第40話 ジェレミー、意思を固める

 エノクと話した翌日、俺はクロードに会いに行った。


「軍師の話だが、やっぱりやめておこう」


「そうか……」

 がくっと落ち込むクロードだが、そんな姿を見たくて会いに来たわけじゃない。


「もし俺が軍師になったら、それだけで嫌な顔をする人もいるだろう? これのせいでな」


 首の刺青を指さし、俺は笑う。


「そんなもの、気にする必要はないって」


 差別は断じて認めないと首を振るクロードだったが、

 

「気にする必要があるんだ。帝都に行ってよくわかった」


 その言葉だけでクロードを黙らせる。


「ラナのことか……。彼女たちに悪気はないんだが……」


「そっちの方がたちが悪いよな。悪意があって差別してるなら、止めないと捕まえるって脅せば止めるかもしれない。ただ悪気なしに差別する人に止めろって言ったって、なんでって聞いてくるだろ? その後どう答えりゃ良いんだろうな」


「恐ろしく難しい問題だ……」


「それになクロード。俺には肩書きなんかどうでもいいんだよ」


 これは俺の本心である。


「軍師であろうとなかろうと、俺はここにいるし、助けが必要なときは何でもやるよ。役立つような力は何もないけどな。それでいいだろ?」


「……」

 クロードは頷きながら俺を力強く見つめる。


「君は凄いな……、尊敬するよ」


 今回ばかりは俺は過大評価を受け入れることにした、

 実はチョット狙いがあった。


「でさ。今作ってる学校に俺も入れてくれないかな?」


「え?」

 目を丸くするだけじゃなく、椅子から転げ落ちそうになるくらい驚く新市長。


「君のような人物にもう学ぶものはないだろ?」


「いやいや、あるさ。字は書けないし、魔法も使えないし……、この国の歴史やら習慣やら何も知らないし……」


 俺は決意していた。


「前の職場で先輩によく言われたよ。段取り八分ってさ」


「はちぶ?」


 キョトンとするクロードに俺は微笑む。


「地固めだ。あせらずやるってこと」


 あと三年。たかが三年。

 あっという間の三年か、そうでないかは、最初が肝心だ。


「てなわけで、学費を頼む。一文無しなんでね」


 平然と言ってのけたら、クロードは大笑いした。


 さて、ここ最近エクリアを騒がせる小さな事件があった。

 

 エクリアの花とか、エクリアの至宝とか、エクリアの秘密兵器とか、エクリアの毒矢とか色々言われ過ぎて「いじられキャラ」感すら漂っていたエリアが、男装を止めたという衝撃的な情報が飛び交っていた。


 トレードマークのポニーテールは継続しているが、体のラインをマッチ棒にしないと気が済まないきつい厚着や、異常に真っ黒い格好は捨て去り、身の丈に合った軽装に様変わり。

 気高い騎士のような喋り方もやめたようだ。

 まあ、ちょっと油断するとすぐ素が出てたから無理があったんだろう。


 さらにエリアは毎日のように城下をランニングし続けている。

 とにかく見た目の良い子なので、彼女が走るルートはあのエリアを一目見たいという出待ちの民であふれかえってしまうほど。

 

 このままでは学校の校舎建設に支障が出てしまうと判断したクロードは、走り込み禁止令をエリアに下す必要に迫られたが、それを俺に言わせるのだから、巧みというか、卑怯というか。


 俺はエルンストの屋敷の屋上にエリアを呼び出し、クロードの命令を伝えた。


「……君に言われたら止めるしかないか、兄上の卑怯者め」

 

 エリアは無念そうに呟き、流れ落ちる汗をタオルで拭き取る。


「訓練なら屋敷の中でも出来るか……」

 と、目の前でスクワットを始める。


 この熱意。

 急な変わりようは何があったのか。


「ファレルの魔法見ただろ? あんなの見せられたら、もうとことんやるしかないよ。凄く落ち込んだ。今もだけど……」


 正直に告白してくれた。


 やはりファレルの才能は凄まじいようだが、ここでへこたれずにすぐ行動を起こすのはエリアの長所だと思う。 


「持久力ないのは前から気付いてたからね。走って走って走りぬくって決めたんだけど……、なんか目立つみたいで」


「なら、いい場所を探しとくよ」


 その言葉にエリアの目が輝く。


「例のゲットとかいう不思議な石のことでしょ? どこでもすっとんでいける」


「ゲートな」


「凄いよなあ。ずるいよなあ」


 ずるい。

 エノクとエルンストからゲートの説明を初めて聞かされたときも「ずるい」と言っていた。


「ギリギリまで寝られるってことでしょ。いいなあ、欲しいなあ」


 同じ事を父親の前で平然と言ってのけたのでエノクは笑っていたが。


「本当にジェレミーの家にゲートが届くんだよね」


 そう、ゲートだ。


 実は今、エクリアに俺の家が作られている。

 学生寮が作られる市街地のすぐそばに二階建ての新居をこしらえた。

 そこにエノクが持っていたゲートを運び込めば、念願のアジトの完成だ。

 

 実に気分が良い。

 なにせ家にかかる費用はエノク持ちだ!


 この世で一番美味い食い物は「人からおごってもらう焼き肉」だというが「人からおごってもらって建てる新居」ってのも格別な喜びだ。


 そして、ここからが俺のスタートだ。

 

 実を言うと結構ワクワクしていた。

 タイムリミットがあるとか、少しでもしくじればゲームオーバーになることはわかっていても、それ以上に興奮が上回る。

 

「ねえジェレミー、僕、決めたよ」


「ん、何がだ?」


 エリアはタオルで顔面を覆いながら、もごもご呟く。


「兄上は表を行く。僕は裏を行く。それでいい。前は自分も騎士として認めて欲しいとか色々強がって形ばっかり気にしてたけど、そんなのどうでもいいや」


「……そうか」


「君と一緒なら何でも出来るって確信してるんだ。二人で頑張れば、兄上を皇帝にすることだって出来る……」


「大それたこと言うなあ……」


 タオルから顔半分出してイタズラっぽく笑ってみせるエリア。


「それくらい本気ってこと」


 そこまで口にすると、急にエリアの顔から笑みが失せた。


「だから約束して。突然いなくなったりとか、僕のことほったらかしてひとりで何かやろうとするのは止めて。時々凄く不安になるから……」


「わかったわかった」


「真剣に言ってるんだよ。わかってよね。大好きなんだからさ!」


 ぼんっとタオルを俺に投げつけて、わーっと階段に向かって駆けていった。

 その姿が見えなくなって、俺は呟いた。


「心配なのはこっちも同じだよ……」


 癒やしの力を使い切ればエリアは死ぬ。

 それを彼女は知っているのかどうか。

 

 そして俺の故郷で彼女は既に死んでいる。

 皆の命を救うために、兄と共に自分を犠牲にした。


 俺がここにいる以上、絶対にそんなことはさせない。

 させるもんか。


 俺は深呼吸をして、屋上からエクリアの町を見続けた。

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