転生奴隷の最初の冒険

第18話 奴隷と姫

 エクリア領内にいる間はクロードが乗る馬車に同乗した。

 しかし領外に出ると、一団の最後尾で歩くことを求められた。


 クロードの名誉のために言うが、決して差別的な行為ではない。

 むしろ俺の身を案じてくれたこそ、俺は最後尾を歩く。


 三級奴隷が、帝国市民であるクロードと対等にいると気づかれたら騒ぎになる。

 

 帝都を歩く騎士が、

「汚らわしい、身の程を知れ」

 と俺に斬りかかっても、罪にはならない。


 ならば奴隷だと悟られぬように、三級奴隷を表す首の刺青を隠せと言う人もいるだろうが、それもできない。

 隠せば逆に自分の立場を証明してるようなもんだし、奴隷が己の立場を偽ったり、首の刺青を見えないよう細工するのは法律で禁止されているそうだ。


 俺が帝都で安全に過ごすには、奴隷嫌いの帝都の皆様方をいたずらに刺激しないことが大事だし、そのためには奴隷らしく振る舞うのが一番無難なのだ。


 というわけで、俺は帝都で一番でかい月光門と呼ばれる広場にいる。

 クロード一行のような規模のでかい使節団や、軍隊の移動で使用される特別な場所らしい。


 なぜか、半日以上もそこで足止めを喰らっていた。


 この一団には俺以外にも十人ほどの三級奴隷がいて、荷物持ちとか、馬の世話や糞の処理といった仕事に携わっていた。

 三級奴隷だけは門をくぐることを許されず、都の外でテントを作って事態の進展を待っている。

 俺に従えと言われたエリアは門の中に入らず、他の奴隷達とババ抜きをしながらゲラゲラ笑っていた。

 この世界にも柄や数字の違いはあっても、トランプは存在した。少し安心する。

 

 クロードからエリアに手紙が届いたのはそこからさらに半日、要するに、一日野宿したということになる。


「はは。いきなりトラブルだ」


 積まれたカードの山に手紙をポンと置く。

 ほうほうと興味深げに奴隷達が手紙をじっと見る。

 三級奴隷が字を読めるというのは、他の町では考えられないことらしい。 


「シオン皇帝多忙につき、表敬訪問の日時、無期限延期にされたしと。参りましたなあ、こりゃあ」


 ひっひっひと笑う老人。


「ならば太后様に会えば良いではないかのう」


 太后ってのは、皇帝の母親のことだろう。


「ネフェルさまこそ、まことの皇帝だというじゃございやせんか」


 老人の指摘にエリアは肩をすくめた。


「おじいちゃん、そういうことあんまり口走んない方が良いよ。帝都は怖いんだから」


 イタズラっぽい言い方。エリアの持ち札が残り二枚になった。


「僕が思うに皇帝が多忙なんじゃなくて、きっと皇太后が多忙なんだよ」


「そりゃまたなぜ」


「決まってるじゃん。新しい男のところだよ」


「そりゃそうだ」


 いっひっひ、くっくっく、あっはっは。

 下品に笑いあう奴隷と姫君。


「お前こそ、口を慎め」


 クロードがテントに入ってきた。

 

 エリアにはため口だった奴隷達もクロードを見るや、カードを投げ捨て、深々頭を下げる。


 クロードは小さく頷くと、俺とエリアに外に出ろと視線で合図を送る。


「私ら以外に待ちぼうけ食らってる連中が三つ。少なくとも三日は待たされること確定だ。まったく向こうから日時を決めておいて直前になるまで……」


 真面目なクロードの、帝政に対する不満と愚痴が続いたので割愛する。


「ただ待つなんて冗談じゃない。俺もエノクさまに会いに行く」


 さらにクロードは着替えを持ってきた。


「いかにもエクリアから来ましたなんて格好は止めた方が無難だ」


 たしかにエリアもクロードも身につけているものすべてにそれとわかる一族の紋章がある。

 

「正式な外交だし、別に知られても良いと思うけど?」


「ダメだ。何が起きるかわからない」


 クロードは溜息を吐く。

 とても辛そうな顔だ。

 

「今の都は俺たちが知っている都じゃない」


「どういうこと?」


「行けばわかる。とにかく着替えろ」


 乱暴に着替えを投げ渡す。


「はいはいっと」


 女中さん達が着替え専用のテントを大急ぎで作ろうとしたが、エリアは人の目などお構いなしにいきなり上着を脱ぎだした。

 美しい肌と真っ白な下着があらわになり、女中さんは悲鳴を上げ、近くにいた兵隊は慌てて視線をそらす。


「ああいう奴なんだ」

 

 クロードは心底呆れたように呟きながら、俺に耳打ちする。


「さっき情報屋から聞いたんだが、エノク様はもう城にも顔を出さなくなったそうだ。陛下は気にしていないようだがネフェル様はとてもお怒りで、いろんな要職からエノク様を外したらしい。今は屋敷にこもって何をしているかまったくわからないと……」


 なるほど、無職の引きこもりってことか。


「俺が知っているエノク様は少々高飛車ではあったが、心根は優しい人だった。しかし、もう思っていた方とは違うのかもしれない。これだと会ってくれるかどうか、それすら難しく思えてきた」


 困惑するクロードだったが、俺はその点余裕だった。


「会うのは簡単だ。魔法の言葉を知ってる」


「そりゃ凄い。凄いけど、いったい……?」


「アダムの中身、ジーク。これで一発だ」


「そ、そうなのか……?」

 

 ためらうクロードに俺は自信たっぷりに頷いて見せた。

 

 間違いなくその言葉でエノクは俺に会いたいと思うはずだ。

 ただ問題はそこから。


 新学校の校長になってくれるのか……。

 ゲートやファレルについて教えてくれるのか……。

 そして俺が一番知りたい、この星で起きる破滅のこと……。


 あまり良い精神状態にあるとは思えないエノクとどう接するべきか……。


 うーん……。

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