表情の奥に眠る思い

(ふぅ…大漁大漁。まさかこんなに取れるとはな…)




 辺りも暗くなり、街頭の明かりがちらほらとつき始めた頃。流星は戦利品片手に家路に着いていた。

 いつもは学校が終われば響華とデートなり何なりしながら帰宅してくるが今日はアニオタ仲間である将司と賢治に誘われ、ゲーセンへと出向いていた。

 次はクレーンゲーム、その次はレースゲームとしているうちについつい遅い時間になってしまい、現在早足で我が家へと向かっているというわけだ。

 門限は特に決まっていないが、過保護すぎる母親が心配のメールを100件以上送ってきたので早めに帰ったほうが良さそうだ。




ピロンピロン




 未だにメッセージアプリからの通知音が鳴り止まない。やまずに鳴り続けるその無機質な音の回数が加奈子の過保護っぷりを物語っていた。




(ったく、いくらなんでも過保護すぎだっての…)




 心の中で愚痴をこぼしながらスタスタと足を進める。できれば過保護は控えてほしいところだが少しでも物申すものなら「どうしてそんなこというのりゅーちゃん!ママのこと嫌いになっちゃったの?」と目に大粒の涙を溜めて服にすがられるため、流星もやりにくくなりいつも口を紡いでしまう。

 結局のところ言わず仕舞いだ。




(…まぁ仕方ないか。あんな表情で迫られちゃこっちもお手上げだし)




 自分の中で自問自答を繰り返しつつ足を運び続け、玄関前までやってきた。

 開けた瞬間の予想はだいたいついているため流星はふーっと息を吐き、覚悟を決めた後に扉を開いた。




ガチャッ




「たd「りゅーちゃん!」




 ただいまを言う暇すらもなく、扉を開けた途端に母である加奈子が飛びついてくる。

 予想がついていた流星は倒れないように受け止める。




(…なんか最近飛びつかれる事多いな)




「こんな時間までどこに行ってたの?心配したんだからぁ…捜索願出そうかと思ったんだから…」




「それはやりすぎでしょ。今日はゲーセンに行くって連絡入れといたはずなんだけど」



 玄関脇の時計に目を向けると時刻は19:30。まだ焦るには早すぎる時間帯だ。




「そうは言っても心配なの!りゅーちゃんに家出なんてされたら…もう、私…」




「はいはい大丈夫大丈夫。家出なんてしないから」




 目にいっぱいの雫を溜めて今にも声をあげて泣き出しそうな加奈子をあやすように抱きしめる。

 これではどっちが母親なのかわからない。




「本当?本当に家出しない?」




「しないから。大丈夫だから」




「うぅん…りゅーちゃん…」




 加奈子はぐずりながら自分より少し背の高い流星にしがみついてくる。

 こうなったら2時間は離れてくれないため流星はここで一つ芝居を打つことにした。




「はいはい。ほら、俺お腹減ったなぁ〜」




「…!うん!私りゅーちゃんのために美味しいご飯作るから待ってて!」




 加奈子は目を輝かせながら喜々としてキッチンへと向かっていった。

 流星はやれやれといった様子でため息をつく。ようやく一息つけたようだ。




(はぁ…全く、毎回骨が折れるな…これじゃ何本折っても足りねぇよ…とりあえず着替えてくるか)




 流星は靴を脱ぎ揃えると階段を上り、二階の自室へと向かった。







ガチャッ




「あら、おかえりなさい」




「…」




 扉を開けるとそこにはいつもの制服姿ではなく私服姿でベッドに座っている響華の姿があった。

 いつもよりラフな格好に驚く前になぜ当たり前のように居るのかという疑問が飛び出る。

 野暮な質問とは分かっていても口から自然と溢れ出た。




「…なんで居るんですか?」




「妻だからよ。当然でしょ?」




 ものの数秒の即答だった。理由になっていない気がするが追求するだけ無駄だと感じた流星は首あたりまで来ていた疑問をぐっと飲み込んだ。




「流星くん、ん」




 響華は両手を開いて流星が飛び込んでくるのを待ち構えている。それが何を意図した行動なのかわからない流星の脳内にはクエスチョンマークが浮かび上がる。

 二人の間にじれったい空気が流れ始めたところで響華が口を開いた。




「ハグよ。帰ってきたらお帰りのハグでしょ?」




「…そうなんですか?」




「えぇ。夫婦なら当たり前よ」




(絶対そんな事ないだろ)




 心の中では否定しつつも抵抗するだけ無駄だと感じた流星は荷物を置き、その身を響華に預けた。




ギュッ




 香水だろうか。響華から漂う誘い込むような花の香りが流星の鼻孔を刺激する。

 抱きしめあった体からは彼女のぬくもりが伝わってきてなんだか心が落ち着く。




「加奈子さんとのハグはすんなりするのに私とはなかなかしてくれないのね」




「ハグって…さっきの見てたんですか…見てたなら止めてくださいよ」




「あんな親子水入らずの状況に割って入るほどデリカシーの無い女になったつもりは無いわ」




(親子水入らずね…じゃあ今はさながら夫婦水入らずってところか)




「そういうことね。なによ、理解ってるじゃない」




「読まれてるし…」




 いつもどおり思考を読まれた流星は苦笑しながらそう溢した。

 未だに原理は理解できないが響華の読みは今日も絶好調らしい。相変わらず末恐ろしい能力だ。どうやったらそんな能力が身につくのだろうか。

 幾度となく繰り返したその疑問は考えることなく思考の隅へと放り投げられた。




「それより、今日はやけに大荷物ね。ゲームセンターにでも行ってたのかしら?」




「当たりっす。今日は将司と賢治に誘われましてね…よっと」




 流星は景品が入った鞄をどさりと置く。かなりの重量なのが見て取れるほどの量だった。




「学期始めのテストでは惨敗。授業中は居眠りばかり。もうすぐ次の期末テストも迫ってきているというのに随分と余裕ね」




「う”ぐっ…ごもっともです…」




 響華の言葉が流星の心に突き刺さる。響華としては忠告のつもりで言ったわけだが、流星の心に見事クリーンヒットしてしまい大ダメージ。

 流星は大袈裟に痛くもない胸を押さえる。




「次のテストが見ものね」




「…はい」




「それはそうとして、かなりの景品の量だけど流星くんは得意なの?クレーンゲーム」




「まぁぼちぼちってところです。得意でも不得意でもないですよ」




 ここで流星のいう『ぼちぼち』は一般で言うプロレベルのことを指す。流星の荷物の量がそれを物語っている。常人の所業ではない。

 響華のメモに『夫はクレーンゲームが得意』ということが追加された。




「あー疲れた…あy「響華」…響華」




「何?夜のお誘いならいつでも受けるけど?」




「…違いますよ。着替えるんで少し部屋の外に行ってください」




「別に私は大丈夫よ。遠慮しなくていいわ」




「俺が気になるんですよ。早く出てってください」




「いいじゃない。小さい頃は着替えどころかお風呂に入ったりしたんだから」




「それとこれとは別でしょ。いいから、早く出て行ってください!ちょっとだけですから!」




 幼馴染あるあるで論破されそうになった流星はなかなか出て行こうとしない響華の肩にそっと手を添え、扉へと向かわせる。

 流石に着替えを見られるのは幼馴染の響華とは言え気が引けるのだろう。




「…しょうがないわね。夫の頼みとあらば仕方ないわ」




 無表情ながらもどこか不服そうな響華は急かされるがままに部屋の外に出た。




「終わったら呼んで頂戴」




「分かりました。呼ぶので大人しくしててくださいね。…ふぅ」




 響華が完全に部屋から出ていったのを見届けた後に胸を撫で下ろした。家に帰ってきてから疲れることが連続で続いたため、ようやく一息つけたというわけだ。とは言えあまり響華を待たせるのも悪いため、急ぎ目で着替えに取り掛かる。

 上着を脱ぎ、ワイシャツのボタンを4つほど外したところで流星の手が止まった。




「…響華。バレてますよ」




「…なかなか勘がいいのね。流石私の夫と言ったところかしら」




 響華が扉の開いた僅かな隙間からスマホのカメラで流星の姿を盗撮している。

 響華のやりそうなことはたいてい予想がついている流星はその視線に気がついた。




「夫でも何でもいいので盗撮だけはやめてください」




「無理よ。これは私の生業なの。流星くんへの愛がある限りこの手が止まることは無いわ」




「俺への愛が本当ならその手を止めてほしいんですけど」




「無茶言わないで頂戴。大体、こんな状況撮ってくれって言っているようなものでしょう?」




「なんでそうなるんですか。もう閉めますからね?」




「あちょっと」




バタン




 一歩も引かない響華を見て、説得は無理だと判断した流星は無理矢理扉を閉めた。

 響華が他の手段で部屋に入ってこないうちにそそくさと着替えを済ませることにした。







「…終わりましたよ」




「…」




 扉を閉めて数分、着替え終わった流星は扉の鍵を開いて向こう側に居る響華に向かって呼びかけた。

 だがしかし、扉の向こうからの返事は無い。扉を開けて見るとそこに響華の姿はなかった。




(あれ?…別の部屋にでも居るのか?)




ガチャッ




(いない…)




ガチャッ




(…ここも違う)




「響華ちゃん?見てないけど」




「違うのか…」




 どこに居るのかと近くの部屋を当たってみても響華の姿は見当たらない。

 トイレまで確かめに行く勇気は無いためとりあえず自室に戻ることにした




(やっぱりトイレだったのかな…流石にそれは悪いし戻ってくるのを待つか…)




ガチャッ




「あ」




「え?」




 流星が自室の扉を開くとそこには探していた窓から侵入しようとしている響華本人が居た。流石の流星もこれには驚く。




「え!?ちょ、何してるんですか!」




「何って窓から入ろうとしてたのよ」




 窓からスタッと華麗な着地を決めて平然として言い放つ。

 窓から、しかも二階の窓から侵入するなど普通ではない。




「いやいや、ここ二階ですよ?」




「それが何よ。流星くんが入れてくれないのが悪いんじゃない」




「そうかも知れませんけど…大人しく待っててくれたっていいじゃないですか!こんな危ない事しなくたって…てか、どうやって入って来たんですか!」




「お庭にあったそれを借りたのよ」




 響華の指さした方向には開いた窓枠に掛けられている脚立があった。どうやらあの脚立で侵入したらしい




「あれ使って登ってきたんですか?途中で落ちたりしたらどうするんですか…」




「大丈夫よ。足滑らせるほどドジじゃないわ」




「そういう問題じゃないでしょう!その行為が危ないって言ってるんですよ!」




「…流星くん、もしかして私の事心配してくれてるの?」




「当たり前ですよ!!!怪我でもしたらどうするんですか!!!」




 いつになく本気な目をしている流星を前に響華は驚いた。表情は変わらずともその感情は確かな物だった。授業中では寝てばかり。部活動もやりたくないという理由で帰宅部。

 そんな流星が本気で自分の事を心配してくれている。それは響華の中ではとても大きな物だった。




「…ふふっ」




「なっ、何がおかしいんですか」




 響華は口に手を当て、口元を隠すようにして声を漏らすように笑った。

 滅多に笑わない響華が笑っている様子を見て、流星の脳内は混乱に陥る。叱っていた相手が笑いだすとは、アニメでしか見ない展開だ。




「いえ、何でも無いわ。ただ、嬉しかったのよ」




「…どういうことですかそれ」




 ここぞというときに勘の悪い流星は珍しい響華の微笑みが何を意味するのか分からなかった。

 自分が、彼女のために本気になっているということも




「さぁ?自分で考えてみたらいいんじゃないかしら。」




「むぅ…なるほど。読んでみろと…」




 流星は顎に手を添えて思考を張り巡らせる。響華の表情は基本的に凍りついているので表情からの判断は難しい。となると付き合いの長さが物を言う。

 幼少期から彼女を見続けてきた流星が出した結論は…




「…怒られたからとか?」




「…何よそれ」




 響華としては完全に予想外だった回答が飛んできて思わず疑問の声を漏らす。




「いや、響華って真面目で何でもできるから怒られることなんて少ないだろうし、アニメでお清楚なご令嬢とかがよくやるあれかなぁと」




「違うし私は”ご令嬢”じゃなく”妻”よ」




「そ、そうですか…」




 ご令嬢というワードが気に入らなかったのか響華は強調した言い方で流星に釘を刺す。妙に食い気味な響華に迫られて少し後ずさりをした。背後には壁。

 響華の美貌が息が当たる距離まで近づいてくる。




「ちょ、響華。近いっす…」




「流星くん、私の目をしっかり見て言って。私は妻。そうでしょ?」




 響華は壁に両手を着き、流星が逃れられないようにする。逃走経路が絶たれてしまい、流星の脳がエマージェンシーコール発令する。

 今すぐ脱出しなければいろいろと危ないと警鐘を鳴らしている。




「…あ、あぁ!そう言えば!」



 追い詰められた流星はわざとらしくなにかを思い出したような素振りをすると響華を優しく退け、机に置いてあったクレーンゲームでとった景品が入っている袋をガサゴソと漁り始めた。

 その中からあるものを取り出すと流星は響華にそれを差し出した。




「はい。これ、響華さんn「さんは余計よ」…響華にプレゼント」




 流星が景品の山から取り出したのは黒毛のテディベア。

 首には赤いスカーフが巻かれており、手足には可愛らしく肉球があしらわれている。




「これは…?」




 テディベアを手渡された響華は少し驚いた様子で目を見開く。テディベアの手足を左右に動かしたりして吟味している。




「かわいいテディベアがあったから響華にプレゼントしようかなって」




「へぇ…」




 響華はなにか言いたげな視線で流星を見つめる。そんな視線を向けられ、今度はなにかと流星は自然と身構える。




「別にそんなに警戒する必要は無いわ。そんな目で見ないで頂戴」




「…響華こそそんな目で見て何が言いたいんですか」




「流星くん、男性が女性にぬいぐるみを送ることに込められた意味って分かるかしら?」




「知らないですけど…」




「その女性の事を幼いと思っていたり、いつまでも子供っぽく可愛らしくいて欲しいという意味があるそうよ」




「えっ、いやっ、俺はそんな事思って無いですからね?」




 考えても見なかった事態に流星は焦りながら必死に弁解しようと慌てふためく。

 そんな様子を一つも表情を変えることなく響華は見つめる。




「えぇ。分かっているわ。流星くんはロリコンじゃないって分かってるから」




「そういう問題では無いんですが…」




「でもね、もう一つ意味があるのよ。…気になる?」




「まぁ気になりますけど…」




 もったいぶった様子の響華に好奇心を駆られた流星は呟くようにそう言った。

 響華はその言葉を聞き届けた上で話始める




「もう一つの意味は、自分の事を思い出して欲しいって意味があるのよ」




「自分の事を…思い出して欲しい?」




「そう。ぬいぐるみって普通部屋とかに置いておくでしょ?それを見ると貰った人の事を連想するのよ。自分の分身だと思って置いておいてほしいという意味も含めてそうらしいわ。とどのつまり私が何を言いたいか分かるかしら?」




「…いや、全く」




「部屋に居ても自分の事を想って欲しいとか、自分の分身だと思って欲しいとか、少し独占欲が強いと思わない?」




「まぁそうっすよね…あ」




「もう分かったようね。私が言いたいこと」




 流星はその事実に気づいた途端、見る見るうちに顔を赤く染めた。

 手をぶんぶん振り回して恥ずかしそうな声を漏らす。




「いやっ、あの、そういう、意味じゃなくてっ…」




「そんなに恥ずかしそうにしてもしかして図星なのかしら?」




「ッ〜///違いますよ!」




わざとらしく響華にからかわれ、流星は更に顔を赤く染め上げていく。耳まで真っ赤っ赤だ。




「あんまりからかわないでください…」




「ふふっ、ごめんなさい。少しからかいすぎたわね。ところで流星くん、加奈子さんのことはいいのかしら?」




「…あっ!忘れてた…」




「先に言ってるわよ。…その顔色が直ったら来ることね」




「な”っ」




 響華はそう言い残すと流星に否定の時間さえも与えずに部屋を後にした。反論しようとしても空虚に消えてしまうだけなので口のなかで噛み殺した。

 流星のなかに溜まっていたいろんなものがため息となって口から溢れ落ちていく。




「はぁ…家なのに一息つく暇も無いとか…あ”あ”あ”〜」




 半端ない疲労感に襲われた流星は椅子にどかっと座り込み、天井を仰いだ。

 情けない声を漏らしながらまぶたを閉じる。




(ぬいぐるみ、喜んでくれたかな…独占欲強めとか言われたけどどっちがなんだか…なんか…眠くなってきたな…)




 そんなことを考えながら流星は夢の世界へと旅立って行った。

 夢の世界に旅立って数十秒後、部屋の扉が開かれ、響華が入ってくる。




「やっぱり、寝ちゃったのね」




 呟くようにそう一言漏らした。寝顔に手を添え、堪能した後に毛布を被せる。

 そして、流星の額にキスを一つ。愛の印として落とした。流星を起こさないように音を立てないように部屋を後にする。響華は流星のことを加奈子に伝えるために階段を降りる。




「…ふふっ」




(今日は嬉しいことばかりだったわね)




響華は一人、誰もいない階段で女王の笑顔を溢した。











「ッ〜///」




(キスされた…額に…)

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