第15話 アンディ
目が覚めた場所は、やはりエクリアの市長、エルンストの屋敷だった。
どこぞのゲーム会社の、殺風景でおもてなし感ゼロの部屋と違い、上質かつ目に麗しい高級感漂う部屋で、甘いお香に包まれながら、この上なく快適に起床した。
部屋には俺しかいない。
窓の外では赤い実を付けた木々が気持ちよさげに風に揺らされている。
ベッドのそばにある小さな円卓に、花畑で拾った木製のギアが置かれていた。
これこそ俺が所持する唯一のギアだ。
確かアンディキティラの歯車とかいう奴で、言いづらいし書きづらいから、これからはアンディと呼ぼう。
俺以外の人が見ればただの板でしかないのに、それでもちゃんと取っておいてくれるところに、どこぞのゲーム会社とは違う品の良さを感じる。
この誰もいない時間を利用して、俺はアンディを起動した。
青い画面に白文字のメッセージが浮かび上がる。
ゲートを感知できません。
オフラインモードに移行します。
帰還、ギアの発動、地球とのリンク機能を行いたい場合はゲートに繋いでオンラインモードに切り替えてください。
ということらしい。
オフラインモードでできることは限られている。
取説を読んだり、メモを書いたり、それくらい。
俺はエノクの指示通り、取説を読むことにした。
最近は取説なんか読まなくてもゲーム内で基本的なことは教えてくれる親切仕様だけれども、今回はそうはいかない。
というわけで以下、取説。
選ばれしあなたへ。
このギアは長い時間をかけて、久野英美里こと、エノクが作り上げたものです。
元々才能に恵まれていた上に、誰もが振り向く麗しい容姿まで持っていた優秀な術者である私が、帝国時代に涙ぐましい努力で磨き上げた魔力と、日本で吸収した職人的技術を見事に融合させて作り上げた最高傑作といって良いでしょう。
起動している間は発売されたギアズとは若干バージョンが違う、魔力が込められた特別版をプレイできますし、他のプレイヤーの行動履歴も閲覧できるようになります。大いに使ってください。
そうそう。大事なことを伝えておきます。
このギアがなければあなたは故郷に帰れないし、私の故郷に向かうこともできない。ですから、これだけは肝に銘じておくように。
無くさない!
そして、壊さない!
さらにもう一つ、
残念ながらこのギアは大量の魔力を消費します。
燃費は最悪です。
ランボルギーニ、ムルシエラゴ並です。
しかもこのギアはゲートの魔力でしか動きません。
いわばハイオク仕様です。
ですからバッテリー残量には常に気を配ってください。
かつてアレン皇帝がしたように、自分だけのゲートを確保しておくと良いでしょう。秘密基地を作っておくんです。
しつこいようですが、あと一つ。
私たちが地球におけるエイリアンであるように、あなたも帝国内ではエイリアンだということを覚えておくことです。
あなたが異星人であると気づかれてはいけません。
信頼のおける人物なら話して良いと思うかもしれませんが、それもダメです。
信頼できて、なおかつ、口が堅い人にだけ説明するのはふさわしいでしょう。
クロードに話しても良いとは思いますが、エリアは止めておきなさい。
次の日には町中があなたの正体を知っているでしょうから。
その点、あの兄妹の父であるエルンストは、経験豊かで、教養があり、理解があり、約束は必ず守る方です。
どんな手を使ってもいいから彼と接触してください。
必ず力になってくれるはずです。
もういい加減にしてくれと思うかもしれませんが、さらにもう一つ。
信念を貫いたことで迫害を受けた人を私は何人も見てきました。
真実を語るものは疑われ、憎まれ、時に命すら危うくする。
あなたの星の偉大なるガリレオもそうです。
正しいことを主張したのに、結局裁判にかけられました。
まだ何も起きていないのに、
「この世界は滅ぶ! ゲートが暴走するぞ!」
と叫んだところで、いったいどれだけの人が信じるでしょう。
むしろ帝国はあなたを危険人物、敵対者と見るかもしれない。
自分の身を守るため慎重に行動してください。
ここまで読んでくれたあなたなら、もう大丈夫。
このギアの燃費がどれだけ悪いか思い知ることでしょう。
それでは。
あっと、一番大事なことを書き忘れていました。
私の故郷が破滅した日時を知らせておきます。
奇跡的に地球の西暦と似た仕組みになってますから、その日がいつで、いつ来るのか、簡単に追いかけられるはずです。
破滅の日。
帝国暦226年、
エランドの時、
ロクリアの30日。
では頑張って。
と、ここまで読んだところで、画面が真っ暗になった。
「しまった、バッテリーが切れた!」
思わず叫んでしまったが、もうどうにもならない。
ゲート、ゲートに行かないと。
って、ゲートってどこにあるんだ。
唯一知っている場所があるけれど、もうあの花畑には行きたくない。
ベッドの上で一人ばたついていたところで、ゆっくりとドアが開く。
「やあ、起きたみたいだね」
クロードがひょっこり顔を出した。
「おお……」
その端正な顔を見たときの安心感といったら筆舌に尽くしがたいって奴だ。
帰ってきたんだって思うほど、俺はこの世界と、あの兄妹に毒されていた。
と、ホッとしたのは一瞬のこと。エノクのメッセージの末尾の部分が俺を慌てさせる。
「そうだ、今、何年だ?!」
「い、いま?」
たかが日時の確認で、なぜそこまで必死になるんだと驚くクロードであったが、
「今は帝歴223年だよ。ジフロトの月、ロップルの……、何日だったっけ?」
「223年……」
あと3年。あと3年でこの世界は、この星は、消えてなくなるのだ。
エリアの哀れな死に顔が脳裏に浮かび、俺は苦しくなった。
「エリアは無事か?」
「元気だよ。ただ、家の決め事を全部破ったもんだから罰を受けてる」
罪状は無断外出と禁止薬物の使用と回復術の多用。
そして罰というのは、
「君が目覚めるまで、君の部屋に入ってはいけない。それだけさ。今のあいつには一番ツラい罰だろう」
「そうなのか……?」
首をかしげる俺を見てクロードは笑う。
「食事を持ってこさせる。体が落ち着いたら父に会ってほしい。父も君と話したがってるし……」
その言葉を聞いた瞬間に俺は立ち上がった。
勢い余ってベッドから転がり落ちるくらいだった。
「今すぐ会う!」
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