきた。先程の女と同様に辺りを見回している。

 流星の存在に気がついた生徒の一人が流星に呼びかけながら駆け寄ってくる。




「おい!りゅーせー!お前真帆ちゃん見なかったかー?」




「真帆?誰なんですそれ?」




「ほら、金髪のギャルの子!お前とおんなじクラスの!」




(金髪ギャル…あ)




 金髪のギャル、と聞いて流星は視界で身を縮こませているブロンドに視線が移る。

 流星と視線がばっちりと合ったその女は懇願するような目で顔をぶんぶんと横に振った。この状況から察するにどうやら先輩達につき纏われていたらしい。

 ここで空気を読まずに先輩に言ったらこの後起きるであろう面倒事は避けられるが、後で恨みを買うだけだと感じた流星はうまく誤魔化すことにした。




「あー…見てないっすけど」




「マジか。あっれー?こっちに行ったと思ったんだけどな…」




「…またナンパっすか?しつこいのも考えものですよ」




「うっせ!俺だって彼女の一人や二人欲しいんだよ!じゃあな!」




 そう吐き捨てると他の仲間達を連れて扉の奥へと向かっていった。流星は仲良くしておいて良かったと内心安堵のため息をつく。彼らは顔は良いが何故か彼女ができないことで有名で、しょっちゅう学園内でナンパしている姿が見受けられる。また、後輩をイジることが好きなろくでなしの輩で、仲良くなかったら今頃だる絡みの嵐だろう。

 足音が遠ざかっていくのを確認した後にゴミ箱の裏に隠れている女に声をかけた。




「…もう行ったみたいですけど」




「はぁ〜ありがと〜助かったよ。…流星くん」




 ゴミ箱の裏から恐る恐る出てきた女は安堵の表情を浮かべながら手をすり合わせて流星に感謝を口にする。




「どういたしまして。…ってなんで俺の名前を?」




「え?だってほら、おんなじクラスじゃん?」




「…あ〜」




「…え?まさか忘れてたとか?覚えてるよね!?」




 涙目になりながらそう訴えかけてくる女を前に流星は『そんなこと言ってたな…』と思い出したような表情を浮かべる。

 手をぶんぶんと振って訴えかけてくる女に『大袈裟な…』と苦笑を浮かべる流星。そんな流星を前に女は流星の肩を握って問いかける。

 



「じゃ、じゃあ私の名前は?」




「え〜っと…真帆…さん?」




「なんで疑問形なの!合ってる、合ってるから!」




 先程の会話内容から必死に絞り出した流星は表情にせずとも心の中で安堵の息をついた。ここで間違えても目の前の『真帆』という女が鬱陶しくなるだけである。ましてや女性の名前を間違えるなどバッドマナーだ。例えそれが興味の無い相手でもだ。




「でもよかった〜…覚えられてたんだ」




 そう言うと真帆は流星の隣に座る。その表情は安堵の中にどこか嬉しさが混じったような、複雑な表情だった。

 その様子を見た流星は浮かんできた率直な疑問を口にする。




「そういえばですけど、なんであの先輩に追われてたんですか?」




「あ〜それがね…ご飯食べてたらなんか話しかけられちゃって、悪い人じゃないのかな〜と思ってたんだけどね…あはは〜」




「んな他人事のように…」




 頬を掻きながら笑う真帆に流星は呆れたような言葉を口にする。

 彼女は持ち合わせる美貌から男子はもちろん女子からも好かれる人気物でこの学園では知らない人間はいないと言われるほどだ。流星を除いて。

 そんな人気者の彼女は誰にでもフレンドリーな性格だが、それは彼女の危機感のなさからも来ているのだろう。他人とは言え少しは自覚を持って欲しいと流星は感じた。

 そんな流星の脳裏に一つの疑問が浮かぶ。流星は躊躇すること無く彼女に問いかけた。




「もう一つ問います。…なんで真帆さんは彼氏を作らないんですか?貴方ならイケメンの一人や二人すぐによって来るでしょうに」




「え?あ〜…」




 彼女は頑なに彼氏を作らないことで有名で学園一のイケメンと言われるサッカー部の姫城先輩がふられたことはあまりにも有名な話だ。隠しているだけでもう既にいるのかはたまた好きな人がいるのかは彼女のみぞ知るといった所。

 イケメンの一人や二人よって来る彼女なら一人側に置いておくだけで護身になるはずだ。それにも関わらず彼氏を作ろうとしない彼女に流星は懐疑的な視線を向ける。

 流星から視線を逸らすように斜め上を見る真帆は気まずそうに答えた。




「…考えたこと無かったかも」




「…はぁ」




「何そのため息!?馬鹿なことぐらい自分でも分かってるから!そんな表情しないで!」




 もはや呆れを通り越して流星の口からはため息が飛び出る。どうやら彼女の知能面のことを失念していたらしい。流星は一周回って自分が馬鹿だったと反省し始める

 再び手をバタバタさせる真帆に流星は冷ややかな視線を向ける。




「…危機感が足りなさすぎるんじゃないですか?真帆さん、顔がいいんだから気をつけるべきですよ」




「え…」




 流星の一言を受け取った真帆は豆鉄砲を喰らった鳩のような表情になる。流星が不思議に思って見つめること数秒後、真帆はニヤニヤとした笑みを浮かべる。




「えへへ…ありがと」




 彼女の天使のような輝きを放つ笑みが流星の目を奪う。この笑顔で何人の男を陥れてきたのだろうか。きっと既に何人もの男を沈めているはずだ。

 先程まで平然と見つめていたはずの彼女に愛おしいという感情が沸いて出てくる。少し懐に潜り込ませた所で不意の一撃。これで落ちない男がいるならそいつはきっと重度のニブチンだろう。意識してか無意識でかは分からないが、どちらにしろ男子には凶悪すぎる笑顔だった。

 目の前で目を見開いて固まってしまった流星を前に真帆は困惑の色を見せる。流星の意識を確認するかのように目の前で手のひらをひらひらと振る。

 



「あれ?おーい?流星くーん?」




「…ずるいなそれ」




「え?何?私なにかした?」




「…更にずるいっすね」




「何?ほんとに何?ねぇ、流星くん!」




 流星の肩を掴んでぐわんぐわん揺らす真帆。『いちいち騒がしいやつだ』と心の中で愚痴をこぼしながら流星はされるがままに体を揺らす。流石に鬱陶しさを感じてきた流星は真帆の細い腕を掴み、自分の肩からそっと離す。




「目が回りそうなんでやめてください…先輩達呼びますよ」




「えぇ!?や、やめる!やめるから呼ばないで!」




 脅された真帆はとぴしっと姿勢良く体裁を整えた。

 ようやく手が離れた肩を回すと流星は伸びを一つすると、背もたれに身を預けて再び空を見上げた。




(はぁ…ゆっくり昼寝でもしようかと思ってたんだけどな…)




「…ねぇ」




「はい?」




 不意に隣から聞こえてきた声に流星は反射的に返事を返す。声の主である真帆は頬をほんのりと朱に染めて手を顔の前でもじもじとさせている。発したい言葉が口の中で意味もなく彼女の口の中で出ては消えてを繰り返している。

 流星が訝しげな視線を送っていると真帆が言葉に詰まりながらも言う。




「その…お願いがあってさ」




「お願い?…出会って数分の男に?」




「うん。その…よかったらなんだけど…」




「私の彼氏になってくれないかな?」




「…は?」




 あまりにも唐突すぎる一言に流星は唖然とする。学園屈指の美女からの告白。無縁だと思っていた青春の中で一度は受けてみたいシチュエーション第一位である美女からの告白。まさかの展開に流星も言葉を詰まらせている。

 困惑した様子の流星を見て自分が恥ずかしい事を言ってしまったことを自覚した真帆が手をあたふたさせる。




「あっ///、違う違う!その、告白とかじゃなくて…彼氏のふりをして欲しいって事!」




「彼氏の…ふり…?」




 半ば投げやりのように浴びせられた一言に流星は冷水を浴びたように尻すぼみに言葉を失う。

 落ち着きを取り戻した流星は彼氏のふりをして欲しいとか言うまるでラノベのような展開に更に疑問符を浮かべた。




「なんでまた急に…」




「なんていうか、最近はさっきのだけじゃなくて他の先輩もしつこくてさ…正直鬱陶しいし。だからと言って適当に一人作るのもなんか嫌だし…仮ならいいかなぁ〜って」




 ギャルだからそういうところは軽いと思っていたが、案外そこら辺の価値観はしっかりしているらしい。

 ちょっとだけ関心しつつ流星は更に出てくる疑問を真帆に投げかけていく。




「…なんで俺?もっと他にいるでしょ」




「え、いや〜なんていうか…ほら、他の人だと邪な気持ちがあるかもしれないし…」




「俺に無いとは限らないんだが」




「いやっ、でも…結構タイプだし…とにかく!こんな事をお願いできるのは流星くんだけなの!多分!だからお願い!」




「多分って…また曖昧な」




 真帆を手を擦り合わせて流星に頼み込んでくる。どこか必死な真帆に訝しげな視線を向けつつ、流星は頭の中で『真帆の仮の彼氏になった場合』のシュミレーションを開始する。

 仮にそうなった場合、まず男子から恨み混じりの視線を浴びることになるのは確実だ。学園内のみんなのアイドルを奪った裏切り者というレッテルを貼られていじめを受けることになってしまうかもしれない。なによりさっきの先輩方に会わせる顔が無い。というか殺される。多分。 

 しかしこの話を拒否した場合、真帆はこの先の学園生活で異性との関係に頭を悩ませながら過ごしていくことになる。流星にとって知ったことではないが、こうして悩みを聞いてしまったからにはそう無視はできまい。しようとしても自分の道徳心が許さない。

 無視したとしても真帆の性格だ。しつこくお願いしてくることは目に見えている。どうやら流星ができる選択は一つらしい。




「ねぇ〜お願い!おっぱい触らせてあげるから!」




「いやいいって。そう簡単に体を売ろうとするな…分かった。やるよ。気は進まながな」




「ほんとに!?ありがとー!りゅーちんなら絶対やってれると思ってたぜっ」




 流星からの返事に目を爛々と輝かせて真帆が抱きついてくる。それを咄嗟に受け止めた流星は自分から真帆を引き剥がす。




「うぉっ、おい、急に抱きつくな…あとなんだりゅーちんって」




「ん?流星くんのことだけど?名前呼びでもいいけど愛称のほうが親しい感じ出るじゃん?りゅーちんも私のこと好きに呼んでくれていーよ♡」




「…遠慮しとく」




 かくして流星と真帆は仮のカップルとなった。この先に待ち構える苦労をこの時の流星はまだ知らない。




 時は流れ三年生の春。共に励んだ受験勉強が実り、二人は無事に創生学園への進学が決まった二人は残りの学園生活を思い思いに過ごしていた。

 そんな残り少ない学園生活の帰り道。もう数える程度しか通ることの無いであろう流星は真帆にある話を切り出す。




「なぁ真帆。話しておきたいことがあるんだ」




「な〜に?りゅーちん改まっちゃって。どうしたの?」




 いつものように隣で微笑む真帆の笑顔を見て、流星の心にはためらう気持ちが現れる。しかし、これは真帆のためだと心を鬼にして言葉を告げる。




「俺達、もうすぐ進学だろ?だからこの関係も終わりにしよう」




「…え」




 流星から切り出したその話はいわゆる別れ話だった。進学するに当たってきっと真帆に見合う人間が現れるはず。そう考えた流星から真帆のためを思っての言葉だった。

 真帆は心の底から動揺して震えるような声を漏らす。瞳は動揺で定まっていない。

 心底動揺した様子の真帆に流星は更に言葉を投げかける。




「そもそもこの関係はお前が異性との関係で困らないようにするための仮の関係だ。きっとあの学園に行けばお前の理想の男の一人や二人、きっと現れるはずだ。だから俺に縛られる必要も無い。これからは自由に過ごしてくれ」




「…」




 二人の間に重い沈黙が走る。流星からはもう言うことがない。真帆が返事を返してくるのを待つだけだった。

 真帆は目を伏せたまま俯いている。普段明るい彼女が表情を暗くさせている。その事実が流星の良心を刺激する。だが、罪悪感をグッと抑えて今は待つことに勤めた。

 不意に真帆の口元が僅かに開く。




「…なの」




「え?」




「もう、りゅーちんとは関わっちゃダメなの?」




 震えた声で絞り出すように腕にしがみついた真帆が呟く。その瞳には少しばかり涙が見て取れる。

 その子犬のような顔に罪悪感を覚えながらも流星は今にも泣き出しそうな真帆に答える。




「いや、そういうわけじゃ…」




「…!ほんと!なら良かった!私の運命の相手はりゅーちんだからね!」




 表情を明るくさせた真帆は更に強い力で流星の腕に抱きついてくる。

 いつもの様子に戻った真帆を見て流星は思わず笑みを溢す。




(はは…これじゃ大して変わらねぇじゃん。心配した俺が馬鹿みたいだわ)




 こうして元カップルになったものの、仮のカップルとして過ごしていた時と大差ない距離感に二人は落ち着いた。







「____てわけです」




「…本当なの?」




 流星の話を一通り聞き終えた響華は困惑の色を見せる。流石にこんなラノベみたいな展開を信じることができるピュアな人間などそうそういない。信じられなくて当然だ。

 しかしこれは紛れもない事実。流星は腕にしがみついている真帆を引き剥がしながらも響華に訴えかける。




「本当っす。だから、俺らはカップルだったわけじゃありません。ただの仮初の関係だったんですよ。…離れろ真帆」




「…真帆さん、本当なの」




「おう!りゅーちんは一言も嘘は言ってないぜ!関係は偽物でも私からの愛は本物だけどねっ」




「また余計なことを…」




 引き剥がされてもなお流星にくっつく真帆とそれに呆れた様子の流星を見て、響華は訝しむ気持ちを抑えて瞳を閉じる。少しばかり悩んだ様子を見せるとすっかり光を失っていた瞳に光を取り戻して流星に声をかける。




「…いいわ。夫を信じないというのも妻として考えものでしょうし、今回は許してあげる」




「…!本当ですか?良かった…」




 なんとか女王の怒りを収めることに成功した流星はホッと安堵の息をつく。影から見ていた生徒達からも安堵の声が聞こえてくる。無事に事が収まったため、見てるなら助けろという心の声は奥深くに閉まっておくことにする。

 



「そのかわり、条件が一つあるわ」




「えっ?」




 すっかり気を抜いていた所で響華が付け足すように口を開く。ぎょっとした様子の流星にお構いなしに響華は真帆を揺らぎの無い瞳で見つめる。




「このままだといつ私のいない所で何をされるか分かったものじゃないわ。だから真帆さん、貴方にはこの前の話を飲んでもらうわよ」




「その話なら受けようと思ってたし、ちょうどいいや!OK!任せといて!」




「…?」




 二人の間で行われている取引に流星は首を傾げる。状況が理解できていない様子の流星を見て響華が思い出したような声を漏らす。




「あぁ、そう言えば流星くんには詳しく伝えてなかったわね。彼女が生徒会最後の一人よ」




「…え」




「よろしくねりゅーちん!私とりゅーちんがそろえば百人力だぜ!」




「マジかよ…」




 生徒会選挙最後の一人。響華の出した条件により四宮真帆が加わった。また厄介なことになったと流星は愛想笑いを浮かべる。




「おいおいそんな顔すんなって〜おっぱい揉ませてあげるからさ」




「…真帆さん、申し訳ないけれどそれは妻の役目よ」




「ダイジョブ私りゅーちんの愛人だから!」




「は?」




「もうやめて…」




 呟いたか細い一言は誰にも届くことはなく、再び落とされた開戦の火蓋に流星は頭を抱えた。

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