第37話 始まるひとたち、終わるものたち

 一つ目の記録動画はファレルを映していた。


 既に北の関所を抜け、帝国の領外にまで移動していた。

 

「以上で話は終わりだ。どこをどう行こうと後は勝手だが、帝都に戻るのはやめておいた方が良いとは思う」


 そうファレルが告げる先には、あいつが下水道で助けた面々がいる。

 すなわちオルファさんを代表とする回復術者たちと、ネフェルに使えていたためにジェマに消されるところだった従者たちだ。


 ファレルがどこまで彼らに事情を伝えたのか定かではないが、皆、戸惑いを隠せてはいない。


「教えてくれ」


 オルファが一歩前に出た。

 

「君の目的はなんなんだ。なぜここまでしてくれる?」


「はっきり言うと、ついでだ」


 この女は常に正直だ。誤魔化さないし、思ったことはズケズケ言う。


「ただ無駄死には好きじゃない」


 そこまで言うと突然カメラ目線になったので、俺は驚いた。


「これ以上詳しく説明するのは止そう。見ているだろうからな」


 やはりわかっている。

 となると、あえて今の姿を記録させている可能性もある。


 それを物語るようにファレルはヒントを出すのである。


「行く当てがないなら、このまま北上して、ウォード国を頼れ。頭は悪いが性格のいい王がおまえらを迎え入れるだろう」


 ウォード……。

 追われる身となったクロードが帝国を抜け出し、素性を偽って逃げ込む国が確かウォードだったはず……。


「それも嫌なら私の後をついてきても良い、命の保証はないが退屈はさせない」


 ファレルが出した二つの選択肢。

 一番最初に答えを出したのはやはりオルファだった。


「君と行こう。この国には愛想が尽きた」


「では来い。お前達はどうする?」


 そこで画面が終わった。

 ファレルが意味ありげに手で印を結んだので、それ以上自分の姿が記録されることを拒否したのかもしれない。


 そしてもう一つの記録映像。


 それはあの下水道の中、ジェマの姿を記録している映像だった。


「どこを探しても姿が見えません……」


 気まずい口調でジェマに現状を報告する騎士。

 ジェマは彼を無視し、上等な布で全身を覆われたネフェルの亡骸にひたすら祈りの言葉を投げかけていた。


 背の小さい、人形みたいに無表情な女性がジェマに近づき、そっと何かを渡す。

 エノクがカムイさんに渡したあの手紙に違いない。


 中身を見るやいなや、ジェマは笑う。

 心から楽しんでいると感じる、爽快な笑みだった。


「また出し抜かれたというわけね」

 

 手紙を懐にしまうと、ジェマは一仕事終えたような気の抜けた顔で、


「撤収する。レノ、準備を」


 小声で囁く。

 レノと呼ばれた女性は小さく頷くと、ジェマにあるものを渡した。

 顔の半分を被えるほど大きなスカーフであった。


「司令官、それはいったい……」


 騎士達が戸惑いの顔を浮かべるので、ジェマは言う。


「そりゃマスクよ。ちゃんとした魔法のかかったやつね」


「……?」


 首をかしげる騎士の背後で、一人の騎士が咳き込みながら倒れる。

 それを皮切りにひとり、またひとりと、騎士が倒れていく。


「司令官……!?」


 これが最後の一言。

 口を押さえ、激しく咳をし、膝を突き、嘔吐する騎士。


「ほんとにあんたらは馬鹿ねえ……」


 スカーフをしたままジェマは言った。


「生きて帰れると思うな。その言葉の意味すら深読みできないなんて」


 下水道に蔓延する毒霧が、騎士たちの息の根を止めていく。


「さて、これで全員かな」


 目の前で転がる騎士の頭をトントン蹴って、死んだかどうか確認している。

 死んだ魚のような目でそれを行うジェマは、思ったとおり、恐ろしい女だった。


 主と同じスカーフを身につけた部下たちがそろりそろりと近寄ってくる。


「レノ。ネフェルのことは一週間秘密にしておくから、それまで上手く隠して。ちゃんと腐らないように処理もよろしく」


「いよいよ。上に立たれますか」


 かすかにレノの声がうわずる。

 この時を待っていたと言わんばかりだったけれど、


「やめてちょうだい。その間に帝都を出るの。これから地獄よ。命がいくらあっても足りやしない」


 はあ、と、溜息を吐くレノ。


「……あなたは家族さえ守れればそれで良いのですね」


「当たり前でしょ! 逆になんでみんな上に行こうとするのか不思議でしょうがない。アレを見なさいよ。死んでも誰も悲しまないなんて、それこそ悲しくてしょうがないわ」


 アレとはもちろん、ネフェルのことだろう。


「先代の皇帝が崩御された時点で、この国はもう終わりがはじまってんの。この機会を逃しちゃ駄目。トンズラよ。大トンズラよ」

 

「わかりました、わかりました」

 

 レノは失望を隠さないが、割り切った様子。


「ではシオン様はどうします? 言わないでおきます?」


 あのねえ、と呆れた様子のジェマ。


「私もそこまで鬼じゃないわよ。彼だけには伝えて。実の親だもの、伝えるべきよ。一週間は公にしないって伝えればわかってくれるだろうしね。そもそもあの人、言うほどバカじゃないしさ……」


「それも承知しております」


 こうしてジェマはレノを連れて下水道を出て行った。

 残ったのは無数の騎士の死体だけになったが、封鎖された下水道に大量の遺体が放置されていると誰が気付くだろう。


 とにかくジェマはネフェルを弔う大々的な国葬を執り行った後、本当に都を出て行った。家族総出だった。

 親が年老いたからとか、息子の具合が悪いから空気が綺麗なところに引っ越すとか、自分の主はネフェルだけとか、とにかくいろんな理由をでっち上げて、出て行ってしまった。


 この人が帝都から離れたおかげで、俺は別の地でまた彼女とゴタゴタを起こすことになるわけだが、それはまた別の話になる。

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