第29話 現実はあっけなく

 オープンワールド系のゲームには、シナリオを進展させるための正しいルートを線や矢印で示してくれる便利な機能が実装されている。

 これが現実にもあったら……、なんて考えたこともあるが、目の前のファレルにはそれがあるんではなかろうかと勘ぐるぐらい、下水道という名の地下迷宮をスイスイ進んでいく。


「むっ!」


 思わぬ侵入者に慌てつつ襲ってくる騎士もいたが、ファレルはそいつらをひと睨みするだけで、すべてを終わらせた。


 言葉も無く、手を動かすことも無い、一切が前振り無しの魔術発動。


 エリアにとっては衝撃的なことらしい。

 だんだんとファレルを見る目が羨望の眼差しになっていくのがわかる。

 この短い時間でファレルの技術を盗もうと、目をギランギランにさせて、天才の一挙一動を見つめていた。


 そんな感じなので、皆が無言のまま、迷宮を進んでいく。


 五人目の見張りを眠らせたファレルはとうとう目的地に辿り着く。

 

 牢屋だ。

 

 眠らせた見張りから鍵を奪うと、ファレルは静かに中に入る。


 そこで見た光景は、やはりというか、想像通りというか、


「オルファ先輩……」


 褐色の肌をした大男が目を開けたまま、放心状態で倒れている。

 熱病にうなされるように、息を乱し、震えていた。

 

 牢屋にいたのは彼だけでは無い。他にも三人いる。

 いずれも男性で、同じように苦しんでいた。


「随分と絞られたようだな……」


 ファレルが呟き、エリアがオルファ先輩に駆け寄る。


 オルファ先輩の、惚れ惚れするほど鍛え上げられた太い右腕に触れるが、小さく悲鳴を上げて手を離す。


「凄い熱……」


 その声でオルファ先輩は意識を取り戻したようだ。

 虚ろな目を天井に向け、かすれた声を出す。


「その声はエリアか……。お前まで来てしまうとは……」


 エリアの後ろにいる俺ですら、オルファの体から発する病的な熱波を感じていた。

 

「逃げなさい。彼らはもう……」


「喋るな」

 ファレルが鋭くさえぎった。


「わかっている。奴らはお前らを使い捨てるつもりなんだろう」


 そして改めて閉じ込められた術者を見つめた。


「旧劇場に五人。ここには四人。捕らえられた術者は十三人だったはずだ」


 となると、残り四人は……。


「使えなくなった術者を跡形なく処理するには、ここはうってつけということだな」


 ファレルの呟きにオルファ先輩がうっすらと目を開ける。


「彼らはあまりに年が若く、持たなかった……」


「だから喋るなといっている」


 とうとう魔法を使ってオルファたちを眠らせると、ファレルは俺に言った。


「後ろを見ろ。ようやく来たぞ」


 五人の騎士が、牢屋の外から睨んでいる。

 礼拝堂でエリアにすがった男が一人、その中に交じっていた。


「余計なことに首を突っ込んだようだな……」


 騎士の一人が悔しそうに俺たちを見つめる。


「これを見た以上、無事でいられると思わないでほしい」


「よく言うよ……」


 オルファの額から滝のように流れる汗を拭いながら、エリアは苛立ちをぶつける。


「どんな結果になったって殺すつもりなんだろう? 最初からそのつもりだったんだろ?!」


「そんなことはない。ちゃんと責任を持って……」


「無意味な言い合いはやめろ。耳が腐る」


 ファレルは一声で両者を黙らせる。


「これほどの術者を集め、彼らがくだばるまで力を使わせても、まだ患者は治らないのか?」


 黙り込む騎士達。

 返事をしないことが返事になっている。


「言っておくが、こいつらで癒やせないなら、劇場で待ってる連中では不可能だ。ここにいる術者を超える奴はもういないし、回復術者ばかり連れ出せば、いずれ明るみに出る、そんなことすらわからんのか」


「……しかし、やらねばならんのだ!」


「なら、良いものを見せてやろう」


 その言葉を皮切りにいろんなことが起きた。


 まず、先端が鋭く尖った黒い棒が突如現れ、五人の騎士の右目に突き刺さる。

 痛々しい悲鳴を上げながら大量の血を流し、苦しむ騎士達。


 ぼたぼたと床にしたたり落ちる大量の血に俺とエリアは絶句する。


 と同時に、苦しみ、うめいていた四人の回復術者が何事も無かったように起き上がった。

 自分の身に何が起きたかわからず、互いの顔を見つめ、ぽかんとする術者達。


 ファレルは騎士に深手を負わせたのと同時に、術者を四人同時に癒やしたのだ。

 

「エリア、いったい、これは……」


 戸惑うオルファにファレルは小さな石を持たせる。


「外門近くに送る。しばらくはそこにとどまれ。あと何人か送るから、そいつらと合流したら門を抜けてとにかく遠くへ逃げろ。門番は眠らせておいた」

 

 いったい何を言ってる? と戸惑う表情のまま、四人の術者は姿を消した。

 不自然なほどに、パッと消えた。


「え、なに? なんなのこれ?」

 キョロキョロと当たりを探るエリア。


「なんだ。お前は知らないのか……」


 面倒くさいと肩をすくめたファレル。


「いちいち驚かれてはたまらん。ジェレミーとか言ったな。説明しておけ」


 ファレルのおかげというか、指示に従い、俺はここから合間合間でエリアにゲートについて話すことができた。

 詳しいことは俺にもわからない点があるし、長々話せる状態でもないから、距離と場所関係なく、瞬間移動が可能な、凄い力が宿った石がこの世界には存在するんだよということだけを伝えた。

 そんなのあるのかとエリアは驚いた。ピンときてはいないようだったが目の前にいるファレルそのものが何よりも証拠になる。


「ひとつやり遂げた」


 ファレルは得意げに微笑む。

 人助けとは、そういうことか。


「さて、交渉しないか、無能の騎士達よ」


 右目を失って苦しみ続ける騎士達に声をかけると、頭部を貫通しそうなくらいに深々刺さっていた棒がこれまたパッと消える。

 全員の目が元通りになった。

 

 四人の術者と同じように、今までの苦しみはなんだったのかと戸惑う騎士達。

 

 勝ち誇ったようにファレルは告げる。


「どうだ。私を使ってみないか?」


 騎士達が嫌と言うはずがなかった。

 では付いてこいと、俺たちに背を向ける騎士の姿を見たファレルは、あーあ……、といきなり大げさに嘆いた。


「お前らは本当に無能だな。こういうときにまず何をするべきだ? ええ?」


「……」


 戸惑うばかりの騎士たち。

 ファレルは連中を見限るような失望感たっぷりの溜息を吐くと、今度はお前が替わりに答えてみろと言わんばかりの眼差しで俺を見つめてくる。


「……大事な主人の前に素性のわからない連中を連れて行くんだ。武器を持たせたままで良いのか?」


 俺だって職場で作業するときはロッカーにスマホや私物を閉まっておく。それくらいわかるさ。


「むむ……」

 騎士達はばつが悪そうな顔をしながら、エリアとファレルの武器を取り上げた。


「それだけじゃないでしょ」

 今度はエリアが指摘する。


「彼女は印も結ばず、詠唱もしないで、念だけで魔術を使ってる。それ相応のギアを持ってるって事でしょ。彼女があなた達にしたことをジェマ様にもする可能性だってある。ギアも取り上げた方が良い」


 その指摘には騎士もあっと声を上げ、ファレルに近づこうとするが、ファレルは自分から深紅のギアを騎士に手渡した。さらにはエリアも所持していたギアをぶっきらぼうに投げつける。


「ちゃんとしてよ。頼むからこれ以上ガッカリさせないで」


「……」

 聞き取れないくらいの舌打ちをしながら、騎士は俺の前にも立った。


「これはなんだ? ギアか?」


 乱暴に俺からアンディを奪い取って威圧的な態度を取るが、


「ただのまくらだよ」

 そう答えると、騎士はアンディを取り上げずに返した。


「では、来い」


 歩き出す騎士達。


 ファレルは感謝しろとばかりに意味深な笑みを見せ、後を追う。


 俺は列の最後尾でアンディをそっと立ち上げた。

 ファレルのおかげで充電はもう終わっていた。

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