第21話 そろそろ禁句

 エノクの眼差しは厳しかった。

 彼女は俺を容疑者のように見ている。

 何もかもすべて白状させると決意しているように思えた。


「あなたはクロードに言いましたね。アダムの中身。ジーク、これを言えば私に会えると」


「言ったよ」


「言葉通りに動かざるをえなかったのは不快ですが仕方がない。兄はどうしてます? 知ってることをすべて話せば、まあ年に一度くらいクロードの学校に臨時講師として出向いてもいい」


 そこはせめて月一でお願いしますよと思ったが、そんな交渉できるほどの余裕はなかった。

 これは戦だ。

 エノクを味方に付けるための交渉戦なのだ。

 

 マーティだって過去のドクに会わなければ元の時代に帰れなかった。

 俺だって目の前の彼女が協力してくれないと時間切れだ。


 世界中の呪いを吸い尽くしたエリアの死に顔を思い出し、呼吸を整えた。


「あんたの兄はクルトといた」


「はああ? クルトですって?」


 呆れたように万歳するエノク。


「クルトのことは知ってます。さした力もないのに手に余る実験で無様に死んだ、実に立派なお馬鹿さんです」


「いや生きてる。あの兄弟にも聞いてみろ。俺はあんたの兄貴に頭を割られて、死にそうになったんだぞ!」


 俺はすかさずエルンストから預かっていた手紙を突き出した。


「これは透視できなかったみたいだな」


「あら」

 目をぱちくりさせるエノク。


「なかなかの防御魔法。さすがエル。衰えてはいなかったと」

 

 嬉しそうにエノクは手紙の端をつまみ、撫で回し、匂いを嗅ぐ。


「エルの本命はあなただったというわけですね」


 優れた魔術師にとって、手紙は開いて読むものでもないらしい。

 

「あり得ない」

 エノクは鼻で笑って、手紙をぽいと投げ捨てた。


「何かと思えば、別世界の住人? あり得ない。おまけにファレルが生きているって? あり得ない! 彼らの亡きがらを私は見ました。埋葬にも立ちあった。終わりの始まりの、あの忌々しい事件。忘れるはずがない」

 

 俺を睨むエノク。


「今生きているそれらは偽物です。帝政の汚点と言える事件を持ち出すくらいだから、きわめて反抗的な輩に違いない。この件に関しては私から政府に警告しておくべきだとは思います。やっておきましょう」


 そして、私の分はここまでと手を打った。


「ではあなたの番です。兄について知っていることを話しなさい。嘘ではなく、本当のことを」


「嘘じゃない。あんたのアニキはクルトの隣にいて、重い鎧を着込んで、凄い力で俺の頭を割ったんだよ! 自分の意思と言うより、人形みたいに操られて……」


「人形? そんな状態で本人が名乗ったわけですか? 自分はジークだと? クルトが偽物なら兄も偽物の可能性がある。兄の名をかたる以上その不届き者はぶち殺しますが。それに頭を割られたと何度も言ってますけど、死にそうになるくらいのダメージを喰らったくせにあなたの顔には傷一つ残ってない」


「いや、あんたの兄で間違いない。あの人とはそこそこ付き合いがあって」


「付き合い? あなたは見たところ遊牧民で、アルバエウの生まれでしょう? 都育ちの兄とどこで接点が?」


「接点といわれりゃ職場……。あ、いや」


 まずい。話すべきでない領域に踏み込んじまってる。

 

「よく知ってはいるんだ。どう言えばいいのかわからないが……」


 ダメだ。

 すべてのスペックが上回る相手に隠しごとしたまま説得は無理だ。

 もう洗いざらいぶちまけるしか無いんじゃないのか。


「正直言う。アダムがあんたの兄さんだってこと以上のことは知らない。なんで人形みたいになったのか、経緯も動機も知らない! それ以上聞こうとしたって放っておけっていうから、あんたが」


「……わたしが?」

 口をあんぐり開け、漫然と俺を見るエノク。


「そう。未来のあんたが言ったんだ」


「……みらいのわたしが……」


 とうとうエノクは両手で顔を覆った。


「あなたと話していると頭がおかしくなりそう……」


「じゃあそうなる前に全部言っておく。ゲートが暴走してこの世界を飲み込む。破滅が起きるとあんたは言った。だから止めてくれって頼まれた。あんたにだ!」


「馬鹿馬鹿しい!」

 望んでいた結果とはまるで逆の反応をされた。


「ゲートが暴走なんてあるはずがない。まして暴走したところで国を滅ぼすほどの力がゲートにあるとも思えない」


 ビシビシと理詰めで追いこんでくるエノク。


「話せば話すほどわからなくなる。あなたが何者なのか、誰の差し金なのか、どこぞの作家も思いつかないホラ話をどこで考えついたのか。あなたに敵意を感じないからなおさら。つまりあなたは何かに取り憑かれているとしか思えない」


「……」

 いかん。

 このままだと放り出されるか、精神病院に投げ込まれるぞ。

 

 証拠だ。相手を黙らせるには証拠なのだ。

 俺が未来から、しかも別の星からやって来たという……。


「見てくれ。あんたが作ったんだ」


 アンディを取り出し、突き出す。

 三級奴隷が持つにしてはあまりに美しいギアにエノクは釘付けになる。


「ゲートの力でこれは動いている。今は燃料切れでただの置物だけどな。あんたの家にも……」


 何はともあれ充電させてほしいと俺は訴えたかった。


 しかしエノクのカッと見開いた目を見て言葉を失った。

 

 ペタペタとアンディに触れ、光沢ある板に映り込む自分と激しいにらめっこをするその姿は、発狂という言葉を使いたくなるほどだった。


「負けた……」

 

 エノクはたった一言、そう呟いた。


「え?」

 俺としては予想外のリアクションに呆気にとられる。

 なんでそんな、穴の開いた風船のようにしぼんでいくのだろう。


「何度試みても上手く作れなかった理想のギアを、私とは違うやり方で完璧に作ってる。しかもこんなに小さく……、私ときたらこんな無様な大箱作るだけで精一杯だというのに!」


 憎々しげに天井を見上げるエノク。


「私を笑いにきたのでしょう! 私より先を行く魔術師が、惨めな私をコケにするためにあんたをよこしたんでしょう!」


 俺はただ戸惑うだけだ。

 技術的なことを言われてもわからないし、そもそも話を聞いていたのだろうか。


「落ち着け。これはあんたが作ったんであって……勝ち負けなんて」


 しかしもう無駄だった。


「こんなもの、こんなもの、もう必要ないっ!」

 

 座っていた椅子を何度も蹴りつける。

 その度に足場が震え、天井が揺れ、上から石が振ってくる。


「ヤバい! なんでこんなことになる!」


 落ちてくる石の数があまりにも多くて避けられない。

 一瞬死を覚悟した。

 しかし、石は発泡スチロール並みの柔らかさで、当たったところで痛くも痒くもなかったから、避けるのは止めて、浴びるだけ浴びることにした。


「もう……どうなってんだよ」


 過去の私に会うときは気をつけて。

 そう言った彼女の忠告をもう少し深く考えておくべきだった。


 ここまでめんどくさい人だったとは……。

  

 俺は待つしかなかった。

 今もなお眠るエリアとクロード、そしてキャラデザの向井さんに石がパカパカ落ちるのを見つめながら、エノクの癇癪が収まるのをただ待ち続けた。

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