第23話 あなたがシオン

 シオン皇帝と会う前に、彼についてわかっているだけのことを記しておく。

 

 まず、シオンは先代のアレンとは血の繋がりがない。

 アレンの実父モルガンの最後の愛人がネフェルで、シオンは彼女の連れ子だ。


 ネフェルは平民の地位から、美貌と知恵で貴族までのし上がった人だ。


 シオンを懐妊したときは五人の権力者と同時に関係を持っていたから、父親が誰なのか、ネフェル自身わかっていない。


 アレンが皇帝でいたときは、ネフェルも片田舎の別荘で何不自由なく若い男たちと自堕落に過ごせていたし、シオンは大好きな観劇や芸術に熱意を傾けていられた。


 しかしアレンが風邪をこじらせてあっさり亡くなると、ネフェルの野心に火がともった。

 自分の息子を皇帝にするという大それた夢を、彼女は衰えぬ美貌と狡猾さで実現させた。

 その間に起きた帝政のゴタゴタは、クロードの言葉を借りれば「残虐かつ大馬鹿」としか言えぬものだったらしい。

 

 その一部始終を見続けた民の忠誠心は落ちまくってゼロの状態。


 それでもシオンは皇帝であり続けている。


 その理由は明らかで、彼は見た目が恐ろしく良いのだ。


 神の子ではないかと囁かれるほど、圧倒的かつ陽気な美を持つ青年。

 アレン皇帝に欠けていた最大の要素である「カリスマ性」を生まれながらにして持っているというだけで、彼は今の地位を確立してしまった。


 部下が馬鹿なだけでシオン皇帝は悪くない。

 多くの民はそう信じているとクロードは言う。

 

 そもそもシオン皇帝は政治軍事に口を出さず部下任せにしている。

 皇帝になる前としていることが変わらない。

 

 ただ、より裕福になったことで金遣いは荒くなった。

 好きな画家や作家が生活に苦労しないよう援助したり、都に巨大な劇場を作っては通いつめ、大好きな母のために大きな屋敷を設計させる。

 

 それでいて迫害を受け続ける奴隷達については何もしない。


「しないんじゃ無くて、知らないのかも」

 

 エリアは言うが、俺は騎士に暴力を受けたあの少女のことを一生忘れない。

 芸術と文化にしか関心がないことはわかるが、バランス感覚に欠けた人物が国を治めると、後々ろくでもないことが起こるというのは歴史が物語っている。


 かくして皇帝は俺の目の前にいる。

 皇帝の使者としてソウルと名乗ってはいるが、無理がある。

 

 子供の絵本に出てくるような、赤いマントの王子さまそのものなのだ。

 そもそも王冠かぶったままだし……。

 

 もしかして口ひげだけで変装だと言い張るつもりなのだろうか。

 栗色の地毛と色違いの白いひげで……。


「忙しいところごめんね」


 皇帝に近い立場の使者、というわりに、随分馴れ馴れしい口調。


 一方、客人を向かい入れたカムイさんは相手に対し、こびもせず偉ぶりもしない、絶妙な態度を見せる。

 

「こちらこそ主が間に合わず申し訳ありません」


「いいのいいの。こっちが急だったし、時間を作ってくれただけ助かるよ。エノクの耳に届いてくれさえすればいいんだから」


 ニコニコ呟きながらは部屋を一望する。


「いいね。全部アレニナの家具で統一したと見せて、椅子だけエンゾのものを使ってる。さすがエノクだ」


 こういう所の見る目はさすがにあるらしい。ただし俺には皆無なので、芸術的な話には関わらないでおこうと、外を見続ける形で陛下に背を向ける。


「彼がエノクの弟子、クラウスです。クラウス、皇帝の使い、ソウル様ですよ」


「うん。わかった……」


 いちおうクロードとリハ的なものはしたけど、いざ本番となると声はうわずるし、体は油切れみたいにギコギコ動くし、視線もどこを向いて良いかわからない。


 なんか、カーテンの奥にいるエリアに笑われた気がして、もうこうなりゃやけくそだって気になってきた。


「用件をどうぞ。私もあまり時間が無いので」


 本当はもっと慇懃に振る舞えと言われていたが、エノクが上から目線だったから弟子もそうなんだろうと勝手に解釈して、尊大で寡黙な魔術師にキャラ変した。

 きっとクロードは焦っているだろうが、彼に「おおらか」と称されたソウルことシオン皇帝は笑顔で頷くだけだった。

 

「じゃあ、座ってもいい?」


「どこでもどうぞ」


 シオン皇帝がソファに腰掛けるのと同じタイミングで俺も椅子に腰掛ける。


「カムイ、悪いんだけど外してくれるかな。これから話すことは機密運営なんだ」


 機密事項だろ。


「承知しました」

 音も立てずに部屋を出るカムイさん。

 これは予想していたことだ。


 向かい合う二人の男。

 皇帝の使者、の振りをした皇帝。

 エノクの弟子、の振りをした地球人。

 変な絵面だ……。  


「で、どうしました?」

  

 顔の前に両手を出し、手の平を合わせてスリスリするという、ホームズの有名なクセを意味も無くやる。

 やってみたかったんだよ。


「これを見てほしいんだ」


 紙の束を手渡される。

 

 困ったことに、俺はこの国の文字がまるで読めない。


 とりあえずエノクがエルンストの手紙を扱ったときの仕草、指でつまんだり、表面を撫でたり、匂いを嗅いだりといったことをやってみたあと、


「説明してもらえますよね」


 もったいぶった感じで言ってみる。

 

 中身はわかるけど、一応、依頼人の口から情報を開示してちょうだいよ、中身はわかるけど、って感じのテイ。


 わかったよと頷く皇帝。


「詳しいことは機密運送だから抽象的になっちゃって申し訳ないんだけど。これはね、僕の大事な人がいて、その大事な人が大事に思っている人がいて、その大事な人が守りたいと思っている人達の名前が書かれた大切なリストなんだよ」


「……」

 今の言葉、きちんとメモればそれなりに中身もわかるかもしれない。

 ただあの時の俺は音として聞いてただけだったから、


「すみません、もう一回良いですか」


「ごめん、ややこしいよね」

 皇帝はてへっと笑う。

 この笑顔の美しさは悪魔的だ。男も女も釘付けにする。


「まず僕の大事な人がいる。で、その大事な人にとっての大事な人がいるわけ。でそのだいじ」


「すいません。最初の大事な人ってのは、皇帝陛下のことですよね、つまり依頼人」


「うん、そう。考えてみりゃそこはぼかす必要なかったね。じゃあやり直すけど、皇帝陛下が大事に思っている人がいるわけ。で、その大事に思ってる人が大事に」


「もういいです。とにかくこのリストに書かれた人達がどうしたんです?」


「いなくなっちゃったんだよ。見つかんないの」


「全員?」


 リストは実に10ページ以上あり、記載されている名前は多分、50人以上だ。

 それが全員行方不明?


「全員じゃないよ。リストの一番上から順番に、今のところ十三人」


「なんでまた」


「わかんない。だから来たの」


「そりゃそうか」


 はっはっはと笑いあう、絶望的に馬鹿な状況。


「でねクラウス。これが誘拐だとするでしょ」


「誘拐ですね」


「そうそう、事故ね。もし事故だとするとさ、次に危ないのはリストの十四番目のアーミィだと思うんだ」


「でしょうね」


 皇帝は小さく首をかしげ、唇に指をあてて悩ましげにうめく。


「アーミィ凄く綺麗な子猫ちゃんだから、守ってあげてほしいし、いなくなったみんなも見つけてほしいな。みんな可愛いし、僕のことも可愛いって言ってくれるから」


 僕って言っちゃったぞ……。


「ってわけだから、あとよろしくね。無事見つけてくれたら手紙でも書いて送って。お礼は欲しいもの何でもあげるからってエノクに伝えてね」


「わかりました……」


 もしかしてこの皇帝、どんな人間にもこういう感じで、くださいって言われたもの無条件で与えたりしてないよな。


 とにかく皇帝は満足そうだった。


「クラウス。またね」


 まるで赤ん坊のような笑顔で皇帝はエノクの門を後にした。

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