第17話 ゲート

「ジェレミー! 良かった!」


 俺を見るなり、エリアは歓喜の声を上げ、まるでアメフト選手のような勢いでこっちに向かってきた。

 あまりの勢いに俺は怯んだが、エルンストの冷めた眼差しに気づいたエリアはピタリと動きを止めた。


「失礼しました……」


 咳払いをしながら、エリアはゆっくり俺の横に座った。

 何も言わずに左手を俺の右手に乗せてきたので面食らったが、エリアはまっすぐエルンストの方を見つめている。

 その横顔を見て、俺がどれだけ安心したか、どんな表現を使っても足りないだろう。

 あの青ざめた醜くて哀れな死に顔を、太陽のように生き生きとしたエリアに上書きできたのだから。


「知っての通り、ザクロスの町の面倒を私が見ることになった」


 と呟くエルンストの顔には「ああ、めんどくせえ」という心の声がもろに出ていた。


「明日、ザクロスに向かう。その間のエクリアはクロード、お前に任せる」

 

「承知しました」

 ややうわずった声で返事をする長男。

 こうなることはわかってはいるが、どうしても緊張するといった感じだ。


「悪いがロランやミーガンも連れて行く」


 後で聞いた話だが、ロラン氏とミーガン女史はエクリアにおける飛車角みたいな重鎮だったので、彼らの配置換えを聞いたクロードは、おいおい、まじか、聞いてねえぞと、内心めちゃくちゃ焦ったらしい。


「彼らの代わりはお前が自由に選んで構わない。お前のやりたいようにやりなさい。その意味、わかるね」


「あ、はい……」


 妙に含みを持ったエルンストの言葉にクロードは何かを察したようだが、それ以上この話は進展しなかった。


「まず都に行って陛下に挨拶に行くことだ。私が一筆したためておく」


「ありがとうございます。私もそうするべきだと思っていました」


 すぐ支度をしますと立ち上がるクロードをエルンストは呼び止める。


「必ずジェレミーを連れていくことだ。都で彼が何をしようと自由。それを承知しておくように」


 ちらっと俺を見てエルンストは頷いた。

 なるほど、エノクに会うために手をまわしてくれたのか。


「わかりました」

 満足げなクロードの笑みを見ると、言われなくても連れて行くつもりだった感がありありと出ている。


「さてエリア」


「はぁい……」


 不満げな表情。

 こういう会議があると決まって留守番になるらしく、どうせまた退屈な仕事振られるだけだと思っているようだが、


「お前はジェレミーに付いていけ」


「え、ちちうえ……!?」


 まさに開いた口が塞がらない状態。


「目の前にいるのは本当に父上ですよね」


「勘違いするなよ。ジェレミーを連れ回すのではない。ジェレミーに従うのだ。クルトに付いていたアダムのように忠実にな」


「もちろんです!」


 勢いよく立ち上がり、拳を握ってファイティングポーズまで見せる。


「ジェレミーには傷一つ付けさせません!」


 そしてちらりと俺を見て、頬を赤くした。


「だって約束したもんね」


「……」

 そんな話、したっけ?

 と、あの時の俺はこんな状況だったりする。


 クルトと戦っていたときに、ギアの効き目が及ぶ範囲から出るなと言うつもりで、俺のそばから離れるなと叫んだことがこういう状況を作ってしまったらしい。

 

「では動け動け!」


 エルンストがパンパンと手を叩くと、クロードやエリアだけでなく。大勢の部下の皆さんが飼い慣らされた犬のように一斉に動き出す。


 城内がまるで新宿駅のように騒がしくなる中、俺はそっとエルンストに近づいた。


「ゲートについてもう少し聞いておきたいんですが……」

「なんでも聞いてくれ。君の考えは貴重だ」


「ゲートを使った移動をしたときに、不具合みたいなことってありました?」


「不具合?」


 エルンストにとっては思いも寄らない言葉だったらしい。

 おでこにしわが集まるくらい険しい表情になった。


「例えば、思ってたのと違う場所に行っちゃったとか、全然動かなくなって足止め喰らったとか……」


「……」

 右手で口を押さえ、過去の記憶を辿るエルンスト。


「なかった。ゲートに関するトラブルめいたことは、今まで一度もなかった」


「そうですか。ならいいんです」


 スッと引き下がろうとする俺の腕をエルンストはぐっとつかんだ。

  

「そのようなこと考えたことがなかったが、考えておくべきことかもしれない。ファレルが生きているとして、あの子がゲートをどのように扱っているのか……」


 俺が思っている以上にエルンストは動揺していた。

 聞くべきじゃなかったかと俺がためらうくらいに。


「調べてみよう。君はとりあえずエノクを頼む」


「わかりました」

 

 一応返事はしたものの、


「ん、頼むってのは?」


 当然沸いた疑問に対し、エルンストは柔らかい笑みを浮かべた。


「詳しい話はクロードに聞くと良いだろう」


 翌日、クロードは部下を引き連れ、エクリアを出て、都に向かった。

 皇帝への挨拶というれっきとした接待外交のため、馬車や荷車を何台も引き連れての大々的な移動だ。


 俺とエリアはその一団に加わらせて貰っている。

 帝国の都、ベルペインまではエクリアから三日かかる。


 その道のりで、クロードからエルンストの真意を聞かされた。


「エクリアに大学を作るのが私の夢なんだ」


 クロードは熱っぽく語る。


「やりたいようにやれと言ってくれただろ。あの言い回しと父の顔を見てピンと来た。計画を実行するときだってね。君を都に同行させる意味もここにある」


 つまり、どういうことか。


「校長の職をエノク様に頼もうと思ってる」


 その人選に驚いたのはエリアだ。


「エノク様は兄上と同い年でしょ。それが校長?」


 クロードはやんわり首を振る。


「年齢に意味は無い。大事なのは能力だ。帝国一の魔術師エノクこそ、エクリア騎士学校の校長にふさわしい。このまま山奥にこもらせるなんてダメだ。表舞台にもう一度出てもらわないと」


 なるほど、つまり。


「俺がエノクと交渉してエクリアに連れて帰る。そういうことか」


「その通りなんだ。是非お願いしたい」


 苦笑するしかない。

 俺の前職は機械オペレーターであって、営業ではない。


「ふさわしい人選とは思えないな。そもそも奴隷の俺にエノクが会ってくれるのか? 門前払いが目に見えてる」


「そんなことないよ」

 エリアが熱っぽく俺を説得する。


「父上が言ってた。エノク様にとって大事なのは、面白いかどうか、それだけだって。その基準で言えばさ、ジェレミーはエノク様の大好物だよ」


「私も同感なんだ。門前払いを喰らうのはどちらかといえば俺たちの方だろう。エノク様にとっては俺ら兄妹なんか退屈でしかないし、むしろ毛嫌いするタイプだろう。君こそ適任なんだ」


 ここで一つわかったことがある。

 クロードは日頃は自分のことを「私」と言うが、熱がこもってくると「俺」という表現に戻ってしまうようだ。


 奴が俺を必死で説得しているとわかると、自然と笑みがこぼれた。

 

「問題ないよ。俺も彼女に会いたかったから、ありがたい話だ」


「そうか。良かった……」


 安堵の溜息を吐くクロード。

 父から受けた大役に重荷とやり甲斐を感じ、なんだかんだ楽しんでいる様子。

 

 そして久しぶりに都に行くというだけでエリアはワクワクが止まらない。

 

 それぞれに充実した時を生きる兄妹だが、


「だけどな。期待に応えられるかといったら、どうだろうな……」


 俺は正直に不安を吐露した。

 俺個人の能力が足りないとか、そういう次元の問題じゃない。

 

 多分、劉備玄徳や豊臣秀吉ですらエノクを説得できないと思う。 


 俺は気になっていた。

 地球にいるエノクが気まずそうに口にした、


「あの頃の私は、すごく、尖っている」

 という言葉が。

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