旅路/ゆうすけ への簡単な感想
応募作品について、主催者フィンディルから簡単な感想を置いています。全ての作品に必ず感想を書くというわけではありませんのでご注意ください。
指摘については基本的に「作者の宣言方角と、フィンディルの解釈方角の違い」を軸に書くつもりです。
そんなに深い内容ではないので、軽い気持ちで受け止めてくださればと思います。
またネタバレへの配慮はしていませんのでご了承ください。
旅路/ゆうすけ
https://kakuyomu.jp/works/16817330653305327015
フィンディルの解釈では、本作の方角は北北東です。ゆうすけさんの宣言と同じですね。
何をもって北北東と判断したのか。そのポイントは、日本の経済史を扱っていることではなく、「社会科の教育番組」を小説で再現していることにあります。
経済を扱う実用書はさすがに小説ではありませんので方角システムの対象外です。広辞苑は方角システムの対象外、と同じ理屈ですね。
現代社会の問題点を訴える社会派の物語は「小説というツールを用いて作者の想いを訴える」という点で、北西近辺が相応しくなります。
ただ本作は実用書でも社会派小説でもないと判断しています。薄いながらも物語要素があるうえ小説らしい様式を採用している点で実用書のそれとは大きく違いますし、本作からゆうすけさん個人の社会的主張を感じとることもできませんので社会派小説ということもないでしょう。
そして内容が基本的である点、百円硬貨が経済史を教えている点、話の聞き手が未成年である点を考えると、本作は「社会科の教育番組」を彷彿とさせます。つまり「社会科の教育番組」を小説で再現することを面白みの源泉にしているとフィンディルは解釈しています。
異媒体の表現物を小説にて再現する。これは東方向の王道アプローチのひとつです。異媒体の特色と小説の特色とには差があり、異媒体で成立している表現物を小説で再現する際には何らかの摩擦が生じる。この摩擦をどうにかして小説で表現して解決する。このとき、そこに小説創作の可能性が期待できる。そういったものです。
なおこれはノベライズとは趣きを異にするものです。ノベライズは(小説化実績の豊富な異媒体の)同物語同内容を小説化することを趣旨とした試みですが、ここで述べているのは(小説家実績の乏しい)媒体間の摩擦をいかにして小説表現で解決するかを趣旨とした試みだからです。
そして本作は(小説家実績の乏しい)「社会科の教育番組」の小説再現を試みていると判断でき、かつ媒体間の摩擦の小説表現にそれほど前向きでないことが窺えるので(グラフ表現をグラフ挿絵で解決するなど)、北北東が妥当だろうと考えます。
そんな北北東作品として考えたとき、フィンディルは本作に物足りなさを覚えました。
何故かというと『「社会科の教育番組」を小説で再現する』からこその魅力を本作から拾うことができなかったからです。本作は実質的に、『「社会科の教育番組」を小説で表現した作品』ではなく、「社会科の教育番組」であるように感じました。実際の「社会科の教育番組」から感じる面白みと本作から感じる面白みに、これといった差を感じなかったということですね。本作はただただ『「社会科の教育番組」を小説で書いてみた』に終始しているように感じたのです。
だから物足りなかった。
エンタメで考えていただくとわかりやすいと思います。
「獣人が主人公の探偵物」という小説があるとします。この小説には獣人×探偵という二つの主要要素があることがわかります。ではその小説が、単に獣人であるだけの探偵が単に事件を解いていくだけの物語だった場合、面白いでしょうか。獣人周りの描写があって、それとは別に事件が解決されていくだけの物語。つまらなくはないけど、面白くはありません。何故かというと獣人×探偵の化学反応がないから。獣人物の面白さと探偵物の面白さがそれぞれあるだけだから。獣人×探偵だからこそ生まれる魅力が示されていないから。獣人物だけでも探偵物だけでも拾えない面白さが示されることで、初めて獣人×探偵は殻を破った面白さを得るのです。
本作も同様です。「社会科の教育番組」×小説だからこその面白さ。
『「社会科の教育番組」を小説で書いてみた』では、「社会科の教育番組」でも拾える面白さと(単なる)小説でも拾える面白さしか見えてきません。
『「社会科の教育番組」を小説で再現する』からには、「社会科の教育番組」にはない面白さ、(単なる)小説にはない面白さ、「社会科の教育番組」×小説だからこその面白さがないと殻を破れないだろうと想像します。
本作は「社会科の教育番組」にしては前後のドラマパートが厚めだったり、百円玉の悲哀を香らせたり、語り手が百円玉であることを冒頭で明言していなかったりという違いはありますが、いずれも些細な差で作品全体の面白さに影響を与えるほどではないと考えます。百円玉の悲哀などは「硬貨を大事にしよう」というメッセージとして「社会科の教育番組」でも行える表現ですから、逸脱した何かは感じないんですよね。
(余談ですが語り手の正体を隠そうとしなかった処理自体は良いと思います。事実開示型のエンタメになると読者はそこだけに集中して「社会科の教育番組」の存在感がなくなってしまいますから。今の塩梅でも語り手の正体がわかったどうかについて読者達の言及が多いことからもわかるとおり、エンタメ的作話の“集客力”は他を食いすぎる側面があります)
「社会科の教育番組」では絶対に出せない面白さ、(単なる)小説ではない絶対に出せない面白さ、これを本作で提示できるようになると東向きとしての面白さは見違えるんじゃないかなと思います。
他の方の感想で「(百円玉が)親近感を持たせて豹変する」というものがありましたが、これは「社会科の教育番組」では絶対にできない試みという意味でセンスが良いと思います。そういうのもひとつの発想として考えてみると、見出せる面白さがあるんじゃないかなと期待します。
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