その騎士は獅子の如く

 6時間の授業という名の苦行を乗り越えた後にやってきた放課後。部活動が活発なこの学園は放課後になればあちらこちらで生徒達が部活動に勤しむ姿を見ることができる。

 そんな中無所属である流星は妻(自称)である響華と共にある場所へと向かっていた。要件はもちろん生徒会のメンバー集め。前回の反省を活かして響華に声をかけて共に向かうことにしていた。

 渡り廊下では次の休日のライブに向けて軽音楽部がバタついている。

 その様子を横目に足を進めていると横からいつもの冷たい声が響いた。




「流星くんはああいう子がタイプなのかしら?」




 響華が楽器を運んでいる少し背が小さめの女の子をを一瞥して一言。嫉妬にも似た言葉だった。




「別にそういう訳じゃないです。大変そうだなって」




「相変わらずのお人好しね。嫉妬は人を狂わせるという事を理解したほうがいいわ」




「…善処します」




 違うと分かっていても気に食わなかったのか響華はすこしつんとした態度で流星に冷え切った視線を向ける。その眼は欲にまみれた獣のような恐ろしさを含んでいた。

 そんな恐ろしい視線に気づかないふりをしながら流星は顔を背ける。横からの圧がすごいことになっているが必死に見ないふりを貫いた。

 



「…まぁいいわ。夫を信じることも妻として大事だものね」




 どこか納得がいっていないような口調だったが、自重してくれたらしい。流星も心の中で胸を撫で下ろす。

 



「ところでだけれど流星くん。教室から私を連れ出して何をするつもりなのかしら?」




 流星の顔を覗き込むようにして響華が話しかけてくる。前屈みになっているからか響華の体の曲線がくっきりと見える。流星の視線は響華の胸元で揺れる魅惑の果実へと吸い寄せられる。

 細く折れてしまいそうな響華の手足に比べて他の栄養を吸い取ってしまったのかと思わせる程に大きなその果実は流星を誘惑するには十分過ぎた。

 自制心を効かせようとしても流星の視線は釘付けになってしまう。こんないとも簡単に男子高校生ののうを破壊してしまうような大爆弾を前に我慢しろというほうが無理だろう。




「べ、別にそんな淫らなことは…」




「あら、そんなこと一言も言ってないけれど?」




 響華がわざとらしく首を傾げる。流星はしまったと言わんばかりに額に手を当てる。目の前の誘惑につられてしまった自分に対して流星は不覚を覚える。

 まんまとはめられた流星を見て響華は意地の悪そうな表情を浮かべた。決して他の人の前では見せないような表情だっただけに流星は複雑な気分になる。




「…からかわないでください」




「引っかかった流星くんが悪いのよ?でも安心して。そんな可愛い所も私は大好きよ」




 良からぬ発言をしてしまったことに対する羞恥心と響華からのストレートすぎる告白に流星の顔はヒートアップしていく。心拍数は上がっているのが自分でも理解できるぐらい早くなっていた。




「…一応ありがとうとだけ言っておきます」




「いいのよ。私はアナタの妻なんだから」




 平然とそして少し自慢げに響華は言い放つ。いつもの台詞だ。

 響華はこの学園に来てからその姿勢を崩した事は無い。いつだって流星の妻として君臨している。

 それに対して流星は響華にペースを乱されまくりだ。

 話を切り替えるように響華が流星に問いかける。




「で、今日は何のために私を呼び出してきたのかしら?」




「…今日は生徒会のメンバー集めですよ。この前は怪しまれたので今回は最初から一緒に来てもらおうかなって」




「なるほどね。一人じゃ心細いから妻である私に側にいてほしいということね」




「いやそういうわけじゃないですけど…」




「大丈夫よ。言われなくても分かっているから」




 自信満々な様子で解釈違いを起こしている響華を流星は優しく否定する。

 流星はなにかとめんどくさい響華に思わずため息を一つついた。

 流星の隣で自慢気に胸を張っている響華が続ける。




「目的が分かった所でもう一つ聞きたいのだけれど、これはどこに向かっているのかしら?」




「あぁ、それなんですけど…言う前に到着しちゃいましたね」




 話していた流星の足は体育館と本校舎の間の渡り廊下に隣接されている剣道場の前で止まった。

 この剣道場を使う部活は名の通り剣道部しかないため、消去法で今回声をかけるのは剣道部ということになる。

 響華は脳裏には淡い茶髪の彼の姿が浮かぶ。




「…もしかして剣人くんを誘う気?」




「残念ですけど、違います。あいつ誘っても絶対やらないんで」




「そう、残念ね」




 態度からして一ミリも残念な感じはしていないのは二人共同じである。信頼の薄さは共通認識らしい。

 



「へっくしょい…お?」




「ん?」




 背後から聞こえた声に振り返ると先程まで話の種になっていた剣人がジャージ姿でこちらに向かってくるのが見えた。

 流星に気がついたような声を漏らすとヘニャヘニャとした表情で二人に近づいて来る。




「やぁやぁお二人共お揃いで。今日は剣道場前でデートかな?」




「んなわけねぇだろ。生徒会のメンバー集めだ」




「お〜?まだ集まってなかったの?流星くんは人望がないな〜w」




 ニヤニヤと不敵な笑みを浮かべてからかってくる剣人に流星は腹にでも一発くれてやろうかと拳が震えたが、響華の前では色々とまずいだろうと顔を引き攣らせながらも自制心でなんとか持ちこたえる。

 そんな流星を見て剣人の加虐心は更にそそられていくが、それ以上に気になる話題を掘り下げようと話を進める。




「あ、言っとくけど俺は無理だからな」




「言われなくてもお前なんか誘わねぇよ。今日はお前に用があってきたんじゃない」




「ふーん?じゃあ今日はあいつに会いに来たの?」




「…」




 核心を突いた剣人の一言に流星はなんとも言えない気まずそうな感情を顔に浮かべる。表情から読み取った剣人は響華を一瞥すると剣道場の扉をガラガラと開ける。




「図星ってところだな。まぁとりあえず上がれよ。お嬢もね」




「…とりあえず行きましょう」




「えぇ」




 そう一言で答えた響華は流星の後に続いて剣道場へと足を踏み入れた。

 剣人との会話で垣間見えた流星の迷い。それがどこか引っかかった響華は前を進む彼の背中に張り付いた迷いとなにかに違和感を覚える。

 しかしそれを追求することは無かった。触れてはいけないような、深く残ってしまった古傷のような気がしたから。今はその時では無いと感じたから。




「…?響華?」




 流星は不意に握られた手の先を見つめる。飄々とした響華が横目に長い髪をなびかせながら二つの蒼を流星に向けている。




「手、握ってちゃ嫌だったかしら?」




「あぁいや、別に…」




 響華はギュッと流星の手を握った。

 今はそうすることでしか流星の心に寄り添うことができなかったから。







 特徴的な掛け声に竹刀が空を切る音が流星の耳朶を打つ。

 入り口の脇を見やると新入部員であろう生徒達が素振りをしている。流星は『下積みってこんな感じなんだろうなぁ…』と思いつつ、先を行く剣人の後をついて奥へと歩いていく。

 この学園において剣道部は学園設立時からある歴史のある部活で、全国大会常連の強豪として名を馳せている。




(へぇ…これが剣道場…)





 真新しい景色に流星は好奇心旺盛な少年のような目で辺りを見回す。剣道場自体は初めてでは無かったが、額縁に丁寧に飾られている賞状の数々に歴代の先輩方が残したトロフィー。部活動に所属していない流星からしたらどれも関心を引くものだった。

 そんな中で流星の視線は堂々と掛け軸に飾られている「風春影電」の文字へと止まる。その言葉はある禅語に由来するらしい。

 目を輝かせる流星の背にむず痒いような感覚が走る。振り返ると剣人がムカつく視線を向けている。その視線に気づいた流星はすぐさま態度を繕う。




「別にそんなカッコつけなくたっていいんだぜ流星〜?」




「…別にカッコつけてねぇし」




 流星はからかってくる剣人に眉を顰める。剣人は『おー怖い怖い』とおちゃらけた口調で肩を竦める。




「大丈夫よ流星くん。私はそんな可愛いところも大好きだから」




「いや聞いてないんですが…」




「ひゅーひゅー!お熱いねぇお二人さん」




「おい、あれって噂の女王様じゃね?」




「うわマジじゃん!噂通り美人だな…」




「もはやこの星の人間じゃないぞ…」




 剣人の囃し立てにより、散らばっていた部員達の視線も次々に流星の隣の女王に注がれた。

 響華の『無』を纏った温度を感じさせないオーラに部員達からは関心の声が上がる。 

 素振りをしていた新入部員達も響華の美貌に竹刀を振る腕が止まっている。数名はあまりの衝撃に竹刀を床に落として響華に見入ってしまっている。

 



「流星殿」




 剣人の厄介さに頭に手を当ててため息をついたその時だった。凛と鼓膜に突き刺さるような声が流星の耳朶を打つ。

 聞き覚えのある懐かしい声に振り返ると、そこには幾度となく助けられた美少年が立っていた。

 流星は美少年に微笑みながら話しかける。




「レオン。久しぶりだな」




 太陽のような輝きを放つ金色の髪色にすべてを包み込むような大海のように揺れる瞳。背筋をぴんと伸ばして佇むその姿はどこか西洋の騎士を思わせる雰囲気がある。

 彼の名は獅子神レオン。この剣道部で剣人に並ぶ若きエースで、その騎士のように紳士なその性格から女子から圧倒的な人気を誇るアイドル的存在である。

 レオンは流星の前まで歩み寄ってくると、その流星より数センチ高い身長を片膝ついてかがめる。




「ご無沙汰しております我が星よ。このレオン、再び見えることを今か今かと心待ちにしておりました」




「あはは…レオンも相変わらずだな」




 流星はさながらアニメのように整った顔を存分に使い、満面の笑みを向けるレオンに懐かしみながら微笑んだ。

 この騎士のようなレオンの姿勢は中学の時からのものであり、『忠誠を誓った主には騎士として誠意を示すもの』とレオンが自主的にやっているもので決して流星が命じたわけではない。

 最初は流星も変な目で見られがちだったのでやめて欲しいというのが本心だったが、今では慣れっこだ。むしろこのやり取りに懐かしさすら感じていた。

 流星が干渉に浸っているとレオンが胸に当てていた手で目元を覆う。




「流星殿からこちらに出向いていただけるなんて…感激で涙が…」




「お前は俺の親か。この前も会ったばっかりだろ…」




「兎にも角にも私は嬉しいのです!我が星に出会えたことが!あぁ神よ。私にお恵みをくださり誠に感謝感激…」




 先程までの厳格な騎士のような雰囲気はどこへいったのやら。レオンは声高らかに涙を流しながら天を仰いでいる。これがキャラ崩壊というやつだろうか。

 傍から見たらただの変人である。

 



「…この人を誘う気なの流星くん」




「えっと…はい」




「…」




 流石の響華も変人を前に困惑しているのか流星に懐疑の視線を向ける。妥当な反応だろう。

 響華は未だに神に向かってなにかを呟いているレオンを難解な謎解きを解くような眼で見つめる。やはりどこか納得が行かないらしい。

 その視線に気づいたのか天を向いていたレオンの視線は響華へと向けられる。




「我が星よ。その隣のお方は?」




「この人は綾部響華さん。俺の幼馴染でエリートの…「妻よ」…らしい」




「始めまして。私が流星くんの妻の響華よ」




「おぉ、これはこれは貴方が噂の…よろしくお願いします」




 にっこりと微笑んだレオンは響華に自らの片手を差し出す。相変わらず冷たい仮面を付けている響華もそれに答えてその手を握った。

 二人は握手と共に視線を交わす。二人の間をなにか嫌な空気がすり抜けた。

 レオンは暖かな微笑みを向けながら響華に語りかける。




「氷の女王よ。貴方に一つだけ伝えなくてはならないことがあります」




「…何かしら」




「流星殿の隣は、貴方ではなくこの私です」




「は?」




「おい」




 暖かな笑みから一転、冷たい蒼で塗り固められたような表情で放たれたその一言は地雷を踏み抜いた。

 若き騎士からの宣戦布告。開戦の合図を受け取った女王は深い暗闇のような瞳を向ける。

 それを跳ね返さんと言わんばかりにレオンも抵抗の眼差しを向け対抗する。

 完全に女王モードに入った響華の周囲3メートル内にはブリザードが吹き荒れる。

 流星を含め剣道場にいる人間は恐ろしいまでの悪寒が走った。しかし、レオンは屈する事なく女王と睨みあっている。




「アナタ、今自分が何言ったか分かってるのかしら?」




「えぇ分かっていますとも。我が星に忠誠を誓った身として隣を譲る気は無いのですよ」




「へぇ…私に立ち向かう勇気は認めてあげるわ。でも、身の丈に合わない事をすると身を滅ぼすという基本的なことが理解できていないみたいね。愚かな騎士様」




「その余裕もいつまで続くのでしょうね。愛と憎悪にまみれた堕ちた女王よ…」




 二人の間に走るバチバチなオーラ。さながら女王に反旗を翻す騎士といった構図だ。

 流星の目には威厳を見せつけるかの如く大口開けて吠え散らかす獅子と主を守らんとするべく口から氷点下を遥かに超える肌に突き刺さるような酷寒のブレスを見せつけるかのように撒き散らすワイバーンがぶつかり合う様が鮮明に写った。

 きっと昨日見た異世界転生系アニメと寝不足のせいだろう。存在しないものが見える。

 流星は目を擦り、もはや見慣れた一触即発なこの状況を打破すべく頭を捻らせる。




(なーんでこの人はすぐに争っちゃうのかなぁ…俺がいるからなの?なんか責任感まで感じて来ちゃうんだけど…頼むから平和に行こうぜ平和に)




「まぁまぁ二人共落ち着けって。お前らの愛しの流星くんが困り顔だぞ?」




 この状況を見かねたのか剣人が助け舟を出してくる。やれやれといった様子で肩を竦めると、そそくさと部室に消えていった。面倒事は避けたいらしい。

 剣人の一言を受けて、二人は互いに握り合っていた手を離す。この隙を逃すまいと流星が睨みを効かせ合う二人の間に瞬時に割って入った。




「そこを離れてください我が星よ。憎き女王の無様な顔がよく見えません」




「口だけは達者なようね?あまり私の夫を困らせないで頂戴」




(困らせてるのはあんたも一緒だよ響華さん…)




「お、落ち着いて二人共…ほら、いがみ合ってたら二人の整った顔が台無しに…」




「私の事なんてどうでもいいの。流星くんに近寄る虫は誰一人だって許さないわ」




 なんとか場を丸く収めようとするも流星の一言はいとも簡単に跳ね返された。跳ね返ってくる言葉が痛い。

 この二人と比べれば流星はただの村人同然。単純な説得で止まらないことは確かだ。思わず涙を流したくなる気持ちをぐっと抑えて今は二人の間を隔てる壁になることに徹する。




(なぁぁぁんでこの人達は聞く耳すら立ててくれないんだ…顧問が来るのも時間の問題だぞ。剣道部の顧問怖えんだよ…あーもう泣きそう。泣くぞ?すぐ泣くぞ俺は?…あ?”泣く”?)




 その時、流星に電流走る。これだと言わんばかりに流星の本能はふとした考えから一つの解を導き出した。

 馬鹿馬鹿しい作戦というのは自分でも理解していた。だが、こんな戦地のど真ん中のような状況にいつまでもいられない。流星はこの策に縋るしか無かった。

 迷ってる暇など無いと全てを振り切り、流星は行動に出た。




「え、え〜ん二人が争っちゃ嫌だよ〜」




「…」




「…」




 流星渾身の泣いたフリが場を固まらせた。大根役者もいいところな演技だったが、流れを変えるには効果覿面過ぎた。時が止まったかと思わせるような静寂が剣道場を包む。鳥のさえずりまで聞こえてくる。

 止まった空間の中、流星の脳はフル回転を続けていた。




(…なにこれどういう状況?俺の予定じゃここら辺で響華さんが馬鹿にしてくるはずなんだけど…固まってるし。超はずいんだけど。レオンも何とか言ってよ。…これ逆に成功してる?)




 響華をチラ見するも、瞼を上下させて固まっている。そんなに衝撃的だったと言うのか。

 背後のレオンも一言も発さない。予想外の流星の行動に面食らった様子。

 流星の羞恥心が限界に達しそうだったその時、口を開いたのはレオンだった。




「りゅ、流星殿!どうかこれで涙をお拭いください!まさか我が星を悲しませてしまうとは…」




「…ぅえ?あ、ありがとう…」




 レオンはあたふたした様子で懐からハンカチを取り出して流星へと差し出す。まさかの流星の演技に騙されたのか、流星に縋って眉を下げている。

 そんな大型犬のようなレオンを前に流星も『え?こいつ騙されたの?』と言った様子だ。困惑の色がガッツリ表に出ている。




「泣かないで流星くん。アナタを傷つけるつもりは無かったの。…夫を悲しませてしまうなんて、妻失格ね…」




「…え、う、うん」




 響華はというと控えめに目を伏せて落ち込んでいる。いつものどこか見下すような雰囲気が感じられない。むしろしゅんとしている。本気で落ち込んでいるようだった。

 流星もレオンと同じような反応をする響華に歯切れの悪い返事が口から飛び出た。




「あ、あの、悲しいから二人共争わないでね?」




「…我が星がそうと言うのなら仕方がありませんね」




「…流星くんのお願いとあらば無論ね」




 二人共渋々と言った様子だったが了承してくれたようだ。なんだかどことなく似通っている二人に流星は『ははは…』と誤魔化すような笑いを浮かべる。

 



(こいつら本当は息が合うタイプなのでは…)




 そんな事を考えてると視界の端にムカつく笑みを浮かべた爽やかイケメンが映る。剣人が部室から顔だけのぞかせてこちらを見て不敵な笑みを浮かべていた。つくづくいい性格をしている。

 流星は引き攣りそうな表情筋をぐっと抑え、一つ咳払いをする。二人が完全に落ち着いたことを確認した後に当初の目的だった生徒会のついて切り出した。




「…レオン、今日お前に会いに来たのは他でもない。お前にしか頼めないことがあるんだ」




「私に頼み事、ですか」




 レオンは流星の一言を聞き取り、目をパチクリさせる。青い瞳には流星の姿が映る。

 先程までの弱々しい演技から一転、流星は真摯な赤い瞳でレオンを見据える。その瞳からは静かな覚悟が伺えた。

 深呼吸を一つすると流星はゆっくりと口を開いた。




「俺と一緒に、生徒会選挙に立候補して欲しい」




「…!?」




 レオンは瞠目した。流星の口からその言葉が出てきたという事実に。思わず言葉を失う。

 レオンは知っていた。流星にとって生徒会は触れてはいけない傷口だということを。治療法の無い病だということを。   

 側に居た人間としてレオンは記憶に鮮明に残っていた。瞼を閉じれば昨日のように蘇る。

 言葉が出てこないレオンの様子を見て流星は息を一つ吐く。




「まぁそれが妥当な反応だよな…」




「…少し驚きすぎじゃない?」




「…本気なのですか我が星よ」




 半信半疑な様子で確かめてくるレオンに対して流星は何も言わずに頷く。静かなその表情から感じ取れる覚悟はレオンの藍の瞳を通して伝わった。

 流星の覚悟を感じ取ったレオンは瞼を落とした。

 レオンの脳裏には様々な思いが交錯する。夕暮れの放課後、初めて知った喜び。あの日嫌と言うほど味わった悲しみ。星空の下、いつ何時でも彼を支えると決めた決意。レオンの脳裏を輝ける思い出達が飛び交っていく。

 そんな中で掴み取った答えは一つ。

 幾つもの燦然と輝く思いの中を超えて、レオンは瞼を上げた。




「…我が星よ。その言葉、覚悟の上と見受けられますがその瞳に誤りはありませんね?」




「…あぁ」




「本来ならば二言返事で返したいところですが、側近である私にも立場があります。その覚悟、確固たるものなのか確かめさせてもらいますよ」




 レオンの獅子のような瞳がギラリと輝く。睨みつけられるような威圧感にゾワゾワとした感覚が流星の背筋を伝う。

 流星の目には獲物を狩る狩人側の目を向けて今にも襲いかかろうと唸る獅子の様子がレオンの背後にくっきりと見えた。

 思わず震えそうになる体を抑えて覚悟に満ちた赤い瞳でレオンを見据える。




「…いいぜ。望むところだ」




(問答でも拷問でも黒歴史暴露でも何でもかかってこい!…いや黒歴史暴露はダメだ。この場で爆裂霧散しちゃう。…とにかく!今の俺はちょっとやそっとじゃ止められねぇぞ!例え相手がレオンでもな!止めれるもんなら止めてみろ!!!)




 流星の覚悟の瞳を見受けたレオンは一度瞼を落とし、カッと見開く。




「ならば、剣道で勝負です!」




「受けて立t…ん?????」

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