第22話 思わぬ客人
「なるほど、取り乱されたというわけですね」
目が覚めたカムイさんは荒れ果てた広間を冷静に見つめている。
「そしてこの部屋を出て行ったと」
「はい。少し寝ると言って……」
寝られても困ると俺は追いかけた。
しかしエノクの寝室はカギが閉められ、こちらから入ることはできなかった。
「なんだかすまん。こんなことになるなんて……」
おそらく、想像していた最悪のさらに上を行く状況だろう。
目を覚ましたクロードとエリアは呆然とするだけだ。
途方に暮れるだけの時が流れると思いきや、カムイさんが俺の肩に手を置いた。
「気にすることはありません。しょっちゅうですから」
「しょっちゅう……」
「ですが、ああなると一週間は寝続けます」
「いっしゅうかん……」
カムイさんは驚くほど冷静に主を分析している。
「エリア様の言うとおりなのです。あの方は仲間を失い、目的を失い、やり甲斐も奪われ、焦っておいでなのです。その上、自分より優れた魔術師と出会ったことで、唯一の支えだったプライドまで失ってしまったのでしょう」
「そこが勘違いだっつうのに……」
未来の自分が作ったギアなんだから勝ち負けでいったら勝ちだろう。
喜んで欲しかった。
「なるほど、ふてくされちゃったわけだ」
エリアは妙に楽しそうである。
「なんかホッとしちゃった。あの人も完璧じゃないんだ」
「それは何よりでございますが、今は時が悪い」
カムイさんは困ったと溜息を吐く。
「これから客人が来られます。この方を無視するわけにはいきません。実を言いますと、超大物なので」
「差し支えなければ、どなたかなのか教えて頂けますか」
「シオン皇帝です。頼みたいことがあるそうで」
クロードもエリアも奇声を上げるくらい驚いた。
「どういうことです?! 俺は彼に会うためにここに来て、いきなり日程を変えられて、延々待たされることになってるのに……!」
カムイさんは、そんなこと知らんとばかりに冷静に首を振る。
「正確にいえば、皇帝の使いが来ることになっております。しかし部下を使えば我が主と接触したことがネフェル様の耳に即座に入ってしまう。ご承知と思いますがネフェル様と我が主は揉めております。ですからシオン様がお忍びでここに来るしかないのです。バレバレの変装ではありますが、あくまでも皇帝の使いが来るというテイで接する必要がありまして」
「なら……、私と妹はここにいるべきではない……」
悔しそうに溜息を吐くクロードだが、エリアはこれでもかと前向きだ。
「収穫はあったよ。エノク様も悩んでる。僕たちの話も一応は聞いてくれた。だったらまた来れば良い。思いは伝わる。ね、ジェレミー」
その言葉に俺の心は動かされた。
「そうだな。一回で諦めるのは間違いだ」
孔明を軍師に迎え入れるために劉備がしたことを俺は思い出した。
今度クロードに教えてやろう。
「お待ちください」
カムイさんは慌てたように俺たちを呼び止めた。
「ぶしつけですが、陛下と会って頂きたいのです。主がふて寝をしている今こそ逆に良い機会だと私は思っておりまして」
「……と、言いますと」
「主がいつまでも腐っているのを私も良く思っておりません。こうするのです。皆様が我が主の代わりに陛下の依頼を聞いてそれを解決する。さすれば校長就任の話を前向きに考えるよう取り計らうと私が持ちかけた、という形にするのです。こうすれば我が主は動かざるを得なくなる」
カムイさんの話は、曇り空から太陽が顔を出したような、とても前向きになれる内容であったに違いない。特にクロードにとっては。
「願ってもない話です。ですが……」
クロードはエリアと目を交わし、苦い顔をする。
「われわれはその、陛下と過去に色々ありまして……」
「承知しておりますよ。エリア様の求婚をシオン皇帝が断ったから、エルンスト様は怒ってネフェル様への協力を止めたと」
「ああ、やっぱりそうなってる!」
冗談じゃないよと全身をバタバタさせる姫君。
「僕が! あの子を! 振ったの! あんなお坊ちゃま、タイプじゃない!」
また他人に聞かれたらヤバそうなことを叫ぶが、
「ジェレミーも誤解しないでね。僕はシオンなんかどうとも思ってないからね!」
「そんなに取り乱すなよ。なんでそんなに焦ってるんだ」
「……えっと、それは」
なぜか顔を赤くして黙るエリアは放っておいて、
「とにかく……。私もお二人が陛下と顔を合わせるのは、まずいと思っております」
「となれば」
クロードのカムイさんの視線がまっすぐ俺に向かう。
「俺が会うってのかえ?!」
驚きのあまり、リアクションが歌舞伎の女形みたいになってしまった。
「その通りです。あなたはこれからエノク様の一番弟子。多忙でどうしても来られないエノクに変わって話だけ聞いておきますと、それだけでよいのです」
「いやいやいや、無理無理無理です。エラい人との接し方とか何にも知らないんですよ。失礼な態度で相手を怒らせたらヤバいでしょ」
「問題ない。シオン様はおおらかだから、その点あまり気にしない。それにここに来るのはあくまでも皇帝の使者なんだ。普通に接して普通に話を聞いて、わかりました、お任せください。エノクに伝えますと、それだけでいい」
そうと決まれば早速着替えと、問答無用で事態が動き出す。
「法に反することですが致し方なし、今から首の刺青を消します」
「え、そんなことできるんですか」
「ええ、三日程度効果が続きます」
「そりゃすごい、って、ちょっと!?」
いきなり箱からベビーパウダーみたいな粉をつかみ、塩を撒く力士のごとき勢いで俺にふっかけてくる。
「また、粉……!」
さらに苦水を一気飲みさせられたり、やたら熱を帯びたタオルで首をゴシゴシこすられて、ようやく刺青が消えた。
どこから持ってきたのか漆黒のローブを着せられ、それっぽい杖まで持たされる。
どちらも材質がいいからか、身につけてもコスプレ感が無く、鏡で見ていると段々その気になってきて、自分が怖くなる。
準備が整うとカムイさんは屋敷の最下層にある客間に俺たちを連れて行った。
そこは1890年代のイギリス、ビクトリア朝を思わせるアンティークな家具がひしめく、俺的に大好物の部屋。
そう、まるでシャーロックホームズが住んでいるような……。
「これはいいぞ……」
部屋を一望して、俺はのろけた。
「なんだかその気になってきた……」
「そりゃ良かった」
クロードとエリアは満足げに頷くと、
「じゃあ、頑張ってね、陰から見守ってるから」
部屋の隅にある衣装タンスとカーテンの陰にそれぞれ身を隠す。
「いらっしゃいました。お連れしますよ」
カムイさんが襟を正して部屋を出て行く。
全く予想していない展開。
帝国で一番偉い男とこれから会うとは。
これ、地球のプレイヤーも同じ展開になっているのだろうか……?
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