第34話 20時45分の野郎ども
アンディを立ち上げた瞬間、美しきゲート石が自ら浮かび上がり、ゆっくりと回転を始めた。
右も左も敵に囲まれ、襲われる寸前だというのに、ミラーボールみたいな輝きを放つ石のせいで、奇妙な空間になる。
ゲートを確認しました。接続を開始します。
接続後はゲートの設定を引き継ぎますので、操作前に設定の変更を行うことを強く推奨します。と表示される。
そしてアンディの画面には解読不能な文字が大量に表示され、見ただけで俺は気を失いそうになった。
「だめだ! まるでわからん!」
「でしょうね。遙か昔のどっかの文明の象形文字です。私にも読めません」
それでも落ち着きなさいとエノクは言う。
「文字に惑わされず、記号を見なさい。なんとなくでも意味がわかるはずです」
確かに、ところどころにピクトグラムがある。
菱形のマークのすぐ隣に、内向きの矢印がピタリと張り付く図記号。
それっぽいな、ってだけの感覚で選んでみると、アンディの画面が切り替わり、広大なマップが表示された。
「地図が表示されたら当たりです。ゲートの力が及ぶ範囲、おそらく帝都全体を見通せるほど広大な地図が表示されます。そこら中に散らばってる赤い粒が人です。そこからクロードを探しなさい」
イクラみたいな粒が人?
そこからクロードを探し出せと?
「……そんな無茶な」
赤い粒がどれだけあると思ってる……?
砂漠の中から金粒を探せと?
「私が作った監視部屋なら、もっと精密で詳細な情報を収集できたのでしょうが、あなたのせいで壊れてしまいましたからね」
「……」
呆れてものも言えない。
こうしている間も騎士達はドアを押し破ろうと必死で体当たりしている。
「あーあ、死んだ。これで全滅。残念でした」
味方のはずなのに煽ってくる。
もし生き残れたら、しばらく無視してやろうと思ったが、それも生き残ったらの話。
どうする。
今の地図は頼りにならない。
とりあえずいったん戻る的な矢印のアイコンがあったんで戻ってみる。
改めてメイン画面の図記号を念入りに見る。
操作をする前にやりやすい設定にしろとアンディも薦めていた。
何か、何かきっかけがあるはずなのだ。
そして俺は見つけた。
いろんな文字が重なりつつ微妙にずれて、分身しているような記号がある。
よく見てみると、重なり合う文字の一つが、明らかに平仮名の「あ」なのだ。
「もしやして……」
はっきり手応えを感じてそのアイコンにアクセスしてみると、
「やっぱりだ」
どんなガジェットにも必ず初期設定があり、すべての初期設定には必ず言語設定が存在する。アンディにもそれがあった、しっかり日本語に対応してあったのだ。
「よし……」
すべての文字が日本語に様変わりしていくのを見て、俺は叫んだ。
「いける気がしてきた……!」
そうだ。思い出せ。
俺の前職は機械オペレーターだったじゃないか。
さっきの馬鹿でかい地図をもう一度広げる。
あいかわらず赤い粒がうじゃうじゃあるが、今度は問題ない。
「ギアで絞り込みができる機能がある……」
なるほど。
人の身なりや名前では無く、持ってるギアを手がかりにすればいいのだ。
となると、クロードが持っていたギアはなんだっけ。
魔法剣とかシールドバリアとかありきたりなものから、調合というおそらくクロードしか持っていなさそうな渋いギアもある。
とにかく記憶に残っている限りのクロードの所持ギアを抜き出してふるいにかけてみたら、地図が一気に動いて、15個くらいの赤い粒の上に移動した。
旧下水道に繋がる水路の前にいるようだが、鍵が閉まっているのか、それ以上奥に進めず、立ち往生しているように感じられる。
彼らの中にクロードは本当にいるのか。
迷っている時間は無い。
「こっちに来させるぞ!」
エリアに向かって叫ぶと同時に、全然違う人だったら土下座しようと決意して、クロードとその部下と思われる赤い粒をひとつひとつ選択した。
そして現れたるは十五人の……
「おお? なんだこれ?」
クロードとその配下達である。
「ジェレミー? エリアもいるのか? おお、ラナさん、なんでこんなところに、ってエノク様まで……」
いちいち疑問に答えている余裕はない。
「構え! 抜刀! これは訓練ではない!」
エリアが叫ぶと、日頃から鍛えられている優秀な部下たちは、とりあえずの困惑など吹っ飛ばし、主人の指示に忠実に従う。
「クロード、一応説明しておく」
俺はゲートを操作しながら、クロードの士気を高めるのに十分な言葉が何か考えていた。
「ドアが開いたら敵が目の前にいる。そいつらを見たら……、今度は我慢しなくて良い、暴れろ」
「む……?」
「ただ、殺すなよ。後でこじれたら厄介だ」
「ジェレミーの言うとおりです。相手が殺しに出てきても、あなた方は決して殺してはいけません」
俺もエノクも、ジェマという女を完全に敵に回すと恐ろしいことになるという点で考えが一致しているようだった。
「魔法剣、雷、基準上げ、三!」
クロードの指示により、部下たちの剣にバチバチとした光がまとわりつく。
これにより、剣は切る武器ではなくなり、ショックを与えて気絶させるスタンガンのような武器と化した。
「固縛を解除します」
エノクが力の発動を止めると同時に、ロビーにあったすべてのドアがバキバキと音を立てて打ち破られた。
このまま踏み込めば楽勝だと騎士達は思っていただろう。
しかしどういうわけか人が増えている。
クロードを代表とする腕利き揃いのエクリア騎士団が、今にも飛びかからんばかりに待ち構えていたのだ。
「……」
おかしいな、おかしいぞと、あとずさる騎士ども。
ここで、運が良いというか、奇跡的といえる出来事があった。
クロードの真っ正面にあいつがいた。
そう。
少女を切りつけたあの騎士がいたのだ。
目が合って、騎士は脅え、クロードは笑った。
「ジェレミー。言いたいことはよーく、わかった」
「そうか、ならよかった」
こういうとき、一度言ってみたかったセリフがある。
「エリア、クロード、懲らしめてやりなさい!」
「おう!」
帝国で最強と言われる騎士の集団が叫んだ。
まるでこの戦いを待ち望んでいたかのような、歓喜の声に俺には聞こえた。
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