第24話 エリアならすぐに気づくこと
いかにも金持ちが乗るような派手な馬車で皇帝の使者は帰っていく。
クロードは椅子にどかっと腰を下ろした。真っ白に燃えつきたボクサーのように疲弊している。
「こんな恐ろしい光景を見たのは初めてだ。わかるかい、ジェレミー」
クロードは頭を抱える。
「あれが皇帝、この国の最高権力者なんだ……。億を超える民の命を担う、
呟いているうちに段々腹が立ってきたのか、髪をクシャクシャかき乱す。
「それがなんだ子猫ちゃんって! ええ?! 子猫ってのは!」
取り乱す兄とは違い、エリアは冷静だ。
「昔と変わってないだけだよ。文句があるなら、あの子を担ぎ上げた人達に言うべきじゃない?」
「そうだな……。近いうちに意見書だ」
几帳面なクロードは常に所持している小さなメモ帳に「これからやること」をびっしり書き込んでいるが、全部こなすのに10年かかりそうな量になっている。
「ところでジェレミー様、リストというのは?」
「ああ、これです」
カムイさんの呼びかけに応じ、テーブルの上にかわい子ちゃんのリストをどさりと乗せる。
最初に書かれた人名を見ただけでクロードは戸惑った。
「愛人関係のリストと思いきや、老若男女、勢揃いだな……」
「身分も様々です。貴族、平民、準市民、さらには奴隷。すべてが順不同に書き込まれている……」
あいうえお順というわけでもないらしい。
何もかも不規則なリストにクロードもカムイさんも首をかしげる。
ただ一人、エリアだけは冷静というか、リスト自体に関心が無いようだった。
どうもシオン個人に好印象を抱いていないのか、関わりたくないらしい。
「兄上。一度戻った方が良いと思うよ」
そう言うにはきちんとした理由がある。
「皇帝が帰ったわけだから、待ちぼうけも少しは解消されるでしょ。正式な連絡があるときに市長不在じゃまずいんじゃない?」
「む、確かに」
慌てて立ち上がり、俺の方を見るクロード。
「君はどうする? いったん戻るか?」
「……いや」
時は金。
次にやることが決まっているなら後回しにはできない。
「アーミィって子に会ってみる。皇帝さんが心配してたとおり、誘拐でもされたら洒落にならん」
「そうか。協力してくれるならありがたい。用を済ませたら俺もすぐ合流する。今度は部下も連れて行くから」
「では皆様、くれぐれもお願いいたします」
カムイさんに丁寧に頭を下げられ、俺たちはそれぞれに動き始める。
エノクの門に飛び込んだときはワープという方法で勝手に引き寄せられたが、出るときは長い長いトンネルを歩いていく。
トンネルを抜ければ、帝都で最も裕福な世帯が集う高級住宅地。
こんな所に三級奴隷が足を踏み入れたら、それだけで騒ぎになるというか、野蛮な騎士に見つかりでもしたら風紀を乱すとしてリンチされる可能性すらある。
とはいえ、今は首の刺青が消えている。
俺は今もエノクの弟子、クラウスのままだ。
「兄上もカムイさんもピンと来てなかったみたいだけど、僕はあのリストが何か、ズバリわかってたんだよね~」
エリアは褒めてくれとばかりに胸を突き出す。
「ならクロードがいるときに言えば良かったのに……」
「悪いけど、兄上、邪魔。二人きりがいいの」
エリアは容赦なく言った後、俺に真相を打ち明ける。
「あのリストはね、かなりの確率で回復術者を能力順にまとめたリストだよ。回復術の専門学校に通ってた先輩と後輩が載ってたからね」
「おお……」
「リストの一番目のオルファさん。僕より十歳上の先輩。十一番目のラナちゃんは二つ下の後輩。ふたりともすんごい術者だよ」
エリアは懐かしそうに空を見る。
「帝都に住んでた頃ね、セシル様が回復術者のために学校を開いてくれたんだ。セシル様が体調を崩されてしまって、半年だけの学校だったけど、あの時があったから今の僕がある。クラスメイトも一生の友達……」
「そうか……」
エリアの柔らかい笑顔を見ていると、こっちも優しい気持ちになる。
「リストの人達全員が術者かどうかはわからないけど、どのみちアーミィにも会いに行くわけだから確認してみようよ。急がないと彼女もさらわれてしまう」
さらわれる。エリアは確かに言った。
「やっぱり行方不明の人達はさらわれたのか?」
「あり得るよ。僕も小さい頃、誘拐されたことあるからね」
「はあ……!?」
突然の激白に歩調が乱れ、転びそうになった。
「ちょっと前まで回復術者はただの道具だったんだよ。お金持ちの貴族なら一人は持っとけって感じで売り買いされたり、三級奴隷の生まれだと、まだ子供なのに戦争にかり出されて、兵隊の怪我を治せってさんざんこき使われてさ……。力を使いすぎて早死にしちゃう子がいっぱい出たりね……」
「……」
「おおっぴらに医者を頼れない裏社会の連中が術者をさらって自分の手元に置いておくってこともあってさ。僕もデカい山賊組織にさらわれちゃったんだ。三歳くらいの頃だったかな。父上から話を聞いたアレンさまが助けてくれたから良かったけど、さらわれたまま帰ってこない子もいたから、ほんとに運が良かったんだ……」
俺は圧倒された。
ゲームの中じゃ回復魔法なんてレベル1から使える。
だが現実に回復魔法を扱える人間がいたらどうなるだろう。
想像すると恐ろしい。
「僕が誘拐されちゃってすぐ、カッとなった兄上がアレン様に直訴したのが兄上の意見書デビューだったんだよ。回復術者を保護しないと国が乱れるって内容」
「なるほど」
実にらしいエピソードだと思った。
「ただのガキの陳情書なんか無視しても良いのに、アレン様は真剣に受け取ってくれて、それがきっかけで回復術者の保護法が作られた。兄上ときたら嬉しかったのか調子に乗っちゃってさ。何かあるとすぐ意見書出すようになっちゃって」
それもまた、クロードらしい。
「でも、おかげでだいぶマシになったんだよ。術を使うのも、使わせるのも、何をするにも国の許可が必要だし、ちゃんとお金のやりとりもできるようになったしね。手続きすっ飛ばしたりしたら重罪。誘拐なんてしたら即死刑だから」
「まあ、それが普通だよな」
「でもね、アレン様からシオンに代替わりして、随分変わったみたい」
悲しそうな顔でエリアはうつむいた。
「ネフェル様は回復術者が嫌いらしくてさ、治療費の九割に税をかけて、抜き取った額を全部自分の懐に入れてるみたいなんだよね」
「無茶苦茶だな……」
儲けのほとんどを国に奪われてしまっては回復術者も生活できないから、結局治療費を上げるしかなくなる。
当然、日々の生活すらままならない奴隷や貧者は術者を頼れない。
お金なんかいらないと言い出した回復術者エリアに皆が殺到するわけである。
「今のところ都だけに限った法令だけど、ネフェル様が言い出した以上、いずれどこの街でもそうなるだろうね。父上は絶対やらないって言い張ってるけど」
「っていうか、なんでそんな嫌うんだ? 能力的に大事にしなきゃいけない人達だと思うけどな……」
「わからないけど、噂はいっぱいあるよ。愛人の病気を治せなかったとか、性病にかかって肌荒れしちゃったのを治せなかったとか、もうこれ以上子供を産みたくないから堕ろせって命令したら断られて怒ったとか……」
「全部逆恨みじゃないか……」
「そういう噂が立つくらいの乱れ方はしてたからね……」
とはいえ、可哀相な方でもあるとエリアは言う。
「先代が凄すぎて、何をやっても比べられるし、勝てる要素がないもの。そういうの取っ払って冷静に見てみれば、凄く頑張ってると思うんだ。シオンが頼りない分、いろんなところに顔を出して……。夜も寝ないで頑張ってるって……」
ひとつ、わかったことがある。
エリアは絶対に人の悪口を言わない。シオン以外は。
どんなに嫌われている人でも必ずかばうのだ。シオン以外は。
「あ、見えてきたよ。アーミィがいる教会」
リストによるとアーミィは帝国市民ではなく準市民と呼ばれる身分の子だ。
職業は修道女とあり、彼女が務める教会は準市民街で一番大きい教会だという。
俺たちはバロック建築を思わせる、ゴテゴテした教会に入った。
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