第25話 決意のご令嬢

 この異世界にやって来て、かれこれ一週間以上は経過している。

 だからこの国の宗教事情ってやつも、それなりに理解したつもりだ。


 まず多神教であること。

 四つの絶対的な存在が信仰の対象になっていること。

 そして地球と同じように、信じる存在に祈りを捧げるための教会もそこら中にあるということ。


 アーミィが働く教会は、準市民にとって信仰の中心地だ。

 

 平日休日関係なく多くの来訪者が訪れるそうだが、何かしらの病や怪我を抱えている人達も大勢やって来る。

 ここは祈りを捧げる場であると同時に、病院でもあるのだ。


 ゆえに、アーミィが回復術者なのかどうか、なんの苦労もなく確認できた。


 彼女は癒やしの力を惜しみなく与えていたし、その事に喜びを感じているようだった。

 充実した笑顔を振りまきながら動き回るその姿は、古くさい表現で申し訳ないが、天使だった。

 

 さらに、この教会にはアーミィ以外にも回復術者が数名いて、彼らの名前もきちんとリストに書き込まれてることも確認した。

 

 間違いない。

 このリストには、帝都に在住する回復術者全ての名が記されているのだ。

 

 エリアは正市民、さらには貴族としての立場をフル活用して、忙しいアーミィと面談する機会を強引に作った。

 水を飲む暇も無いくらい忙しかったアーミィにとっては貴重な休憩になったようで、エリアの前に立ったときには安堵感すら見られた。


 まず、エリアは優秀な回復術者の行方がしれないこと、その理由はずばり誘拐だと告げた。


「ってわけなんだけど、ここ最近、身の危険を感じたことはある?」


「言われてみると、武器を持たれた方を見る機会が増えたとは思いますし、視線も感じておりました」


 戸惑いながらも、ハキハキ答えるアーミィ。

 病人から病人へと忙しく動き回っていたせいか、頬が赤く染まっていた。

 

「それに患者様も増えました。セシル様のお弟子さんが不在になった分、こちらに流れてきていたわけですね」 


「はっきり言うけど、次さらわれるのは君だよ」


「……まあ」

 アーミィは当然、不安に襲われる。


「それでも教会の門を閉ざすわけにはまいりません。回復操者としての認可を受けた教会は、準市民街ではここしかないのです」


「わかってる。いつものように患者を受け入れて、いつものように働いていい」

 

 エリアは優しくアーミィの手を叩く。


「だけど今夜だけ、動ける患者さん含めて別の場所に隠れてほしいんだ。礼拝堂も空にしてもらえると助かる」


 そう言いながら、嫌みにならない程度の金額が書かれた小切手をアーミィに差し出すエリア。

 

 このようなもの必要ありません、と言い切れない事情が教会にもあるようで、


「……承知しました」

 小切手を素直に受け取ったアーミィに、エリアはそれで良いと満足そうに頷いた。


「保護法が改悪されて、苦しくない? 治療費を上げないで頑張ってるのはここだけみたいだけど……、やっていける?」


 アーミィは丁寧に頭を下げた。


「心ある方からの寄付や援助で、どうにかやっていけますし、私達が踏ん張らないと、痛みを抱える人達の拠り所が無くなってしまいますから……」


「そっか」


 寄付や援助という言葉にエリアは思い当たる節があるらしい。

 

「ソウルって人、来たりする? バカっぽいしゃべりの」


「……」

 そんなこと言われて同意できる立場の子ではない。


「あのお方には良くして頂いています」


 俺と会ったときはショボい変装過ぎて明らかに皇帝だとわかった。

 しかしここに来るときは厚手のローブで全身を覆ったりと、それなりの偽装はしているようで、アーミィはソウルの正体が皇帝であるとは考えてもいないようだ。


「ここに何度か来た?」


「はい、お祈りだけされて、帰って行かれます。ただ……」


 アーミィは難しい顔をする。


「……こんな格好では可哀相だと、派手なお召し物を定期的に、たくさん送ってくださるんです。私だけじゃなく、ここにいるもの全員の分です。とてもありがたいのですが、みな興味が無いというか、その……」


 エリアはそれ以上言わなくてもいいと苦笑した。


「逆に困るね。売り払っても罪にはならないよ」


 確かにありがた迷惑なプレゼントだ。


「忙しいときにありがとう。行っていいよ。さっきの話、頼むね」


 深々と頭を下げて去って行くアーミィの背中にエリアはもう一度声をかける。


「明日からは何も気にしないでいい。全部何とかするから」


 その強気な言葉、当然ひっかかる。


「いいのか、そんな断言して」


「いいの」


 エリアは礼拝堂の椅子に腰掛け、天井に描かれたフレスコ画を見つめる。


「次狙われるのは君だなんてアーミィに言っちゃったけど、それ、嘘。僕が昼間に迂闊なことして目立っちゃったでしょ?」


 エノクが助けてくれなかったら圧死する可能性すらあった危機的状況だ。


「あれだけのことしたら、誘拐犯が次に狙うのは僕だと思うんだ。自分で言うのも何だけど、このリストに僕が入るとしたら、上だと思うし……」


「おいおい」

 鈍い俺もさすがに気づいた。


「最初から、わざと誘拐されるつもりだったのか?」


「うん」


 エリアはあっさり認めた。


「昼に帝都を騒がせた回復術者はこの教会に保護されているって噂を流そうかと思ってる。そこら辺うろついてる子供たちに頼めば、あっという間に広がるよ」


「だからクロードを追っ払ったのか」


「そう。兄上がこの話を聞いたら反対するに決まってるからね」


 回復術者だったせいで誘拐された妹のことを思えば、クロードがそれで行こうなどと言うはずがない。

 ついでにエルンストがエリアを家の外に出したがらない理由もわかった。


「……どうかな? やっていい……?」


 まるで迷子になった子供のように俺を見つめるエリア。

 きっと何かを思いついて行動しようと思っては、あれは駄目これも駄目と、やる気をへし折られてきたんだろう。


「たいしたもんだ。やろう」

  

 正直に告げると、つぼみが満開になったみたいに、エリアは笑顔を見せた。


「僕たち、きっと、最強のコンビだよ!」


「ならいいが……」


 俺は苦笑するしかない。

 

 迷いがあった。

 エリアのことは何も心配していない。ゲームの中でも現実においても、レベルの高い子だ。


 ただ、俺が今進んでいる道は正しいルートなのだろうか。それが不安だ。

 目の前ではしゃぐお嬢様は、星が破滅するという最悪の結末に巻き込まれる形でその一生を終えることになる。


 そう考えれば、今の俺たちに立ち塞がる「誘拐事件」なんて小さい案件に、時を費やすべきなのだろうか。


「あなたが最善だと思うことを貫く。それだけでいいのです」

 

 未来のエノクが告げた言葉の重みを感じ始めていた。

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