生徒会編

蘇る記憶と生徒会選挙

「♪〜」



 お昼時になり賑わう食堂にて、流星はお気に入りのアニソンの鼻歌を歌いながらいつものハンバーグ定食ではなく気分転換に注文したロコモコ丼を両手に空いている席を探していた。 

 今日はいつにも増して人が多いのか開いている席が見当たらない。困り果てながらも流星は空いている席を探し続ける。



(どこも空いてねぇじゃねぇか…将司にでも席取りさせておけばよかった…)




 開いている席がなく、流星はふと立ち止まる。見る限りで開いているのは調味料が置かれたテーブルのみ。流石の流星もあそこで食事はできないと断念し、席が埋め尽くされた食堂内を闊歩する。

 開いている席はあるものの荷物が置かれていたりする席が大半。

 流星は席が空くのを待つしかなかった。流星と同じ様に席がなくて困っている人もちらほら。

 



 もう立ったまま食ってやろうかと考え始めたその時だった。流星の視界にある人物が目に入る。

 流星はラッキーとでもいいたげな表情を浮かべ、そこへ向かってまっしぐらに向かっていった。




「…ん?」




「よぉ凌。久しぶり」




 流星に話しかけられ、顔を上げたのは黒木凌くろきりょう。黒木財閥の御曹司で流星とは中学からの知り合いで、たまに話すレベルの仲。

 少しばかり愛想が悪く、近づきがたい御曹司様、というイメージが生徒たちの間で定着している。

 凌としてはあまり流星のことは好ましく思っていないが、流星としては仲良くしたいという一心で話し掛けている。




「…ふん、誰かと思えば生徒会長サマか」




「それは過去の話だろ。今はただの一般生徒だよ」




「あぁ、そうだったな。今はただの落ちぶれた不真面目な一般生徒だったな」




「…言い方どうにかなんねぇのかよ」




 凌から棘のある言葉を突き刺され、流星は顔を引きつらせる。

 相変わらずだなと思いつつ、流星は凌の対面の席に座る。




「おい、俺はお前と食事を共にするつもりは無いぞ」




「まぁまぁ、そんなお堅いこと言わずにさぁ〜俺達の仲だろ?」




 近所のおばちゃんのような話し方でまぁまぁと今にも罵詈雑言を飛ばしてきそうな凌をなだめながら手を合わせる。

 凌のことはそっちのけでロコモコ丼を食べ始めた。




「ふん、お前と仲良くなったつもりなど無い」




「ツンデレだなぁ〜凌は」




「なっ、ツンデレなどではないッ!!!」




 凌は立ち上がった机をバンと叩きながら食い気味に否定した。

 その一言で生徒達の声で賑わっていた食堂は一瞬の静寂に包まれる。それと同時に生徒たちの視線は凌へと集められた。

 各方面から刺さってくる視線に気がついた凌はコホンと一つ咳をして席に座り込んだ。




「あらあら、そこまで食い気味に反応しなくたっていいのに〜」




「…うるさい。お前のせいだぞ」




「凌様、いかがなさいましたか?」




「…仄花」




 少し小走りになりながらやってきたその少女は不知火仄花しらぬいほのか。黒木財閥に代々使える不知火家の一人娘で凌の専属メイド。

 見た目は普通の高校生より幼く見えるが、家事は料理から洗濯までこなし、学業では常に上位一桁、スポーツも万能と見た目以上の働きをする凄腕メイドである。

 ただ、人より表情の変化が乏しく、主人である凌の言いつけは絶対に守るその様から生徒の間では機械のようなメイドとして名を馳せている。

 仄花はほんの少し心配そうな表情で凌の元まで駆けつけてきた。




「なんでも無い。こいつが俺にちょっかいを掛けてきただけだ」




「…!流星様!ご無沙汰しております」




 仄花は流星の存在に気がつくと少し表情を明るくさせてペコリと一礼した。流星もそれに応えて会釈する。

 仄花は常に凌のことを気にかけており、基本的に友人関係を築こうとしない凌に歩み寄ってくれている流星のことを好ましく思っている。 

 流星も凌のことを教えてくれる仄花のことはありがたい存在だと思っている。




「仄花久しぶり。元気にしてた?凌に意地悪されてない?変な服無理矢理着させられたりしてない?」




「大丈夫です。むしろ優しくされすぎて甘やかされてしまってばかりで…」




「…お前は俺のことをなんだと思っているんだ。従者を痛めつけるほど趣味の悪い人間になった覚えは無い」




 会う度にお決まりとなっているこの会話に凌もツッコミを入れる。

 非道な事をしている貴族みたいなイメージを持たれているのを気にしているのか本人も不服そうな表情だ。




「だって凌愛想悪いし…」




「…それとこれとは別だろう。これだから落ちぶれた生徒会長サマは…」




 『それも違うだろ』というツッコミは胸にしまっておき、流星は立ったままの仄花に座るように促す。




「立ち話もなんだし、座りなよ」




「いえ、凌様の許可無しには…」




 流星の気遣いを無駄にするわけにはいけないという思いと主である凌の許可なしに行動するのは…という思いが交錯し、戸惑う仄花は凌に視線を向ける。

 凌は一つため息を吐くと視線は向けずに仄花へ一言。




「…俺の許可など必要無いだろう。主の許可無しにメイドは動けないというのは架空の話だ。何度も言っているだろう。好きに座れ」




「…!分かりました。では、失礼いたします…」




 仄花は凌の隣の席にささっと座った。表情には出ていないがどこか嬉しそうだ。その身長とピシッとした姿勢からお人形さんのように見える。

 流星は誰かさんに似ているなと思いつつ、二人の間に漂うじれったい空気感に入っていける勇気もないため、大人しくロコモコ丼を食べ進めた。

 そんな空気に耐えられなくなったのか、今度は凌のほうが口を開いた。




「…おい流星。丁度いい機会だからお前に話しておいてやろう」




「何よ急に」




「いいから聞け。今度の生徒会選挙の話だ」




 生徒会選挙。流星はそのワードを聞いた途端、食べ進めていた手を止めた。

 流星にとってその出来事にはあまり良い思い出は無かった。

 生徒会選挙はこの創生学園において人気な四つの行事である創生学園四大行事に挙げられるほどの大きな行事で、生徒会長立候補者が仲間を集めて激突する王座決定戦。

 毎年立候補者同士のぶつかり合いが人気を呼んでいる四大行事の中でも人気な行事である。




「今度の生徒会選挙、俺は生徒会長として立候補する」




「…へぇー!すごーい!!!…でメンバーは?」




 どういう反応をすればいいか分からなかった流星はとりあえず無難に驚くような反応をしておいた。

 凌はわざとらしい流星の反応にはあえて触れず、『触れろよ』という視線はシャットアウトして話を進める。




「俺に仄花、後は黒木家の分家に属する人間から数名だ」




「なるほどね…どうやらメンバーのお誘いではなさそうだな」




「誰がお前のことなど誘うか。お前のことを誘うくらいだったら腹を切ったほうがマシだ」




(そこまで言う必要ないだろ…)




 凌からのグサッとくる一言に胸を痛めつつ、流星は苦笑いをする。

 いつでも誰にでもこの態度を貫く凌に対してもはや尊敬の念まで覚える。

 そんな流星にお構いなしに凌は話を続ける。




「俺が言いたいのはそうでは無い。流星、お前も立候補しろ」




「…」




 凌からの一言。

 それは流星への挑戦状。堂々とした宣戦布告だった。

 凌の真っ直ぐな瞳が流星を貫く。

 真正面から突きつけられた挑戦状に対して流星はただ沈黙で返すことしかできなかった。




「…返事も無しか?なんとか言ったらどうなんだ」




 見かねた凌が不満気な声を漏らした。態度が気に入らなかったのか凌の眉間のシワが深くなっていく。

 そんな凌を見て、仄花も表情には出ずとも焦り始める。流星に半分祈るような視線を向けて。

 交錯する思いの中で流星はなんとも言えない表情でその口を開いた。




「いや、なんというか、やっぱりなって」




「…想定済み、と捉えていいんだな?」




 凌の問いかけに流星は口を開かずに静かにコクリと頷く。

 それを見た凌は更に眉をひそめる。

 次第に空気もひりついていく。




「なら、返事も既に決まっているということだよな?」




 凌は流星に対して少し高圧的な態度で問いかける。明らかに機嫌が悪い。そんな凌に気圧されて、流星はためらいながらも嫌々口を開いた。




「…俺はやらないよ。お前も薄々分かってるだろ。もう面倒事は十分なんだよ」




 遠慮気味に流星の口から出てきた言葉を聞いた凌は大きなため息を一つついた。

 失望や、哀れみすらも感じられるような、そんなため息。

 次に凌の口から出た言葉はいつもどおりの刺されるような軽蔑の一言だった。




「はぁ…お前にはがっかりだ。お前みたいなやつに負けた自分が惨めになってくる」




「…」




 流星は何も言うことができなかった。いや、言わなかった。

 流星に縛り付いた解けない呪縛。振り払うことはできない、してはいけないもの。幾つもの犠牲を払ってきた責任の重みが流星をそうさせていた。




「まただんまりか?全く、今のお前をあいつらが見たらどう思うんだろうなぁ?」




「…」




「まさか忘れたとは言うまいな?お前が踏みつけ、蹴落とし、欺いてきたあいつらのことを」




 凌の一言で、流星の脳内に沈めていた記憶がフラッシュバックする。

 昨日まで笑っていた者が次の日には消えていた記憶。

 人の思いを踏みにじり、のし上がった記憶。大事な人を失った記憶。

 脳内に溢れかえる記憶に耐えられなくなり、息が上がる。




「流星様…!」




 明らかに調子の悪そうな流星に我慢できなくなった仄花が立ち上がり、側に駆け寄ろうとする。

 流星は口から溢れそうなものを必死に抑えながらも駆け寄ってくる仄花を静止する。




「待て仄花。大丈夫だ、少し気分が悪くなっただけで…」




「しかし…」




「本人がそう言ってるんだ。言っても余計なお世話になるだけだぞ」




 主からの一言にためらいながらも抵抗の視線を向ける。

 流石の仄花もこれには反論を述べようとするが、凌の目を見た途端にはっとした表情になった。

 凌の瞳からひしひしと伝わってくる思い。

 これは凌と流星の問題だという思いが瞳を通して仄花に伝わった。

 仄花は流星に「無理はなさらずに…」と一言声を掛けると席へと戻った。




「仕切り直そうか。流星、お前はあいつらの事を踏まえても俺と再戦する気は無いのか?」




「俺は…」




 流星は言葉に詰まった。思い出したくもなかった過去の記憶。

 向き合うことすら避けて、逃げ続けていた記憶が流星に襲いかかる。自業自得と言ってしまえばそれだけ。流星には逃げ切れる理由さえも無かった。だから忘れた。逃げることはせず、見えないふりをした。

 だが、今はもう見えないふりをしても無意味だ。その分だけ話が長くなるだけ。

 向き合うときが今なのかも知れない。しかし、流星は自分の思いの中に踏みとどまっていた。




「…俺は、いくつもの犠牲の上に成り立ってる。そのおかげでここまで来れた。中には無駄になってしまった犠牲もあった。苦しみ、闇の中へと消えてしまったのも」




「…」




「それなのに、また生徒会なんて…同じ過ちを犯そうとしてるだけだ…そんなことをしてしまえば…俺は…ッ…あいつらに顔向けできない…」



 口から必死に声を絞り出そうとする。だが、いくら出そうとしても出てくるのは自分に対する卑下のみ。

 そんな自分に流星は自分の傷をえぐるばかりだった。

 らしくない流星の様子に見かねた凌が口を開く。

 またいつもの小言かと思いきや、以外にも流星を励ますようなものだった。




「…まだそんなものに縛られているのか?前にも言っただろう。そんな思いをお前だけが抱くのは筋違いだと」




「…でも」




「誰が反論しろなどと言った。お前に反論の余地は残されていない。それに俺はお前に生徒会選挙に立候補しろと言ったのだ。過去と向き合えなどと言った覚えはない」




 不器用ながらも、背中を叩いて励ましてくれるような一言。裏を返せば「一人で抱え込むな」という一言。

 発言者が凌ということを踏まえたら意外な一言に流星は嬉しさより驚きが先に表情に出た。




「…なんだその拍子抜けしたような表情は」




「いや、なんていうか…ありがとな」




「…感謝されるようなことをした覚えはない。その生ぬるい視線を向けるのはやめろ」




 口ではこう言っているものの満更でもない様子。若干表情が緩んでいる。

 これではツンデレと言われても仕方ないだろう




「ツンデレだな」




「ツンデレですね」




「な”っ…ツンデレなどではない」




 凌は流星と仄花からのツンデレ認定を否定する。先程の反省を活かしてか控えめなボリュームである。

 脱線してきた話を戻すため、凌は机にバンと手をついて流星に指差して三度問いかける。




「そんなことはどうでもいいのだ!お前は生徒会選挙に立候補するのかしないのかどっちなんだ!」




 「…」




 再び二人の間に走る張り詰めた空気。視線と視線がぶつかり合い、互いの思いが交錯する。傍からみたら一触即発な場面に周囲から有る事無い事を推測する声も聞こえてくる。

 流星の口から出てきたのはYESでもなくNOでもない。気だるげな一言だった。




「えー…どうしようかな…」




 まさかのここで迷い始める流星に凌は困惑する。『この後に及んでやらないとでも言うのか』とでも言いたげな表情で。今度は凌が拍子抜けしたような表情だ。

 そんな拍子抜けしたような表情の凌に不思議そうな視線を向けながら流星は顎に手を当てて、潜考する。




「…流れ的にやる流れだっただろ…なぜそこで迷う」




「だってめんどくさいし…」




「この男は…」




 肝が座っているのか、どこか図太い流星に対して凌は呆れたようなため息を漏らす。額に手を当て、やれやれといった表情だ。

 先程までの会話が馬鹿馬鹿しくなってくる。

 悩む流星は背もたれに身を任せ、妙に凝ったデザインの天井を見上げながら腑抜けた声を漏らす。




「ん〜どうしよっかなぁ〜」




「やってみてもいいんじゃないかしら。生徒会選挙なんて実に青春ってかんじだし」




「え〜でもめんどk…」




 そこまで言いかけた流星の意識は数秒の空白の後に、不意に横から飛んできた声の方向へと向けられる。

 そこには先程までいなかったはずの響華が鎮座していた。

 何食わぬ顔で座っている響華に対して流星は唖然とする。

 次に流星の口から出てきた言葉は幾度となくしてきたやり取りの言葉だった。




「…なんでいるんですか」




「それはアナタの妻だからよ。流星くん」




 髪を手でなびかせ、相変わらずの無表情でそう答える響華にどこか安心感を覚えた流星だったが、その次に浮かんできたのはいつからいたのかという疑問だった。

 自分の過去を聞かれていてはまずい。




「…いつからいたんですか?」




「ついさっきよ。ツンデレがどうのこうのってところから聞いてたの」




「あぁ…なんだ」




 口から漏れる安堵の声。

 響華はそれに違和感を感じていたが、深くは追求しなかった。なぜならそれより気になることがあったから。




「流星くん、生徒会選挙、私達で立候補しましょう」




「えぇ〜?」




 流星はめんどくさいし、丁重にお断りしようかと思ったが、珍しく興味深々な響華を前にそんなことを言えるはずもなく。




「決まり、ということでいいな女王様?」




「えぇ。それでいいわ」




「ちょっと俺まだ何も言ってないんですけど!?」




 流星の声は届かず、事はどんどん予測していなかった方向へと進んでいく。流星からしたら最悪な状況だ。

 どうにか打開策をと考えるが、そんな流星を置いて話は進んでいく。




「一度決めたものは取り消し不可能だ。男に二言は無い、だろう?」




「そうよ流星くん。夫に二言は無いはずよ」




「それは違うでしょ…」




 どうにか反論してこの状況を脱したいところだったが、生憎のところ流星はそんな免罪符は持ち合わせていなかった。

 ここらへんが潮時だと悟った流星はため息を一つ吐いた後に白旗を上げた。




「はぁ…分かったよ。やる。やるから」




 気だるげに手をひらひらとさせて流星はそう言った。YESの返事が出て満足したのか凌はどこか嬉しそうな表情だ。

 もしくは苦しそうな流星を見て満足したかのどちらかだ。




「決まりだな。やる以上は全力で来い」




「はいはい。せっかく立候補したのに惨敗なんてかっこつかないしな。言われなくても全力で行かせてもらうよ」




「ふん。せいぜい頑張るんだな」




 凌はやりたくないという気持ちが態度にガッツリ出ている流星を鼻で笑うと食器の乗ったお盆を持って席を離れた。

 最悪の方向に転んでしまった流星は机にぐったりと倒れ込む。

 うなだれるような声を上げていると向かい側に座っていた存在が流星に声を掛けてくる。




「あの…流星様」




「う”ぅん?なに仄花…」




「その、申し訳ございません」




 仄花は流星の目の前まで来ると、深々と礼をする。いきなりのことで焦った流星は下げられた頭を上げるように促す。




「なっ、仄花、頭を上げて。悪いのは仄花じゃないでしょ」




「ですが、主の尻拭いは従者がすべき事ですので…」




「別にいいって。俺がそう言ってるんだから」




 半ば無理矢理仄花をなだめ、空いているもう片方の隣の席に座らせる。こうでもしないと従ってくれないのは仄花の良いところであり悪いところだ。

 申し訳無さそうに座った仄花は少し遠慮がちな口調で話し始める。




「…凌様はきっと流星様に強くあって欲しかったのだと思います」




「あぁ。分かってる。あいつがそれを望んでいることも、仄花もそう思ってることも」




「え…」




 仄花はわずかに目を見開いて少し驚いた様子。

 同時に仄花の脳裏に蘇るいつの日かの光景。どうしようもなかった自分に手を差し伸べてくれたあの時。

 その姿が目の前の光景と重なる。




「気遣いありがとう仄花」




 流星は仄花の頭を猫を撫でるように優しく撫でる。

 心地いいのか仄花の口元が僅かに緩んでいる。少し低い仄花の身長も相まって、傍から見たら微笑ましい兄妹のようになっている。




「…流星様は私が思っていたよりずっと強いようです」




「そうなの?なんか、嬉しいな」




 流星は照れくさそうに頭を掻く。後ろから突き刺さる妻の視線にも気づかずに。




「…流星くん」




 流星の肩に走るヒヤッとした感覚。ひどく冷たい声と同時に怒りに震えた手が置かれる。本能がまずいと叫んでいる。




「…あ”っ。響華s…響華、これはその、違くて…はは」




 あまりの恐怖から弁解しようとしてもうまく言葉が出てこない。それどころか笑いが飛び出してくる。

 平然を保っているつもりが足がガクガク震えている。

 しどろもどろになりながら弁解しようとする流星を響華の冷え切った視線が貫く。底の見えない深い闇のような寒気が流星を襲う。




「完全に想定外だったわ。流星くんがロリコンだったなんて」




「あはは…あ?ロリコン?」




 ”ロリコン”という言葉が引っかかり、流星の脳は白で埋め尽くされる。

 そして数秒のクールタイムを経て再びフル回転し始めた。




「いやっ、ロリコンじゃ無いですからね!?!?」




「じゃあその撫でる手は何よ。完全にロリコンじゃない」




「いや、仄花はそういうのじゃなくて…」




 否定するも、響華は納得がいかない模様。こうなるとここからは長くなる。




「流星様、ロリコンとは何でしょうか?」




 少し下からの仄花の純粋な瞳が流星に向けられる。流星としては響華の相手で手一杯だったが、ここまで純粋無垢な瞳で見られてしまうと無視しかねない。

 ただ、ここで変なことを吹き込んでしまえばと後で凌が罵詈雑言を浴びせに来ることは目に見えている。慎重に言葉を選んで説明しなければならない。

 だが、氷結の女王に迫られている流星にはそんな時間は無かった。




「えーっと、仄花、その話は後にしよう…」




 不思議そうな表情の仄花に申し訳なさも感じながらも流星は背後で何やら呟いている女王の方へと耳を傾ける。




「今から若返るなんてことは不可能ね…なら流星くんを調教するしか…」




「響華は響華でそんな危ない考えを起こさないでくれる???」




 身の毛がよだつような考えに流星はゾッとしながら止める。

 女王の調教とは一体何をするつもりだったのか。想像すればするほど恐ろしくなってくるため流星は考えるのをやめた。




「流星くんがロリコンなのが悪いのよ。私という存在がありながら…」




「だからロリコンじゃないって言ってるじゃないですか…」




「妻に隠してでも貫きたいということね。いいわ。その性癖、私が叩き直してあげる」




「なぜそうなる…」




 この後、あの手この手で流星を調教しようとしてくる響華を退けながら弁解するも、なかなか納得してくれず、誤解を解くのには半日を要した。







「で、俺のところに来たと」




「そいうこと」




 各所から楽しげな話し声が聞こえてくる休み時間。流星は昨日の一連の出来事を親友の白凪一翔に話していた。

 一翔は昨年の生徒会経験者で一年生ながらにして二年生達のなかで生徒会として見事に勤め上げた秀才として生徒達の間で知られている。そのため、流星は協力を仰いだというわけだ。




「…生徒会選挙、協力してくれない?頼むよぉ」




 一翔は押されるのに弱いと分かっている流星は顔の前で手を合わせて頼み込むポーズをとる。 

 一翔はしばし口を真一文字にして考えた後に口を開いた。




「いいだろう。その願い承った」




「いいの?マジで?助かるぜ一翔…!流石は白凪財閥の御曹司!」




「…あまり囃し立てるな。褒めてもなにか出るわけでは無いぞ」




 一翔は相変わらず調子のいいやつだ、とどこか懐かしむような目で流星を見つめる。

 いつぞやの景色が蘇ってくるが言葉にはせず、胸の奥に閉まっておくことにした。




「いや〜一翔が味方だと助かるよ。なんせ相手は凌だからな」




「相手は一度戦っているとは言え、賢良方正、武芸百般な強敵だ。油断は禁物だな」




 相変わらず堅苦しい話し方で言葉をつらつら並べていく一翔に流星は苦笑いを浮かべる。

 親友なんだからもう少し砕けた話し方をしてくれてもいいのだが一翔曰く、これが一番砕けた喋り方らしい。親友同士でも理解できないことはあるようだ。




「ところでだが他のメンバーは集まっているのか?」




「あー…それなんだけどさ。俺と響華さんもできそうな人に話しかけてはみてるんだけど…相手が相手だからね…」




 今回の対戦相手、黒木凌は一翔と同様昨年の生徒会経験者。ましてやメンバーは黒木家の優秀な生徒達。今年度の当選は確実とまで言われている。

 そんな絶対政権に反旗を翻すのが流星達。さながら魔王に立ち向かう初期装備の勇者一行といったところだ。

 勝つ確率は暗闇の中で探しものを見つけるより低いと言っても過言ではない。

 誘った人達には言葉にはせずとも嫌そうな態度で断られてしまった。




「…当てはあるのか?」




「一応な。…できれば避けたかったけど、”あの三人”を当たってみるよ」




 妙に含みのある言い方に一翔はなんとなく察する。

 脳裏に浮かぶ何もかもがバラバラ三人衆の影。どう考えてもあの三人だと一翔には分かった。




「結局あいつらのところに行かなきゃか…」




 流星はどこか遠い目をして窓から見える空を眺める。

 雲ひとつ無い空には一匹のカラスが飛び立とうとしていた。

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