第33話 見るまえに跳べ

 俺は魔術師でもなければ、時のなんちゃらでもない。

 低収入な社畜である。

 しかしそれを言ったところでわかってくれる人など、ここにはいない。


「あんたが言った管理とか実行とか、俺にそんな力あるわけないだろ?!」


「確かにお前にはない。しかしお前が持っているギアにはある。実行者となるために必要十分な力がそこに宿っている」


 アンディ……。おお、アンディ。

 お前凄いなあ……。


「待ちなさいファレル」

 

 エノクが俺とファレルの間に割って入る。


「ゲート間移動はあなたやアレンにしか出来ない至高のワザでしょう。しくじったらそれこそ全滅。いいえ死ぬならまだいい。ゲートの狭間におっこちて死にたくても死ねない生き地獄を味わうことになる……」


 エノクが問い詰めると、ファレルは首をかしげた。


「どういう意味です? そのギアを作ったのはあなたでしょう?」


「は? わたし?」


「違うのですか? いかにもあなたが作ったような意地の悪さとユーモアを感じたのですが」


「……」

 じっと俺を見るエノク。


 俺も無言のまま睨み返す。

 ちゃんと説明したよなという抗議のメッセージを視線にいっぱい詰め込んだ。


「え、ええ。確かにそうです。このギアについては完璧です」


 とんでもないことを言い出す魔術師。


「私が言いたいのはギアを使用する人間の才能が足りないんじゃないかという意味です」


「……」

 こいつの尻を蹴ってやろうかと真剣に思った。


「あの……」


 俺らのやり取りを聞いていたエリアがそっと訪ねてくる。


「なんかわかんないけど、瞬間移動の場所を間違えたら、壁にめり込んじゃって一生そのまま……、みたいな感じになるってことです?」


「その通りです」

「その通りだ」


 ご丁寧にファレルとエノクが同じ事を同じタイミングで答えてくれた。


「……ジェレミー、できるの?」


 おそるおそる訪ねるエリアに素直に白状する。


「わからん。やったことないからな」


「それができないというのなら」


 ファレルは冷たく言う。


「ギアに書かれた地図を参考に、敵も知らない隠し扉やら通路を使って外を目指すだけだ。地図は嘘をつかない」


 今までの高圧的な態度と違い、ファレルはまるで面倒見の良い先輩のような態度で俺に話しかけてくる。


「とはいえ、ジェマは抜け目のない女だ。いずれ感づかれ、追いつかれて、何人か死ぬだろう」


 俺はファレルを恨めしげに睨んだ。


「あんたがここにいる全員を逃がしてくれりゃいいだけじゃないか?」


「悪いがゲート間移動に関しては私の力は一人用だ」


「骨川家の長男みたいなこといいやがる……!」


 ないがしろにされ、俺は気分を害した。


「さっきメイドさんを外に送っただろ? オルファさん達もどっかに飛ばしたじゃないか、あれと同じ感じでいいんだよ!」


「無理だな。あれはゲート間移動ではない。ゲートに引き寄せるのと同じ原理で、ゲートから突き飛ばしただけだ。飛ばせる距離には限界がある。少なくとも、都の外には出られない」


「とりあえず、それでもいいじゃないか」


「ダメダメ!」


 エリアが慌てたように俺に叫んでくる。


「帝都の外は私達を探してる兵士でもういっぱいだよ。ジェマ様はそういうとこ、絶対しくじらないんだから」


 エノクも同意見のようだ。


「その通りです。もう下水道の出口は封鎖され、その周辺も厳重な監視下に置かれていると思って良いでしょう。逃げるならもっと遠くに逃げないと」


 そういや、ファレルはオルファさんに伝えていた。門番を眠らせておいたから、外に出たらとにかく遠くに逃げろと。

 あいつ、この展開まで予想していたのか……。


「ゴタゴタ言わずにお前のギアと繋いでみろ。うまくいけば、アレン様を上回るほどの力が発生する。それだけの潜在能力があるのだ」


「そんな力が、俺に……?」


「言っただろ、お前ではなくてギアの方だ」


「……」


「良いことを教えてやろう。見るまえに跳べ、だ」


 その言葉にエリアがピクッと反応する。


「それ、セシル様の口癖」

「お前も知っているか」


 エリアとファレルは見つめ合い、微笑んだ。


「覚悟を決めろ。見てみたいのだ。お前がどこまでやれるのか」


 ファレルは俺を試している。


「もしまた会う機会があれば、私はお前のことを欲しくなるだろう」


「ちょっ、なんか嫌な言い方」


 エリアがむっとするその姿すら、ファレルには愛おしく見えるのか、笑顔を崩さない。


「ようやく少しばかり心が晴れた。またな」

 

 そしてファレルは消えた。

 

「さて、正念場ですよ!」


 エノクが大声を出すと、その両手から稲妻のような光がロビーのドアに注がれる。

 外から開かないようにしたのだ。


「ここにいる!」

「押し破れ!」

 三つあるドアにたどりついた騎士達が総出で体当たりするのがわかる。


 頭は悪いし性格も悪いクズ騎士だが、恵体であることに間違いはない。

 巨漢の男たちが一塊になってドアに全身をぶつければ、いずれドアが負ける。


「言っておきますが、もってあと十分です」

 相変わらず他人事のようなエノク。


「エリア、見ない間に随分強くなったようですが、あなた一人でどうにかできそうですか?」


「調子は凄く良いです。彼といると不思議と強くなれるみたいで」


 それは俺ではなくアンディの力だ。

 

「だけど、正直に言うと……」


 申し訳なさそうに俺を見てくるエリア。


「数が多すぎて僕一人じゃ無理だと思う」


「良いのです。正直に答えることで正しい作戦を生み出せる」


 そしてエノクは俺を試すように見つめる。


「……ということです、どうしますジェレミー?」


 ドアを破った騎士がなだれ込んだら、もう終わり。


「さっきファレルが言ってたよな。ゲートからの突き飛ばし。あれで敵を遠くにすっ飛ばすか」


「そんなことしたって私達がここにいる以上は、またすぐ来るのでは?」


「そりゃそうでした」


 となると、援軍だ。

 数が足りなきゃ増やせばいいわけで。

 

「クロードか」


 俺はファレルからもらったゲートを見つめた。


「あんたが俺たちにしたようなやり方で、クロードを呼べるのか?」


「ひとつ正解です、ゴールの先に待つのは全滅でしょうけど」


 この女の皮肉にも慣れてきた。

 

「やるしかないならやるさ!」


 今まで俺は、死亡フラグって奴をひたすら避けることでここまで来た。

 だけど今回は違う。

 あえて死亡フラグに突っ込んだ上で、それを潰そうとしているのだ。

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