第14話 エリア
部屋に入った最初の一歩目で俺は動けなくなった。
視界に飛び込んできた光景に怖じ気づいて、それ以上踏み込むことができなかった。
数え切れないほどのチューブが天井から生え出て、部屋の中はまるでジャングル。
そしてチューブの全てが、両目を閉じたままのエリアに繋がっていた。
白い陶器のように美しかった肌がすっかりあせて、青カビみたいになっている。
直視することができないくらい痛々しい。
「死んでいます。脳死に近い状態です」
「……」
だろうな。息していないから。
「私たちのわずかに残った魔術をフル稼働させ、どうにか生命維持装置をこしらえたけど、これ以上は無理。日本の医療が劇的に進歩するのを待つしかない状況です」
「クロードはどこにいる?」
「死にました。というより消滅した、という表現がふさわしいかもしれません」
俺は深呼吸をして動揺を鎮めようとした。
「……どうしてこうなった?」
「クロードが命を賭して破滅を遅らせ、その間に彼女がゲートとこの星を繋いでくれました。二人の間には約束事があるみたいで、どちらかが時間を稼ぎ、どちらかがその間に逃げるという……」
「あのじゃんけんか!」
またしてもクロードが勝ち、エリアが負けたということか。
「お前、じゃんけん弱いな……」
俺はチューブをかき分け、エリアのそばに近づいた。
「お前までこうなったら、何の意味もないだろうに……」
それにクロードよ。
ゲームの中のお前はとても強かったけど、俺はそういう格好いいところ、ほとんど見れてないぞ。大体ボロボロだったじゃないか。
おまけに消滅だなんて……。
「何をすればいい?」
俺はエノクを睨み、エノクは静かに答える。
「過去に戻り、あなたが最善だと思うことを貫いてほしい。それだけです」
一見触りの良い言葉だけれど、俺は呆れた。
「そんなんじゃ答えになってない。教えてくれ。どうすれば助けられる? あんたが望んでいることは何なんだ?」
しかしエノクは肩をすくめるのだ。
「わからないんです。今よりもっと良い結果に繋がる選択肢が確かにあったはずなのに、何をすれば正解だったのか、いまだに答えが出ません」
細い手を伸ばし、エリアの頬を撫でる。
「少なくともこの子達は死ぬべきでなかった。滅びを前に立ち尽くし、諦めてしまった私たちと違い、彼らは生きようと必死にもがいていた。箱船を作ったノアのように笑われ、ドンキホーテのように狂ったと言われても、あの子達は信念を曲げなかった。私たちもそうするべきだったのに……」
エノクは悲しげに微笑みながら俺を見つめる。
「ギアズを発売した後、皆さんの反応がどれだけ救いになったかわかりますか。正しいルートは何なのか、どんなことが起こるのか様々な可能性を報告しあい、それぞれが探っていく。もちろんあなた達にとっては娯楽でしかない。だけど、私にとっては希望でした。実際、あなたは世界中のユーザーが探り出した無数の選択肢から、自分が正しいと思う答えを導き出して、ここにいる。ふたりには会いましたか?」
「ああ、ふたりとも生きてるはずだ」
そして俺は続けざまに言い放った。
「あんたの兄さんにも会ったよ。頭を割られたけどね」
びくっと、エノクは肩をふるわせた。
しかし予想外に冷たい反応をした。
「ジーク、いえ、兄のことは気にしないで結構。あの鎧は彼が望んだ姿です。憐れむ必要はありません。彼の苦しみも孤独も彼がした行為に対する正当な代償です。この星に来てからの兄はひたすら贖罪の日々を過ごしましたが、あなたを見つけ出したことでようやく自分の役目が終わったと思ったことでしょう」
「あなたはそれでいいかもしれないが、俺は承知しない」
俺があの星でジェレミーと呼ばれてひどい目に遭ったように、久野のおっさんはこの地球でジェレミーのような苦しみに遭い、ひとりで死んだ。
それで良いのかと言われたら、良くはない。
それにしてもジークが本名だとは。似合わないよ、おっさん。
「俺の好きにしていいなら、助けたいと思った奴は全員助ける。それでいいな」
エノクの目が光った。
「……私たちの計画に賛同してくれると判断してよろしいので?」
「いまさら聞くことじゃないだろ……」
ある意味、彼女は俺を上手く乗せたし、俺もわかって乗っかった。
「ならすぐにでも準備に移りましょう」
この言葉を待っていたかのように、大勢の人間がどっと現れ、問答無用で俺を担いでいく。
「あなたの魂を再びジェレミーに戻します」
エノクの指示のもと、最初に目覚めた部屋に連れて行かれる。
その過程で俺は気づいた。
「もしかして、みんな社員さん……?」
「はい。幹部クラスの人間は全員地球の人間ではありません。帝国市民です。とりあえず、この水を飲み干してください」
「まじかよ……」
1リットルのペットボトルに入った酸味のある水を一気に飲まされる。
ちょっとだけ甘みもあって、美味しかった。
「あれ? キャラデザの向井さんですよね……」
俺を担架に乗せて両手両足を拘束する男の一人に見覚えがある。
「そうです」
マッチ棒みたいに細い体、太いフレームの眼鏡、格子模様柄のシャツばかり着てる人こそ、日本で一番萌える絵を描く男。
「画集買いました、サイン会も行ったんですよ。イオンモールの」
「そりゃどうも」
ぶっきらぼうに言いながら、黙れとばかりにベビーパウダーみたいな粉をバンバン俺にぶっかける向井さん。
「時間がないので詳しい説明ができません」
エノクは酸素マスクを強引に俺の口に当てる。
「わかっているだけの情報をあなたのギアに記録しておきました。戻ったらまずそれを読むように。いいですね?」
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
酸素マスクを外してエノクの肩をつかむ。
「これだけは聞かせてくれ。クルトってのは誰だ? あと、ファレルだ。あいつらが黒幕ってことでいいんだよな。あんたらの星をぶっ壊した連中だと受け取って良いわけだな?」
俺の話を聞いた全員がピタリと動きを止めた。
「兄の目に狂いはなかったようです。まさかファレルにまで辿り着いているとは……」
褒めてはくれるが、エノクは難しい顔でしばらく黙った。
「……彼らと私たちは敵対関係というか、政治的なことで争ったことはあります。ですが破滅に直面したときは、思想の違いなど関係なく、星を救うために何とかしようと手を組んだはずなんですが」
「あら……」
「さっきも言いましたけど、あの時、何が起きていたのか、すべてを把握することができていないんです。まさにあなたと同じ。後ろに火の手が迫っているのにゲームに夢中になっていた、あの日の間抜けなあなたそのものです」
「わかりやすい例え、どうもありがとう」
どういたしましてと苦笑するエノク。
「エリアもクロードも生きているなら、エルンストを頼りなさい」
「エル……、ああ、ふたりの親父さんか」
子供を誰よりも愛しているが、公私混同は絶対しない。
民を守るためにクロードを捨てた人だ。
「彼は帝国の中でもごく少数の、ゲートの正体を知っている人です」
「わかった。やってみる」
そこまで話して、俺はようやく気づいた。
「過去って言うからにはあんたもいるよな? ならあんたに会うべきだよな。バック・トゥ・ザ・フューチャーだってそうだっただろ、マーティがドクに……」
「……言いたいことはわかりますけど、気をつけてください」
エノクは気まずそうな顔をした。
「あの時の私はなんというか、その、すごく、尖っているから……」
「え……?」
これ以上会話することはできなかった。
俺はまた意識を失ったのだ。
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