おっぱいは争いのもと
「なぁ流星、おっぱいはでっかいのとおっきいのどっちがいいと思う?」
「…なんだその究極の一択は」
授業と授業の後に訪れる休み時間。
それまでの授業を中断し、生徒たちの疲れを癒やすためにあるこの時間にふて寝をかましていた流星の脳内は将司から言い放たれた唐突で奇怪な一言でかき乱される。
どう考えても一択な質問に流星は眠たげな表情で困惑の声を上げる。
「それを言うなら『おっぱいはでっかいほうがいいかひんぬーがいいいか』だろう」
「あぁそうそうそれそれ」
「…つまり『おっぱいは大きい方がいいか小さいほうがいいか』ってことね」
将司の隣に座っていた賢治が少し独特な解釈で訂正を入れた。将司はそれだと賢治をびしっと指差す。
おっぱいは大きいほうがいいか小さいほうがいいか。それは全男子高校生がするであろう男のロマンについての語り合い。男子にとっての夢と希望が詰まった話題である。それもアニオタである三人なら尚更だ。
「おっぱいなんてこの世の女性と同じで十人十色なんだぜ?その分ロマンと希望で溢れてる。高校生男子として語り合おうぜ!」
「えぇ〜…俺眠いんだけど」
「ちょっとだけだからいいだろ〜?寝るなら授業中に寝ろ」
「いや授業中のほうがダメだろ…寝るけど」
目を輝かせる将司を前に流星は眠い目を擦りながら唸る。
温度差を感じながら流星の意識は夢の中に沈んでいく。
「おい起きろッ!」
「いって!?」
うつらうつらしていると既にエンジンがかかってしまっている将司が流星の背中をバシバシと叩いた。
流星の意識が夢の中から一気に引きずり出される。
流星は無駄に強く叩かれてじんじんと痛む背中をさすりながら将司を睨む。
「おいなにすんだよ…別に叩かなくたっていいだろ!」
「お前が寝るのが悪いんだろ?いいから俺の話を聞け」
「誰がお前の話なんか聞くか…それに響華さんが来たらまずいだろ」
普段なら隣にいるはずの響華は先日突如として有志達によって立ち上げられた『お茶会同好会』に連れられて屋上へと出向いている。そのため不在だ。
だが、万が一の事態となった場合めんどくさいことになることは間違い無い。女王モードになった彼女が冷酷無比な視線でこちらを睨む姿を想像しただけで背筋に悪寒が走る。その後どうなるかなど、考えるに容易い。流星は思わず体を震わせる。
「ダイジョブだって!今は屋上にいるんだろ?聞かれること無いって」
「それでもだよ。あの人、気づいたら後ろにいるからな?なんなら屋上からベランダに飛び降りてくる可能性があるからな?下手したら今も屋上から聞いてるかも知れないからな?」
「…そんな人間離れしたことができるのかあの人は」
「できるんだなそれが」
冗談混じりに茶化す将司に流星は至極真面目な表情で忠告する。響華の恐ろしさを一番知っている流星からの言葉に賢治も半分引いている表情で恐懼の声を上げる。それでも目の前の男には響いて無かったようで。
「ははっ、自分の好きなおっぱい隠したいからって冗談はよせよ〜卑怯だぜ?」
(…なんでこいつはこんなに図太いんだ。一回恐ろしい目に会ったのを忘れたのかこの豚は)
響華の恐ろしさを忘れたのか将司は冗談程度にしか思っていない様子。既に忘れてしまったのか先日の一件でもまだ響華の恐ろしさが分からないらしい。
呆れた様子の二人を置いて将司は話始める。
「俺はなぁ、おっぱいはやっぱりでかいほうがいいと思うぜ?でかいのはロマンだからな!」
「安直な理由だな…」
想定していたまんまの理由を述べる将司に賢治が『やはりか…』と呟く。
そんな賢治を説得するかのように将司が話を続ける。
「だってよぉおっぱいは女の象徴みたいなものなんだぜ?でかいに越したことはないだろ!」
「触ったこと無いくせによく言えるな」
「うるせぇ!そういうお前は触ったことあんのかよ?」
「あるわけ無いだろ!というかお前もないだろいい加減にしろ!」
触ったことのないことを指摘され、わけのわからないキレ方をする賢治と賢治の横槍に腹を立てて鼻息を荒げながら怒る将司。先程までロマンを語り合うと言っていたのはどこのだれだっただろうか。
流星は言い争う二人を呆れた表情で眺める。
(何を見せられてんだ俺は…)
「おっぱいがでかかったら顔を埋めることだってできるんだぞ!そこはまさに桃源郷…」
「脂肪の塊に顔を埋めて落ち着くとかお前どうかしてるぞ」
「言い方がわりぃだろ言い方が!」
「言い方も何も、事実を述べたまでだ」
将司の一言一言に賢治が的確なまでの反論を入れていく。その度に将司が巨乳の良さを伝えようと奮起しているがどうやら賢治の鋼の意思の前に跳ね返されてしまっている。
オタクの意思はダイヤモンドより硬い。
「それに、真帆さんだってきっと…むぐっ!?」
「…やめろ」
ライン越え発言が出てきそうになったため、すかさず流星が手で将司の口を塞ぐ。
「んー!ン”ー!!!ぷはっ…おい!何すんだ…」
ようやく口が開放された将司は流星をキッと睨みつける。怒りの意を言葉に乗せてぶつけようとした将司だったが、どことなく曇っている流星の表情を前に尻すぼみに言葉が落ちていく。
「…なにその表情は。『もう少しで殺せたのに…』みたいな表情するのやめてくれる?」
「別にしてねぇよ。お前がライン越えそうになったからだよ」
「…」
否定を供述する流星だったが、間違いなくどこか不服そうな表情をしている。将司には分からなかったが、賢治にはそれが分かった。
特に気にしていない様子の将司が口を開く。
「まぁいいや。それより!賢治、お前巨乳を否定するってことはひんぬー派だろ!ひんぬーの良さを二千文字以内に述べてみよ!」
「ふん、将司。分かっていないな…この議論においてこの意見は悪手だと分かっているが、俺は巨乳派でもひんぬー派でもない…俺は『美乳派』だ」
「美乳…だと…!?」
突如として二択だった議題に打ち込まれた第三の選択肢である『美乳』を前に将司は愕然とする。
横から二人の議論を聞いていた流星の脳内にはここで一つの疑問が浮かぶ。
「…それってさ、ひんぬー派なんj「いや、美乳派だ」…」
「断じて貧相な胸が好きなわけではない。俺は美乳派だ」
賢治の鋼の意思が流星の言葉をもろともせずに跳ね返していく。どうやら賢治曰く、ひんぬー派とは違うらしい。やはりオタクの意思はダイヤモンドより硬い。
今度は俺の番だと言わんばかりに美乳について語り始める。
「いいか二人共。美乳はだらしなくでかい巨乳でもなければ貧相なひんぬーでもない。程よい大きさで形の整ったおっぱいを美乳と呼ぶんだ」
「だらしないとか言うなロマンと言えロマンと」
「だとしたらかなり重いロマンなんだな。お前のそれと一緒でw」
馬鹿にするような半笑いを浮かべる賢治と気だるげな流星の視線は言わずもがな将司の腹部についたロマンの塊へと集まる。
二人からの視線を薙ぎ払うかのように将司は腕をブンブンと振り回す。
「うるせぇな!俺の腹とは関係ねぇだろ!」
「まぁそういうことにしておいてやろう。お前のそれについて議論するつもりも無いからな」
上から目線な賢治に対して将司の対抗心は更に煮えたぎっていく。まさに一触即発、といった様子の二人を流星はあくびをしながら眺める。できれば教室内での喧嘩はやめて欲しいところだ。
「つーかこれはおっぱいについての議論だ!さっさとその美乳とやらの良さを教えてみろや!」
「いいだろう…美乳はなふとした時に現れる輪郭がいいんだ。例えば突然の雨で濡れてしまった時。濡れた体にくっきりと強調される美しいライン…この世のものとは思えない曲線美…!」
賢治は声高らかに美乳の良さについて熱く語る。賢治の主張を聞くたびに将司の眉間のシワが深くなっていく。
将司は拳を握りしめて絞り出すように呟いた。
「ぐぬぬ…確かにイイ…」
「ふっふっふ…だろう?巨乳なんかより美乳のほうがいいだろう?」
「いや、俺は…ッ…」
賢治の誘惑に将司の意思が揺らぎ始める。目には目を。歯には歯を。オタクにはオタクを。ということだろうか。先程まで巨乳を熱く語っていたオタクの意思が揺らぎ始めていた。
(何を見せられてるんだ俺は…)
よくアニメで見る悪役が主人公を誘惑するような構図を見せられた流星は我に返る。よく考えたら他の女子生徒もいる教室で何を話しているのかと。流星は深く考えるのをやめた。
「ふっ、自分の心に聞いてみるがいいさ。巨乳がいいか美乳がいいのか。…流星、お前はどうなんだ?」
「え?俺?」
勝ち誇ったような笑みをそのままに賢治は流星に問いかけてくる。話を振られるとは思っていなかった流星は少し戸惑いの表情を浮かべる。
「えぇ…言わなきゃダメ?」
「「ダメ」」
「えー…」
「俺らの癖聞いておいて自分だけ言わないは無しだろ」
(別に聞きたくて聞いてたわけじゃないんだけど…)
二人に念を押されて、流星は頭を悩ませる。別に聞きたかったわけでもない二人の癖を聞いたからと言う理由で自分の癖まで暴露しなければいけないというこの理不尽にも程がある状況に呆れていた。
流星が頭を悩ませる一方で賢治と将司は二人で『流星はどちら派なのか予想大会』を開催していた。
「お前はどちらだと思う?」
「そりゃ、巨乳はだろ。だって流星には女王サマがいるんだぜ?じゃないほうがおかしいだろ」
「まぁそうだよな。なんせこいつには真帆もいるからな。そうならないはずが…」
「…ぬー派」
「え?」
「だから、ひんぬー派…」
「「…ええええええええええええええええええええええ!?」」
一致していた二人の予想を切り裂くように言い放たれた一言。それは二人の予想を裏切る『ひんぬー派』を示すものだった。二人の脳内は混乱状態へと陥る。
「しーっ!!!静かに!聞こえるだろ!」
「いや、だって、は?」
驚きを隠しきれない将司が疑問を述べようとするも、言葉が出てこない。完全に混乱してしまっている。
同じく困惑を隠せない賢治が信じられないといった表情で口を開く。
「…どういうことだ。理解が追いつかないんだが」
「…響華さんがいるから隠してたけど、俺ひんぬー派なんだよ…」
流星は哀愁漂う横顔を見せながらそう答えた。
実際の所、流星は根っからのひんぬー派だった。好きになるキャラもひんぬーであることが多かった。しかしある日、転機は訪れる。
入学してから一週間ほど、響華が加奈子への挨拶も兼ねて家へと訪ねてきたときだった。挨拶を終えた響華が『流星くんの部屋を見たい』と言ったので部屋に案内した時のこと。
「ここが流星くんの部屋…流星くんが致している部屋…」
「うん???急に変なこと言いますね響華さん???」
「全身から流星くんを感じる事ができるいい部屋ね…」
まだ慣れない響華の一挙手一投足に心を跳ねさせる流星を置いて響華は部屋の中を散策し始める。
漫画やラノベで埋め尽くされている本棚。壁にかけてある好きなキャラのタペストリーやポスターの数々。掛け布団がだらしなく広げられているベッド。ベランダにて空を見つめている望遠鏡。その一つ一つが響華にとって興味深いものだった。
「…?」
「…どうかしましたか?」
それまで匂いを嗅いだり、手に取って見たりしていた響華の動きがフィギュアが並べられた棚の前で止まる。
なにかあったのかと流星が声をかけると、響華は今までと同じ冷徹無比な表情で呟いた。
「…ねぇ流星くん」
「な、なんですか?」
「この棚のフィギュアといい壁に張ってあるポスターといい胸が無い愚かな女の子が多いのだけれど」
「愚かって…言いすぎでしょ」
響華の過激な発言に流星は苦笑いを浮かべていると、響華が表情をピクリとも動かさずに無機質で冷たく、それでいて底の見えない瞳を向けてきた。
そして、いつもよりも低い声で流星に話かけてきた。
「流星くんは、こんな胸がない女の子が好きなのかしら?」
ただ一言。その冷たく重たい一言が流星に突き刺さる。恐ろしいまでの悪寒が流星の背筋を走る。
流星は反射的に否定の言葉を口から吐き出していた。
「いやっ、べ、別にそういう訳じゃないっす。アニメではそういうキャラが好きなことが多かっただけというかキャラは好きなのに胸がそうだったっていうか現実ではそんなこと無いっていうか…」
「…ないのよね」
「へ?」
「好きじゃ、無いのよね?」
「は、はいっ」
冷たい表情の響華から放たれる圧で流星は二言で返事を返してしまった。今考えて見ればなんとも愚かなことだっただろう。圧に耐えきれず貫いてきたものを自ら崩してしまうとは。
普段だったら自ら腹を切ってしまうほどの愚行だったがあの場を切り抜けるにはあの方法しか無かった。
それからというものの流星は自分がひんぬー好きであることを隠すために隠蔽工作を行った。好きだったフィギュアは棚の奥に。タペストリーやポスターは引き出しへ。そして胸のあるキャラ達のグッズを並べた。
断腸の思いだったが、流星にはそうするしか無かった。
「…てわけだ」
「…そんな悲しいことがあったんか」
「悲惨だな…」
アニオタにとってあまりに悲惨な過去に賢治と将司は同情の念すら覚える。こんなに重い女なんてアニメでもそういないだろう。
「へー、りゅーちんやっぱりひんぬー派なんだ〜」
「あぁ。本当はな…って☆△●▲●□@*+>?*+`!?」
「…?」
「『…?』じゃねぇよ…はぁ、はぁ、お前いつからそこにいた」
思い出すだけでも悲しくなってくるような思い出に涙がこぼれ落ちそうになったその時、不意に横から耳に入ってき聞き慣れた明るい声に流星は声にならない声を上げる。
いつの間にか隣に座っていた真帆に流星は呼吸を狂わせながら問いかけた。
「りゅーちんの過去のお話辺りから?」
「なんで疑問形なんだよ」
「えへへ〜私もわかんなぁ〜い」
ニコニコと笑う真帆に流星は少し呆れながらため息を一つ吐いた。内心は安堵の気持ちでいっぱいである。
(響華さんじゃなくて良かったぁ…驚かせんなよこいつ…)
「全く、人騒がせなやつだな」
「うへへ〜それほどでもないけど〜?」
「褒めてねぇよ」
勘違いしている真帆に賢治は鋭いツッコミを入れる。会うたびにしているやり取りに三人で少し微笑みながらも賢治の視線は横で気味の悪い笑みを浮かべる将司に向けられる。
「ふひひっ…真帆さん…」
「お前キモいぞ」
「うるせぇな!そんな火の玉ストレート投げてこなくたっていいだろ!こっちは会えて嬉しいんだよ!」
「そんなに私に会えて嬉しいの〜?ありがと〜」
「ぶ、びひひぃいい」
「「うっわ」」
賢治と流星のゴミを見るような視線をもろともせずに将司は全身で真帆に出会えたことの喜びを表現している。
確かに真帆はモデル顔負けのスタイルと整った顔立ちをしているため嫌いな男子などこの学園には存在しないだろう。だが、それを加味したとしてもこの反応はキモい。キモすぎた。
喜びでおかしくなっている将司を置いて真帆は自らの体をアピールするように流星に身を寄せる。
「話を戻すけどりゅーちん、ひんぬー派なんだよね?」
「…できれば戻してほしく無かったけど…そうだよ。なにか悪いかよ」
「別にぃ〜?残念だなぁ〜私、毎日マッサージして地道に大きくしてたんだけどなぁ〜?」
「…なんでそんなこと」
「そんなの愛しのりゅーちんのために決まってるじゃーん♡」
真帆が流星の腕を絡めながら二つの凶器の片割れを押し付けてくる。響華に負けず劣らずの大きさをした凶器が流星の腕に合わせて形を変える。
腕に走る包み込むような柔らかい感触に流星は出そうになる左手を必死に抑える。
(待て。行くな俺の左手。気持ちは分かる。でも触ってしまったら俺の負けだぞ。最悪命が無いんだぞ。だから行くな俺の左手…)
「りゅーちんがひんぬー派じゃなかったらなぁ〜触らせてあげたんだけどなぁ〜?」
「…」
「あははっ、そんな怖い顔しないで〜触らせて上げるから〜」
「別にいいっての…」
「ご〜め〜んてぇ〜ハグしてあげるから許して♡」
真帆が後ろから流星に抱きついてくる。抱きつかれるにあたって、真帆の二つの凶器が流星の背中に押し当てられる。わざとかどうかはわからないが真帆の性格上、天然でやっている可能性が高い。恐ろしい女である。
「…」
「将司、やめとけ」
すっかり蚊帳の外になっていた賢治は隣で血眼になりながら二人の様子をガン見している将司に声をかける。
その手はギュッと固く握りしめられ、わなわなと震えている。
「でもよぉ…」
「やめておけ。今手を出しても虚しさが心に広がるだけだぞ」
賢治に静止され、涙ながらにその拳を抑える将司。アニメのモブはこんな気持だったのかと身にしみて感じた。
「ねぇりゅーちん、このまま私がおっきいおっぱいの良さ教えてあげよっか?」
「遠慮しとく」
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」
「おい将司!」
目の前でイチャイチャを見せられて怒りを抑えきれなくなった将司が周りの生徒の目も憚らずに雄叫びを上げる。
将司は怒りの感情をそのままに目の前でぎょっとした様子の流星に飛びついた。
「りゅーせぇーてめぇー!!!!!」
「な、なんだよ!暑苦しいぞ!」
「うるせぇ!なんでてめぇはいつもいつもこうなんだよ!!!!」
流星の肩を掴み、ぐわんぐわんと前後に揺らす将司。激昂する将司を前に流星はうんざりした様子。ため息を突きながら勢いのまま体を前後に揺らす。周りの生徒達からの視線が痛いのはいつものことなので気にしないことにした。
見かねた賢治が将司の肩を掴み、なだめに入る。
「おい将司、落ち着け。周りの奴らがドン引きしてるぞ」
「うるせぇ!そんなことどうだっていい!離しやがれっ!!!」
「いいから今すぐやめろ…俺らまで恥ずかしくなってくる」
「あんだとぉ?元はと言えばお前がおっぱいの話題を出すのがわりぃんだよ!」
「はぁ?その話題を出したのはお前だろうが!!!自分のやったことすら忘れるようになったのかこの豚野郎!」
「はぁぁぁぁぁ?????誰が豚野郎だクソメガネ!」
先程まで流星に向けられていた怒りはどこへ行ったのやら。将司の制御不能の怒りの矛先は流星から賢治に変わる。
二人の喧騒を呆れながら見る流星は一つため息をついた。
「はぁ…もういいか?俺腹減ってきたし、購買いってくるわ」
「私もいく〜」
さっさとこの場を離れようと席から立ち上がった流星の腕に真帆が飛びついてくる。
「おい、離れろ真帆…また将司が怒るだろ」
「いいじゃん気にしない気にしない〜いつも響華っちと一緒にいるんだからさぁ〜たまには私とイチャイチャしようぜっ」
「…全く、仕方ねぇな」
「あ!おい待て流星!」
引き止めようとする将司の声を無視して流星は教室を出た。
教室には口喧嘩をしているアニオタが二人。おっぱいの議論はどこへ行ったのやら。醜い喧騒をしているという事実が二人に突きつけられる。
互いに顔を見合っていたらなんだか虚しくなってきた賢治と将司は目で会話を済ませると同時にため息をついて背もたれにもたれかかり、二人でなにもない天井を見上げた。
「…なぁ」
「…なんだ」
「あの二人さ、見れば見るほど分からなくなってくる関係値だよな。あんなの現実であるんだってぐらい。それこそアニメみてぇだよな」
「…もっと分からなくなること言ってもいいか」
「なんだよ」
「…あいつら、元カップルなんだぜ」
「…は?」
「ええええええええええええええええええええええ!?!?」
将司は驚愕した。あの二人に隠された真実に。
あの距離感からカップルと言われても違和感は無かったが、まさか本当にカップルだったとは。将司の脳内に先程までの二人の様子がフラッシュバックし、ごちゃごちゃになる。
「おい馬鹿。あの人に聞こえたらどうする」
「いや、だってよ、普通別れたら気まずくなったりするもんだろ?なのにあの距離感って…」
「まぁ、ただの元カップルってわけじゃないからな。…訳アリだ」
賢治の含みのある言い方に色々と追求したい所だったが、度重なる混乱のせいで将司の脳は既にキャパオーバーを迎えていた。追求しようにもなかなか言葉が出てこない。
賢治が天井を見上げたまま将司に話しかける。
「将司、分かってるとは思うがあの人にはこのことは内緒だぞ?どんな天変地異が起こるか分からないからな」
「お、おう…」
もしもこの事実が知られてしまったらどうなるのか。どんなことが起こるかは分からないが、少なくとも教室が終焉に包まれることは容易に想像できた。
そんな恐ろしいことを想像した二人の背筋には恐ろしいまでの悪寒が走る。二人揃って身を震わせると、嫌な考えを振り払うように顔をぶんぶんと振った。
「…ぜってぇ言わねぇわ」
「…そうしてくれ」
絶対に起きてほしくないと願う二人は心の中で神に祈った。絶対に起きませんように。と。
しかし、起こってほしくないことは起こってほしくないときに起こってしまうもの。
妙な寒さを感じた将司が賢治に声をかける。
「…なぁ、なんか寒くね?」
「言われてみれば…そうだな」
「ねぇ」
二人の背後から低く響いた一言。背筋をさかなでされるようなゾワゾワする感覚が走る。その恐ろしくゾッとするような一言に将司と賢治はまさかとゆっくりと振り返る。そこには…
「…」
真っ黒な瞳孔をこれでもかと言うほど開きながら無言の圧を放つ女王の姿があった。
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