第28話 すべてを知るもの

 下水道と言うからにはさぞかし、ヌメッとした、生臭い所かと想像していた。


 しかし使われなくなってから相当な時間が経過しているようで、かつて水路だった場所は干上がってただの道になっていた。

 おかげで無味無臭ではあるが、どこからか吹いてくる冷たい風のせいで、鼻の先がヒリヒリしてきた。

 

 照明設備だけは今なおしっかりしていて、夜道を出歩くよりか安全に思えるくらい、先が見通せる。


「帝都って元々小っちゃい村からはじまって、増設を繰り返して大きくなっていったから、こういう迷路みたいな地下施設はいっぱいあるのかもね」


 それこそ下水道、ダンジョンのお手本というやつだな。


「ところで、充電って何?」


「減らした体力を補充する。勝負に勝つためにあえて休む、みたいな……」


「へえ……、って、それを今するの?」


 ぽかんとするのも無理はないとは思うが、


「この地図が一緒に見られりゃなあ……」


 何故かアンディの情報は俺にしか見えない。

 エリアやクロードにはただの木製の作り物なのだ。

 

 思えば、エノクの屋敷にあった巨大な空間も、彼女にしか見ることのできない情報が大量に表示されていたのだろう。

 やることが無くなったから、帝都のあちこちにライブカメラ的なものを設置して、一日中監視して時間を潰すという、恐ろしい子である。

 彼女がゲームクリエイターでいてくれて良かったと日本は思うべきだろうな。

 場合によっては国をのっとられていたかもしれない。


「あれ……?」

 

 地図の情報が更新されていたことに俺は気づいた。

 ゲートと思しき◇のマークが、さっきと違う場所にある。


 それどころか、今もゆっくり動いているじゃないか……。


「おかしいな……」


 あのマークはゲートを表してはいないのか?

 充電アシストモードなんて状態に切り替えたくらいだから、あのマークがゲートじゃ無いと逆におかしい。


「とにかく行こう、距離が離れていってる」


 アンディを見ながら歩き出す俺にエリアは慌てる。


「慎重に行かないと!」


 何が出てくるかわからないのに危ないよと、急いで俺の横に移動する。


 しかし、彼女の心配は杞憂に終わる。

 

 要所要所に見張りがいたことは確かだ。

 見張りは皆、しっかりとした武器と防具で身を包んでいた。

 それは間違いない。


 しかしバトルにはならなかった。

 

 全員、気を失って倒れていたからである。


「死んでるのか……?」

 ピクリとも動かない。


「違うみたい……」


 エリアは倒れている見張りに近づき、呼吸を確認する。


「寝てる。強力な術を喰らったみたい。仮死状態って言っても良いくらい」


 見張りの顔に手をかざし強力な魔術の余波を感じ取ったエリアは、惚れ惚れしたように俺を見た。


「凄い腕だよ……。速いし、強いし、それでいて寝る以外の副作用が無い」


「プロのワザって奴か?」


「そうだね。先客がいるのは不思議だけど、おかげでスイスイ進めちゃう」


 そしてエリアはなげきの溜息を吐く。


「こんな所にまで見張りを置いている以上、ジェレミーの言うとおり、ウラがあるってことか、なんだか悔しいな」


 とはいえ、今は進むしかない。


 地図を見れば明らかなことが一つある。

 今だに動き続ける◇のマークこそ、先客だったということだ。


 ゲートかと思ったら、人だった。

 いったいどういうことなのか、その疑問もすぐに解ける。


 牛歩のごとき遅さの先客に対し、俺とエリアは猛烈に走ったから、先客に追いつくのはあっという間だった。


 まず目に入ったのは、美しいブロンドの長髪だった。

 すらりとした、惚れ惚れするくらい足の長い女性。


 武器は持っておらず、両手を組みながらゆっくりゆっくりと歩いていた。


「誰だ?」


 クルッと振り向いて、女は俺たちを見た。

 

 美しいと言うより、可愛らしい女の子だ。

 口元のほくろの色っぽさだけが浮いている。


 名乗ることもなく相手を見つめる俺たちを一瞥した女の子は、俺を見て何か気づいた様子。


「お前、良いもの持ってるな」


 あごをちょっとだけ動かして俺に訴える。


「ある程度は知っているようだな、この世界のことわりを」


「そう、かもな……」


「ちょうど良い、一緒に行くか?」


 思ったよりも気さくに女の子は話しかけてくる。


「どこにだ? 俺のゴールは君らしいんだが」


「ああ、これか」


 女の子が胸ポケットからダイヤのように輝く石を取り出す。

 石から放出される光の強さは凄まじく、狭い通路が瞬く間に紫で満たされた。


「小型のゲートだ。これで私は好きに動ける」


「そりゃすごいな……」

 

 俺にもくれないかと言おうと思ったがやめにして、まずは戸惑ってばかりのエリアに声をかける。


「エリア、彼女がファレルだ」


「え」

 

 エリアは絶句するが、間違いない。

 アレン皇帝が自分の後任にしようと思うくらいにゲートを扱うことができたという、死んだはずなのに何故か生きてる可能性がある女性。


「確かに私はファレルだが、そちらの方が有名人のようだな。エリア……、エルンストさまの娘か。噂通り、美しい」


 ファレルはニコリと笑うが、その態度にエリアは苛立ちを見せる。


「クルトから何も聞いてないの? あいつのせいで僕たちは……」


 しかしファレルは首を振り、やや声を大きくしてエリアをさえぎる。


「奴らとは道を違えた。何をしてるか、もう知らん」


「え」

 

 これには俺も驚いた。

 てっきりクルトと組み、あいつを使ってザクロスを奴隷の街にしようと企んでいたと思っていたのだ。


「嘘はない。奴らは無駄に殺しすぎるし、一人の方が性に合うんでね。だがあいつがなにか惨いことをしたのなら、かつてのよしみで詫びておこう」


 目を閉じ、小さく頭を下げる。

 その姿を見たエリアはそっと耳打ちする。


「調子、狂っちゃうな……」

「そうだな。けど、面白い」


 俺は改めてファレルを見た。


「教えてくれ。何をするつもりでここに来たんだ?」


「ふたつある」

 

 ファレルはくるりと後ろを向き、背中で話しかける。


「ひとつめは人助け。もうひとつは見殺しだ」


 そして歩き出す。


「付いてくるなら付いてこい。ここを出るくらいまでの面倒は見てやる」


 今度は驚くくらいの早足だった。


「行こう」

 俺はエリアの手を取って急いで後を追った。


 ひとつは人助け、

 もうひとつは、見殺し。


 その言葉の真意はすぐにやって来た。

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