第35話 セシルの来た道

 ジェマが引き連れてきた帝都の騎士。

 ろくに訓練もせず奴隷相手にいきっているだけの平和ぼけ。

 

 クロードを代表とする、エクリアの騎士。

 毎日厳しい訓練に明け暮れ、いつ何が起きても対処できるよう心と体を鍛え続ける、まさに騎士。公務員の鑑!


 数では圧倒的に帝都組が勝るが、個人の能力やチームとしての連携度はエクリアの騎士が圧倒していた。

 

 細かい指示をしたわけでもないのに、殺すなという一言だけで、時間稼ぎの防衛戦に徹してくれる。


 威嚇を目的とした全体魔法で相手を遠ざけ、隙を見せた敵には電気ショックですぐさま動けなくする。

 どちらかというと、この中で一番冷静でなければいけないクロードが、少女の仇討ちだとばかりに(死んでないけど)暴走気味に暴れており、部下から「突っ込みすぎです」と注意されたりしていた。


 一方、統率が取れていない帝国の騎士達は狭い地下道の中で、ぶつかったり、つまづいたりして、数が多いことが逆に不利になっている。


 とはいえ、いつまでもこの戦いを続けられるわけではない。

 やはり戦いというのは数が多い方が圧倒的に有利なのだ。


 勝敗の鍵を握るのは困ったことに俺だ。


 ゲートとゲートを使った長距離移動を、ぶっつけ本番で成功させなければいけない。


 メニューが日本語表記になってくれたおかげで、大体のことはわかる。

 引寄、記録、予約、閲覧と、ゲートで出来ることはなんとなくわかってきた。

 しかし肝心の「移動」の項目だけ、他の文字より薄くなっていて、押しても反応しない。


 設定のページを見ても、移動をするための変更ができるような項目はない。

 

「やっぱりこうなりますか。私も同じです」

 

 エノクも段々焦り始めている。


「これ以上進みません。お手上げです」


「……」

 確かにそうかもしれない。


 このままだと無理だ。それは間違いない。


 しかし、俺にはある考えが一つだけ浮かんでいた。

 ゲートとはまるで関係ないことではあったけれど、もしかしたらそれが引き金となって、違うアプローチで事態を打開できる可能性がある。


「アレンとセシルって人は、これを自由に扱えたんだよな」


「動かすのは基本アレンです。セシルはあくまで補佐というか、やりやすいようにいじったとは言ってました。彼女が亡くなって、どこをどう変えたのかはわからないけれど……」


「セシルって人は、どこの生まれだ?」

「あなたと同じ、草原の民です」


「……」

 俺は深呼吸をした。


「だろうと思ったよ……」


 おそらく、セシルは日本人だ。

 俺と同じ、外は遊牧民。中は日本人。


 アンディが置いてあった石碑に書かれた文字は日本語だったし、ゲートの言語設定にも日本語が含まれていた。


 世界は平らだと信じられているこの世界において、星は球体であるとエリアにこっそり告げた、その知識。

 セシルの口癖だという「見るまえに跳べ」って言葉は、日本だと本になったり、音楽アルバムのタイトルにもなっている。


 ということは……。

 ゲートの設定欄にある、端末情報を選択し、アラビア数字がわんさか書かれている部分を連打する。


 Androidスマホをいじるとき、より詳細な設定が出来る「開発者オプション」を呼び出すときのやり方なのだが……。

 馬鹿馬鹿しいとは思いつつ、やってみるとメッセージが表示された。

 

 何もここまで忠実に真似しなくてもいいか。

 いっとくけど、ゲートはスマホとは全然ベツモノだからね。

 やりやすいように、形だけこしらえただけ。

 でも、ここまでたどりついた人がいるのなら、後は任せます。

 それではさようなら。


 公道を水のように、

 正義をつきない川のように、

 流れさせよ。


 ここでメッセージは終わる。

 最後が旧約聖書の一節であることは、後でわかった話だ。


 とにかく、俺のやり方は間違ってはいなかった。

 設定でいじれる項目が凄まじく増えた。


 読んでも意味がわからない箇所もある。

 それでも「ゲートとゲートを使った長距離移動」という項目がオフになっていることにはすぐ気づけた。


「これか」


 ためらわずにオンにすると、注意書きが表示される。


 出力が足りません。

 

 俺は隣にいるエノクの両頬をここぞとばかりにサンドイッチした。


「しゅつりょく! 力が足りない!」

 

「ちはら?」

 顔を挟まれているのでちゃんとした発言が出来ないのである。


「燃料だ、燃料! 何とかしろ!」


「……!」


 頭の良いエノクはすべてを瞬時に理解する。


「ラナ! 皆を連れてここへ!」

 

 ロビーに元々いた五人の「回復術者」

 彼らは戸惑い、立ち尽くしていた。


 無理もない。


 ある患者を癒やしてほしいと頼まれ、閉じ込められるのも承知して、ただ待っていたら、いきなりエリア達が瞬間移動してきて、今まで親切だった騎士に囲まれて、今度はクロードまで来て、とうとうチャンバラがはじまってしまうのだから。


「あの浮いている石に力を送り込みなさい!」


「ち、ちからですか?」


「あの石を瀕死の患者だと思って、全力全開で癒やしの力を送り込むのです!」


 エノクの迫力が凄まじいので、五人の術者は反射的に石に向かって手をかざす。


 効果はすぐに出た。

 メリーゴーランドのようにゆったり回っていたゲート石が、ドリルの先端みたいにとてつもない速さで回転し始める。

 

 回復術者ではなく、時の操者。

 人を癒すのではなく、ゲートを動かすための力。


「来た来た来たぞ!」


 何をしても一切反応しなかった「移動」という文字が、他の項目と同じくらいの濃さに変色していく。

 ただのグレイカラーの文字だったけど、俺には虹色に光って見えた。


 移動を選択すると、今でも十分精密だった地図が、さらに拡大して、都どころか、もっと広大な、メルカトル図法で描かれた世界地図のように範囲を広げていく。


「凄い……。とうとうやりましたね」

 エノクが思わず俺の腕をつかんだ。


「あちこちのゲートと繋がって、帝国どころかこの世界全体の地図を写しだしたんです。これでいける!」


 世界地図と化した広大なマップ上には紫に光るポイントがそこら中にある。

 これこそがゲートだ。

 これを選べば、もう瞬時に選択した場所へすっ飛ぶことができる。


 凄い。

 これなら遅刻しないで出社ギリギリまで寝ていられると、スケールの小さいことで興奮する。


「……で、どこに行きます?」


 エノクが俺に聞いてくる。


「どこでもいいだろ、こことか」


 適当なポイントにカーソルを合わせると、エノクは首をぶんぶん振る。


「いけません! そこは極寒の山です。着いた途端に凍え死にます!」

 

 じゃあここだ、ここならどうだと色々選んでみるが、海の上とか、磁石も効かない森の中とか、あまり移動に適さない場所ばかり。


「どうしてあなたは駄目なところばかり選ぶんです!」


「秘境ばっかりに石があるからしょうがないだろ!」


 俺らの話を聞いていたらしきクロード、


「何が起きてるか知らんが遠くに行かれると困る! 用事があるんだ!」


 三人の敵を同時にノックダウンさせる。


「クロードの言うことは一理あります。とにかく移動するなら帝国の領内にするべきです。よその国に飛んだら外交問題に……!」


「ああ、めんどくさい! だったらあんたの家に行くぞ!」


「ええ……? 私の……?」


「あるんだろ? ゲートが! 上手いこと隠してたつもりらしいがな、俺はとっくに気付いてたんだよ!」


 勢いで言ったが、考えてみればふさわしい場所だ。

 家そのものが要塞みたいになっているのだから、ここで時間を稼ぐよりか、よほど守りに適している。 


「私の家だなんて……いやだなぁ、だったらさっきの山……」


 この期に及んで渋る大魔術師。

 世の中には、自分の意思でない限り、例え友達であっても自分の家に入れたくない、内弁慶な人間が存在する。


 しかしもう遅い。

 

 地図をどんどんズームインして、エノクの門と呼ばれる要塞に一つだけ輝く、紫のポイントを選択する。


 指でカーソルを広げて、旧劇場ロビーの中にいる全員を囲み、移動を実行する。


 何も感じない。

 シュッと言う音だけ、かすかに聞こえた気がする。


 瞬きすらしていない。

 ただ、目の前の風景は確実に変わっていた。


 あの部屋だ。

 エノクが自分で壊したのになぜか俺のせいにされた、あの部屋だ。


 戦っている最中に突然移動したクロード、騎士の皆さん。

 剣を振りかぶった状態だったり、魔法をかける寸前だったりと、ギリシア彫刻のポーズみたいな状態を維持しつつ、困惑している。


 エリアに至っては、ハイジャンプして攻撃を回避する最中だったので、粉々になってかき集められた家具の真上に飛び降りてしまい、


「うわわわわ!」


 がらがらがっしゃんとひどい目にあってしまう。

 しかし、本人は笑顔だ。


「助かったんだよね……?」


 俺は頷き、その場に大の字になって寝転んだ。


 ファレルが渡したゲートは黒焦げになって床に落っこちていた。

 どうやら一度きりの、使い捨てゲートだったようだ。


「しんどかった……」

 

 座って機械をいじっていただけなのに、気付けば汗だく。

 体よりも頭を使いすぎた。


「給料上げてくれ……」


 意味のないことを呟きながらも、俺はある種の充実感に満たされていた。



 

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