転生奴隷と緑の日々

第41話 エメラルドの少女

 エクリアが新しい学校を作る。しかも身分の条件がない。

 さらに学費を払えない者は帝国政府から援助金まで出る。

 

 この知らせが帝国領内に知れ渡ると、一夜にしてエクリアは帝国でいちばん熱い町になった。

 学びたい、成り上がりたい、英雄エルンストとエノクのようになりたい……と、それぞれに夢と希望と野心を抱いた若者が大勢集まってくる。

 ついでに金銭感覚に優れる商人たちまで、このビックウェーブに乗るしかねえと大勢やって来る。


 なので、ここ最近のエクリアは毎日が祭りのように賑わっていた。


 これだけの学生を全員入学させるつもりなのか、そもそも入学式まで一ヶ月もないのに校舎もない状態で何とかなるのかと心配になるが、クロードはそこら辺ちゃんと考えているようだし、エノクもその点は全く問題ないと太鼓判を押していたので、素人が口を挟む問題でもないのだろう。


 むしろ心配するべきなのは俺自身だ。


「な、なんだ、この椅子!」

 

 絵を見た限りはかっこ良かったアンティークの椅子を、この世界における通信販売的なやり方で購入して、来たのは手の平サイズのミニチュアだったというオチ。


「まただ! またやられた!」


 字が読めない、ということがこんなにしんどいとは。


 エリアに教えてもらって簡単な絵本くらいは読めるようにはなったけれども、通販をするにはまだ早かったということなのだ……。


「泣きたいのは私の方ですよ……」


 膝から崩れ落ちる俺に恨み言をぶつけるのはエノクである。


「お金を出してるのは私なんだから……」

 と、一向に家具が揃わない、がらんどうの部屋を見回す。


「あなたの部屋が完成する前にこの鳥小屋だけが立派になっていく!」


 エノクの手には鳥のいない小屋がある。

 そこには俺がしくじって買った椅子、机、ベッド、本棚などのミニチュアが一式置かれていて、小人がいるなら即、生活できるくらいにはなっていた。


「こんな無様な姿を見るためにやって来たのではない!」


 いらいらした様子で鳥小屋を床の真ん中に置き、その鳥小屋を椅子代わりにして腰掛けると、エノクはきっと俺を睨む。


「聞きなさい。事件です」


「はぁ? 誰か殺されでもしたか?」


「ええ、殺されましたよ、ザクロスの元町長がね」


「え」

 

 あのクズ町長か……。

 怪物の姿のまま帝都に連行され、その後どうなったかはわからなかった。


「彼の身柄は強烈な魔力で封印された監獄に置かれ、徹底的な調査が行われるはずでした。その担当者であったジェマが不在になった途端、あっという間に警護は突破され、町長の体は頭がなくなった状態で牢屋の外にあったということです」


「おそろしい……」


 とはいえ、驚いたというよりは、やっぱりね、という気持ちが強い。

 あれだけのことをしでかした以上、何らかの形で消されるだろうとは薄々思っていた。ということは……。


「クルトの仕業か?」


「そうです。目撃証人が大勢いるから間違いありません。可愛らしい顔なのに恐ろしく残酷な子供が、赤い鎧の巨人を引き連れて、牢獄に入ってきたそうです」


 平静を装ってはいるがアダムの名前を口に出したときのあのきつそうな顔を見れば、草を刈るように人を殺めていく兄に心を痛めているのは一目瞭然。

 しかし今のタイミングで触れるべき事ではないだろう。


「俺にクルトを探せと?」


 実を言うと、クルトについてはエノクからある程度のことを聞かされている。

 奴の素性については次の章で少し説明するから待ってて欲しい。


 とにかく俺とエノクは、クルトに関してひとつの考えでまとまっている。


 ファレルが言うように、クルトは殺しすぎる。

 まずは奴を何とかしよう、ということだ。


「クルトについては用心深くある必要があります。彼と手を組んでいる輩が帝国内部にいるわけですから」


 ザクロスの街を内部崩壊させようとした黒幕の存在はいまだわからない。

 俺たちはファレルが黒幕だと思っていたけれど、本人からクルトとは一緒に行動していないことを聞かされている。


 となると、エノクの言うとおり、黒幕は帝国内部のどこかにいるということだ。

 エノクもエルンストもそいつが誰か暴きたいと強く願っており、ゆえに慎重に行動しようと口を酸っぱくして俺に言うのだ。


「ですので、あなたには別の点から調査を進めて欲しい」


「む?」


「町長が収監された牢獄は、私ですら突破するのが難しいほど厳重な場所でした。なにせ防御壁の術式をこしらえたのがセシルでしたから」


「またセシルか……」


 帝国の重要な出来事には必ず彼女がいる。

 魔術の発展、魔術による戦術の再構成、そしてゲート。


 アレンが英雄と呼ばれたのは、軍事の面でセシルという天才がいて、その彼女の言うことに愚直なまでに従ったからだと言われている。


「魔術師としての能力でいえば、クルトはセシルに遠く及びません。彼一人であの牢獄の防壁を突破するのは不可能です。なのに彼は侵入した」

 

「どうやって?」


「彼は防壁を破らなかったのです」


 エノクは肩をすくめる。


「言うならば、玄関のドアをノックして普通に入っただけ」


「警備の人間はいなかったのか?」


「何百人もいましたよ。ジェマの置き土産です。でも意味が無かった」


「まさか全員……」


 嫌な想像をする俺だったが、エノクは首を振る。


「死んでいません。今回、クルトは町長以外の誰も殺していません」


「……それはまた、良かったというか、珍しいというか」


 その通りだとエノクは苦笑する。


「つまり、百人以上の目撃者がいて、皆が同じことを言ったのです」


 クルトとアダムの後ろに一人の少女がいて、たった一人の少女に精鋭の騎士達全員が打ちのめされた。

 とんでもない身体能力の持ち主で、速いし、一発も強い。

 次から次へと目まぐるしくショック攻撃を叩きつけられ、なんの抵抗も出来ずに皆が動けなくなった。


 クルトは「殺せば良いのにめんどくさい」と言いながら町長の下へ向かい、数分後に町長の頭を手にして出て行ったと。


「皆が同じことを言っていたそうですよ。あの子が攻撃をするたびにその手からエメラルドの光が湧き出てきたと」


「エメラルドねえ」


「その服を見れば明らかに草原の民の娘だとわかった。つまりあなたと同じ」


「……」


「おまけに少女は帰り際クルトに迫ったようです。言われたとおりにした。ジェレミーはどこだ。いい加減、彼に会わせてくれと」


「……まいったな」


 俺は頭をかいた。


「全く心当たりがない」


「でしょうね」


 肩をすくめつつもエノクの目はキラリと光っている。


「でも、本物のジェレミーにはあるんでしょう。私達の知らない彼の物語が」


「だろうな……」


 俺の体は借り物だ。

 この体に俺が宿る以前は、本物のジェレミーがいて、彼の人生もそこにあった。

 時々、いや、しょっちゅう、考えていたことがある。

 本物のジェレミーは、今、どうなっているのだろうかということ。


「思えば、クルトと草原の民は、帝国への憎しみという点で一つにまとまる可能性が大いにあったわけです」


「実際、そうなってるってことか」


「ゲートも手に入れたことです。この際、里帰りでもしたらどうですか? クルトに草原の民、謎のエメラルドの女の子。あなたが動けば、それはもう色々な面倒ごとが一気に動き出す気がして、実はワクワクしているんです」


 頭の良いこの女は1+1を3や4にしたくなる傾向がある。


「行ってみる価値はありそうだな……」

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