第27話 甘い話
何も見えない、何も聞こえない状況が、どれくらい続いただろう。
やっとアイマスクと耳栓を外してもらうと、目に飛び込んできたのは、劇場のロビーのような、居心地の良さを感じる広々とした空間だった。
「今日はここでお休みください。警備の都合で鍵を閉めますが、何かあれば扉を叩いてもらえばすぐに対応いたします」
騎士はそう言って部屋を出て行く。
予告通り、すべてのドアが閉じられた。
「先輩!」
嬉しそうな声と共に、三つ編みの女の子がエリアの元に駆けてくる。
「ラナ……! 久しぶりだね……!」
たった半年間だけ開かれたセシルの学校。
エリアが共に学んだ後輩がラナだったはずだ。
10年ぶりの再会に感情が高ぶりすぎたのか、エリアもラナもただ笑顔で見つめ合うだけだ。
そもそも、ここが再会の場にふさわしいかというと、そうでもない。
「先輩もジェマ様のことを聞いたんですね」
「いろいろ回り道したけどね……」
ラナの視線が俺に向かっていることに気づいたエリア。
「この人はクラウス。回復術者じゃ無いけど、エノク様の一番弟子」
エノクと聞いてラナは驚き、また喜んだ様子。
「エノク様まで動いてくださるなら、もう心配ないですね」
「だといいけど、君は大丈夫? ひどいことされてない?」
「問題ありません。閉じ込められてはいるけど、説明された通りだし、騎士の方達は凄く良くしてくれてます」
そしてラナは舌を出す。
「普段の生活よりこっちの方が良いかも。食べ物は美味しいし、本もいっぱい読めるから……」
確かに室内には書物や食物がどっさり置かれている。
閉じ込めた人々を退屈させないよう最大級の配慮がされているというのは、部屋を見渡せばすぐわかることだ。
現在室内にはラナの他に四名の術者がいた。
見たところラナが最年少といった具合で、他には初老のご婦人、三十代くらいの男性が二人と、エプロンを着た主婦がいる。
皆、リラックスした様子で俺たちに礼をした。
「オルファ先輩は?」
「治療中です。明日、私達のグループと交代になります」
ラナは心配そうに腕を組んだ。
「オルファ先輩はああいう方だから、寝ずの治療を続けてるそうなんです。騎士の方達も休んでくれって言ってるみたいだけど、今無理しなきゃいつするんだって……」
エリアは呆れたような、嬉しいような、複雑な顔をした。
「変わらないね先輩も……」
「そうですよ。決めたじゃないですか」
真剣な眼差しのラナにエリアは強く頷く。
「そうだね……。あんな悔しい思いはもうしたくない」
チラリと俺を見るエリア。
「回復術者のくせに、セシル様の病気に気がつかなくて、僕は見殺しにした」
「僕ではなく、僕たちです、先輩」
ラナはエリアの手を握る。
「私達の大事な誓いです。回復術者である以上、助けられる命から目をそらさない」
「覚えててくれたんだね」
「当たり前です。だから明日から私が頑張ります」
立派だ。とても立派な意思だ。
美しい生き様だ。
しかし……。
俺の中には拭いきれない不信がある。
「見てよ。帝国創世記の初版本がある」
興奮した様子で分厚い本を見せてくるエリア。
俺は彼女を部屋の隅に連れて行き、本音を明かした。
「どうも信じられないんだ。うまく乗せられた気がして」
「……そうなのかな」
なんとも言えない顔で俺を見つめるエリア。
「みんな、思いは一つだよ?」
「わかってる。みんな凄いよ。自分の生活とか自分の時間とか、大事なものをほっぽても優先させるものがある。ラナさんなんか尊敬するよ。おれがあの子の年の頃なんか、食っちゃ寝してただけだからな」
「くっちゃね……」
「ただ俺が信じられないのはあの騎士たちだ。やたら卑屈に接してきたけど、俺は見たからな」
リストに記載されていない優秀な回復術者を釣り出すために、街に出て狼藉を繰り返す……。
確かに効果はあった。エリアという大物を釣り上げた。
でも俺は見たのだ。
少女を叩き、その頬に傷を入れたとき、
「あいつらは楽しんでた。間違いなく、楽しんでた」
「……」
「一人の命を皆で救う、凄く立派な行為に見える、正しいことをしているように思わされてる。けど、単に誘拐が招待になっただけで、やってることは法律違反にかわりないんじゃないか? たくさんの術者を独占して、閉じ込めて、無償で労働させてる……」
「ま、まあ、そう言われると……」
「これでジェマさんの体調が戻って、良かったねってなって、じゃあご苦労さんでした解散、ってなるのかな? ぜんぶ終わった後、この人達は無事に家に帰らせてもらえるのか? ジェマって人はそれを認める人か?」
「ねえ、今のジェレミー、凄く怖いよ……」
「無駄に歳を重ねると、ものの見方が歪んでくるからな……。全部悪い方に考えちゃうんだ。ずる賢い連中にとって、優しくて志の高い人ほどチョロいもんはない。世界を平和にするために、あなたが持ってる財産を全部くださいって言ってるようなもんだろ?」
「……」
両目を閉じ、深呼吸するエリア。
俺が放った言葉をどう受け止めるべきか、じっくり考えているようだった。
「君の言うことはずっと正しかった。今回も多分、そうなんだよね。元々戦うつもりでここまで来たんだし、その気構えでいたほうがいいかもしれない」
思いを新たにしたエリア。当然のごとく、俺に聞いてくる。
「で、どうするの?」
「……問題はそこなんだよな。どうすりゃいいのか、わからん」
俺は素直に告白する。
「なんだよもう」
冗談めかして俺の背中を叩くエリアに苦笑いで返すしかない。
だが重要な問題だ。
この先をどうする?
今まではギアズトリロジーというゲームのおかげで効率の良い予習ができていたから良かった。
しかし、今は無い。
ギアズのデータが収められたアンディも充電切れが続いてただの置物だ。
そもそも無駄に長い取説を読んだだけで、アンディをフル活用したことがない。
八方塞がりの今だからこそ、アンディには頑張ってほしいのだが、
「いまだ真っ暗か……」
相変わらず画面は素っ気ない。
と思いきや、画面の右上に点滅するアイコンの存在に気づいた。
「おお……?」
思わず声が漏れた。
いつの間にやらオンラインモードに切り替わっている!
ということは、そう。
ここにはゲートがあるのだ!
「来た……」
ついに来た。
バッテリーをフル充電するためにゲートに近づく必要があります、充電アシストモードに切り替えますか? という選択肢が表示されたのだ。
迷わず「はい」を選択すると、ここら一帯の地図が表示された。
「よし来た!」
思わず絶叫、皆をビックリさせる。
「すいません。お気になさらず」
俺は適当に言いつくろってアンディの画面に全集中する。
青い背景に白い線で描かれたシンプルな地図。
中央部に点滅する◎は間違いなく俺たちがいる現在地だろう。
そして北側で点滅する◇のアイコンこそ、ゲートだと考えていい。
このゲートに近づくことができれば、アンディは蘇るのだ。
さらにわかったことがある。
どうやらここは「旧下水道」だというのだ。
下水道!
やはりゲームのダンジョンにおいて下水道は欠かせない。
下水道という名の近道。
下水道という名の抜け道。
下水道という名の牢獄。
「そういうことか……」
「どしたの大丈夫? さっきから変だよ……」
肩に手を置くエリアに俺はニヤリと笑って見せた。
「大丈夫だ。ここがどこかわかったぞ」
ひとまずアンディを懐にしまい。俺はこの広々とした空間を隅から隅までじっくり眺めた。
「まるで劇場のロビーみたいだ。なんて思ってたけど、みたいじゃなくて、本物の劇場のロビーだったんだよ」
「……そうなの?」
「皇帝が新しい劇場を作ったから、こっちは閉鎖したんだろう。でもここにしかない特別なものがあるはずだ」
俺は地図を丸暗記したので、特別なものがどこにあるかわかっている。
劇場の壁に貼られた一枚の役者絵を、右から左にスライドさせる。
ごりごりごり……という音と共に、近くの壁に一人入れるくらいの穴が開いた。
「わあ、隠し通路?」
エリアだけでなく、この場にいた術者全員が秘密の入り口に群がる。
「皇帝みたいな名のある人が観劇中に襲われたときのための、いざって時の避難通路だな。昔はこういうのがたくさんあったんだよ」
そう、日本でも欧州でも、血なまぐさい時代に「逃げ道」は必ず存在した。
こっちの国の今の皇帝は果たしてそれを作っているかどうか……。
感心したようにエリアは俺を見る。
「なんか凄くワクワクしちゃってるけど……、これでどうするつもり? 何をしようとしてるの?」
「決まってるだろ、充電だ」
「……?」
戸惑うエリアに俺は言う。
「個人的なことだから、ここで待っててくれてもいいぞ」
その言葉にエリアはむっと口を尖らせた。
「行くに決まってる!」
俺より先に穴の中に飛び込んで姿を消してしまう。
「先輩……?」
取り残され、戸惑うラナに俺は言った。
「悪いけど、何事も無かったみたいに部屋を戻しておいてほしい。だけど騎士がここに来て、いなくなった俺たちのことを怪しんだり、あれこれ聞いてきたら、構わず俺たちを売っていい。全部正直に伝えるんだ。自分の身をまず最優先に考えて」
それでは失礼しますと、俺は小さくお辞儀をしてから穴の中に入っていく。
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