第30話 第三の目
アンディを充電アシストモードから、通常のオンラインモードに切り替えると、通知が一件、飛び込んできた。
現在進行中の事象に関わると予想される未視聴の記録動画があります。
再生しますか?
このメッセージは、アダムに半殺しにされたクロードを見て楽しそうにしていたクルトを映し出したときと全く同じものだ。
今回もためらわずに「はい」を選ぶと、アンディは興味深い映像を映し出す。
場所はエノクの屋敷。
カムイさんが一人、椅子に座ってノートにイラストを書き込んでいる。
未来の日本でサイン会開くほどの人気絵師になるのだから、エノクの執事であったときもそりゃ絵は描いているだろう。
ガチャッと勢いよく扉が開き、エノクが髪ボサボサで部屋に入ってくると、カムイさんはノートを畳んで静かに立ち上がった。
「珍しい。もう起きられましたか」
笑みを見せるカムイに対し、エノクは不機嫌そう。
「眠れない。あのジェレミーの話が妙に引っかかって、考えてしまう」
「ほう」
「馬鹿げてる、くだらない。そう思うのに考えれば考えるほど、正しいのではと思ってしまって、腹が立つやら、モヤモヤするやら……わからないのです」
「わからない。昔のあなたは何よりその言葉を愛してらっしゃった」
穏やかに語るカムイにエノクはばつが悪そうな顔をしながら椅子に腰掛ける。
「ところで、シオンの用件はなんでしたか? またネフェル絡みのことでしょ?」
「今回は違いました。勿体なかったですね。あなたが興味を引きそうな内容だったのに、クロード様が依頼を受けてくださいましたよ」
その言葉だけでエノクはカムイさんの真意を読み取ったようだ。
「……おまえ、わざとクロードに借りを作りましたね」
恨めしげな追求をカムイさんは無視し、シオンが置いていった例のリストをエノクに手渡す。
「ここ最近、帝都から姿を消したものたちのリストです。これが何を意味するかはクロード様がもう辿り着いていると思いますが……」
「まあ、エルの子供ですからね。私ほどではないが優秀にはちが……」
リストの一枚目を見たとき、エノクの顔が凍り付いた。
「これはいけない!」
おそらく、このリストが何を意味しているものか、瞬時に悟ったのだろう。
「危険な状況です!」
文字通り、室内を右往左往するエノク。
「回復術者ばかりいなくなっている。彼らは誘拐されたのです。すでに犠牲者が出ていると考えていい! ああ私のバカ! あのジェレミーのせいだ!」
それは違うでしょうよ……。
エノクがここまで慌てるのをカムイさんも見たことがないらしく、彼もついに動揺を見せる。
「クロード様に連絡を取ります!」
「急ぎなさい! 私は監視部屋をフル稼働して、術者の監禁場所を探します!」
その言葉にカムイさんは硬直する。
「監視部屋はもう機能していませんが……」
「なぜぇ?」
なに言ってんだお前、殺すぞって顔をするエノク。
「破壊されてしまって……」
「はぁかぁい?! だぁれがそんなぶぁかなことを!?」
「……」
カムイさんは心底呆れた様子で、突っ込む気力すら失せたらしい。
「探すのでしたら、推理と馬車を使うしかございません!」
そう叫び、部屋を出て行った。
エノクは金田一耕助のように髪の毛をぐっしゃぐしゃにする。
「あのジェレ! 絶対弁償させてやる!」
そして動画は終了し、俺はいったんアンディをスリーブさせ、深い溜息を吐いた。
「どうしたの? 具合悪い?」
俺の前を歩くエリアが小声で尋ねてくる。
「いや、エノクが動き出したってわかったんだ」
「ほんとに?」
ついつい声が大きくなり、慌てて自分の口を塞ぐエリア。
「だけど、こっちに合流するには時間がかかりそうだな」
そしてもう一度俺は溜息をついた。
「ついでに借金する羽目になりそうだ……」
こっちの世界でも俺は金に苦しむことになるのか……。
「ってかジェレミー、なんでそんなことわかるの?」
「あとで話すよ」
俺はそう言ってアンディをポケットにしまった。
ひとつだけ、わかったことがある。
俺はてっきり、アンディが流した動画はあくまでもギアズトリロジーというゲームの中ムービーだと勝手に思い込んでいた。
原理はわからないが、俺の状況とリンクした動画を映しだしている、そう解釈していたが、そうではなかったんだ。
エノクは自分の馬鹿でかい屋敷の中で「監視部屋」という魔法の空間を作り出し、そこからベルベインの都で起こる様々な出来事を覗き見していた。
アンディは、その小さな筐体で「監視部屋」と同じ事をしているのだ。
鍵を握るのはゲートだ。
アンディはゲートと繋がっている状況だと、一定の範囲内で起きていることを監視カメラのように記録できる。
現実とリンクしたゲーム内動画と考えるより、よほど辻褄が合う。
アダムに半殺しにされたクロードの映像も、エノクが俺に理不尽な怒りを抱いた映像も、現実に起きた出来事なのだ。
つまり俺の借金は確定と……。
いや、今はそんなこと考えるべきではない。
「いま、どこに向かってる?」
今度は俺の方からエリアに聞くが、
「たぶん、もしかしたらだけど……」
何かに気づいたエリアは、辿り着いた答えを口に出すことすらためらっているくらい、困惑しているようだった。
「凄い人のところに、向かってる気がするんだ……」
それが誰なのか、そしてファレルが言っていたもう一つの目的、見殺し。
その言葉の真意が、間近に迫っていた。
「これはどういうことなの!」
奥の方から金切り声が聞こえる。
女の声だ。
ただの文章だけでは、その狂気を表現できそうにない。
怒りや迷い、叫びを意味する記号や絵文字をどれくらい足せばいいのだろう。
怒鳴りというより咆哮に近い勢いに、騎士達の足が止まる。
「まただ……」
騎士の誰かが呆れたように呟いた。
「なぜ! なぜエルンストなんかにザクロスを任せる!? どうして私に伺いを立てなかったの!?」
「落ち着いてください」
冷静に相手を落ち着かせようとする声もまた女性だ。
「確認を取らなかった点についてはお詫びしますが、その時あなたはとても困難な状況で眠っておられたし、時間が無かったのです。それに、能力、立地、民の声。どの面から考慮してもエルンスト以外に適任がおりません」
「くだらぬ!」
何か物を投げたのか、カランカランと音がした。
「あの男はシオンを嫌っている! 私の息子を……、私のシオンをコケにした……、許されざる愚か者なのだぞ!」
そこまで叫んだあと、女は激しく咳をした。
聞いているこっちが痛々しくなるくらい、激しく、きつそうな咳だった。
明らかに病んでいるとは思ったが……。
「シオンのことを息子って言わなかったか……?」
「その通りだ」
ファレルが笑う。
「ジェマは病んでなどいない。倒れたのはネフェルだ。人さらいの首謀者も、奴だ」
「やっぱりか……」
両目を閉じ、唇を噛むエリア。
「笑えるなあ、笑えるだろ、お前達もそう思うだろ、ええ?」
ファレルは騎士たちを見ながらほくそ笑む。
「あれだけ回復術者を嫌って都から追い出そうとした女がこの有様だ」
「決して口外するなよ……。命が惜しいならな」
騎士はファレルの首を絞めようとするが、ファレルはすいっと避ける。
「どんな結果になろうと殺すつもりのくせによく言う」
考えが合ったなとエリアを見て頷くファレル。
「本当におまえらは無能だよ。まあ、見てろ」
ファレルは騎士達を追い抜き、ネフェルのもとへ歩いていった。
運命のときが迫っていた。
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