第16話 エルンスト
クロードとエリアの父、エルンストは現在、職場であるエクリア城にいるという。
俺の体調を気遣うクロードだったが、エルンストに会いたいという俺の熱意に圧倒され、すぐに馬車を手配してくれた。
城に向かう間、クロードは色々教えてくれた。
一週間も眠り続けていた間に起きたことだ。
エリアの作ったヤバい薬をガバガバ吸って俺が倒れた後、クルトとアダムは不思議な力で姿を消した。
覚えてろ、今度は絶対殺すなどなど、可愛い顔に似合わない罵詈雑言を撒き散らしながら、水に溶ける紙のようにクルトは消えたという。
「あちこち探してるけど見つからない。目撃者も皆無だ。あんな不思議な力は初めて見たよ、いったいどこに行ったんだか……」
ゲートの存在を知らないクロードにとっては謎でしかないだろう。
そして一歩間違えばすべての民が最下層の奴隷になるところだったザクロスの町。
今の町長ではやっていけないといった内容の書状を帝国に送り、さらにモンスターと化した町長を差し出した。
これには帝国政府も驚き、町長は逮捕された。
ただ、あいつが怪物と化したことは現在も公表されていない。
主を失ったザクロスの町を新たに治めることになったのが、他ならぬエクリアの市長、エルンストだという。
これはザクロスからの強い要望によるものだそうだが、明らかにふたりの兄妹の働きによるものだと言っていい。
奴隷の英雄であるエルンストの一族は、期せずしてザクロスの町まで手に入れたことで、帝国有数の一大勢力になったわけだ。
「ただ、私が書いた報告書を読んでから父は城の書斎にこもりきりで、私も会うのが一週間ぶりなんだ。そろそろザクロスの町に顔見せしないとあちらの民も不安になると思うし、とうとう帝国政府からも催促が来てしまって……」
一枚の書状を俺にチラ見せする。
早くザクロスの町に行って欲しいんだけど、どしたの? 具合悪いの? といった内容の手紙らしい。
にもかかわらず「こちらが良いと言うまで書斎に入ってくるな」と部下に厳命したまま、一週間出てこないエルンスト。
なのに、俺が目覚めたと聞くや、すぐさま書斎を飛び出し、一週間ぶりに風呂に入り、身だしなみを整え、部屋の中を整理し、最高級の紅茶と仰け反るくらい美味いケーキで俺を出迎えた。
秘書やクロードも入出を許されず、俺はエルンストと1対1で向かい合っている。
イメージ通りの人だった。
白髪がよく似合う、長身で、背筋がピンと伸びた、紳士的な佇まい。
心の内すら読み取っていそうな鋭い眼差しだが、笑うと子供のように無邪気さが溢れる。
こりゃイケオジの最高傑作だと半ば見とれてしまった。
彼が短い間に作り出した最高のもてなしに、俺はすっかり心地よくなっていた。
「私は先代の皇帝のおかげで、それはもう奇妙で愉快な冒険を楽しんだよ」
エルンストは懐かしそうに壁に飾られた一枚の絵を見る。
着込んだ鎧や背景の海まで、写真のように精密に描かれた絵。
そこにいるのは二人の男、一人の女、一人のこども。
一人は間違いなく目の前のエルンストだが、他の三人はわからない。
「アレン、セシル、エノク。彼らと随分長く旅をした……」
エノク……。あのちっちゃい子供がエノクか……。
背丈といい、生意気でやんちゃな笑顔といい、まだ幼稚園児にしか見えない。
「せがれの報告書を読んでから、かつての冒険の記録を振り返ってみた。思い当たる出来事と照らし合わせて、君のことについてあれこれ思案してみた」
エルンストは絶妙のタイミングで紅茶を飲んで、間を作った。
「おそらく君は、ジェレミーでありながらジェレミーでないのだろう。外は哀れな遊牧民のジェレミーだが、中身は別人だ。そうじゃないかね?」
「……」
唖然とした。
いきなり真相を突かれるとは思ってもみない。
どんな手を使ってでも接触しろとエノクが言う意味がわかる。
「その通りです」
「正直に答えてくれて嬉しく思う」
エルンストは満足気に頷いた。
「念のため聞かせてほしい。この国はアレンを失い大いに迷走している。ゆえに、この状況を何とかせねばと強い決意を抱いているものらがあちこちで現れている。君もその一人かね? どんな答えであろうと危害を加えるつもりはない」
「いや、俺はただの死に損ないです」
笑いながら答えた。
「自分がなんでここに来たのか、これから何をすりゃいいのかもわかってません」
俺もさっきのエルンストを真似て、皿のケーキを切り分ける動きでタメを作ってみた。しかしケーキが柔らかすぎてスパッと割れず、なんかぐちゃっとした。
「ただ、ふたりのご子息にはとてもお世話になりました」
俺の本音である。
「あのふたりの行く道というか、進んでいく姿を見届けたいっていう思いはあります。今はそれだけです」
「とてもありがたいことだ……」
エルンストは両目を閉じ、考え込む。
「君が持っていたギアはとても興味深い。あれに流れる術式はエノクのものだね」
「その通りです」
「あれほどの業物、彼女以外には作れまい。彼女には会ったのか?」
「おかしな言い方と思われるでしょうが、一度も会ったことがないんです」
無論、この星に限ってのことだ。
なのに面識がないはずのエノクが作ったギアは持っているという。
我ながら矛盾しているとは思うが、ありのまま答えるのは不安だった。
「ふむ……」
考え込むエルンストに、俺は探るように尋ねる。
「ゲートについてはご存じですよね」
ハッと顔を上げるエルンスト。
「もちろん。あれのおかげで世界中を旅したからね」
「このギア。ゲートの力で動くんです。で、動かしたいんです。動かないとただの置物というか、クッションにすらならない」
「なるほど……」
エルンストは困ったような顔であごをさする。
「力になってあげたいが、あいにくあの秘密の花園のゲートはクルトのせいで粉々になってしまった。あれ以外の場所を私は知らないんだ。アレンはセシル以外にゲートの場所を告げなかったし、あの時の私にはどうでも良いことのように思えたし……」
俺は落胆したが、エルンストは目を閉じて考え込む。
「ただねえ。ひとつひとつが繋がっている気がするんだよ……」
呪文のようにぶつぶつ呟くと、やがて目を開く。
「帝国の中でゲートを自在に扱うことができたのはアレンだけ。しかし彼の晩年に同じ能力を持つものを偶然見つけてね。喜んだアレンは彼女を後継者にしようと考えたんだが、残念ながらその子は不幸な事故で亡くなってしまった。彼女を養子にしようと考えていたセシルはそれはもう落胆したよ。その子の名がファレルと言うんだ」
「おおう……」
「ファレルが亡くなった事故というのが、帝都の騎士学校で起きた爆発だ。他国に進撃せず融和政策を重視するアレンに不満を抱いた学生たちがいてね。君に惨いことをしたザクロスの町長は怪物になったそうだが、その類いの実験に奴らは夢中になり、しくじった結果、あの爆発事故が起きてしまった。その死亡者リストの中には無論ファレルがいる。クルトもいる。なんならあの町長の名前もある」
「おおおう……」
うめき声しか出せない。
「死んだはずが、死んでなかったってことですか……」
「そういうことになる。クルトとその相棒は瞬間移動で君を追い込んだ。その背後にゲートの使い手であったファレルがいると考えるのは自然なことだ」
さらにエルンストは言う。
「爆発事件の調査を担当したのがエノクなんだよ。彼女に話を聞くべきだろう。それに彼女ならゲートにも詳しい。むしろ第一人者と言って良い」
「あいつ……」
俺はエルンストに聞こえないくらいの声で怒った。
そんなこと一度も言わなかったじゃないか……!
「エノクは今どこにいますか?」
「帝都にいるはずだ。アレンとセシルが死んでからすっかり引きこもっているようだが、そろそろ表に連れ出さないとね。友人としての義務だ」
エルンストは素早い動きで立ち上がると、机にあった鈴を鳴らして秘書を呼び出し、こう言った。
「クロードとエリアをここへ」
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