転生奴隷の企画会議

第13話 エノク

 結論から言うと、俺が目を覚ましたのは、ゲームソフトメーカー、ヤンファンエイクの本社ビルの中だった。

 地上15階建てのビルということになっているが、実は幹部クラスの人間しか入れない幻の16階が存在しており、その一室で俺は目覚めた。


「お帰りなさい」

 

 目覚めた俺の顔を覗き込んで言ったのは、エリアでもなく、クロードでもなく、看護婦さんでもなく、久野英美里だった。


「……」


 固いベッドから半身を起こし、俺は久野英美里を見続ける。

 彼女は俺が目を覚ましたのを確認すると、そばにあったソファにゆっくり腰掛け、柔らかい笑みを浮かべた。


「……説明して貰えるんだよな」


 最初と違い、俺はこの女への尊敬の念をほとんど失っていた。

 これまでの死に物狂いの連続は、全てこの女に関係があると確信していたからだ。


「ええ。もちろん」


 久野英美里は姿勢を正し、まっすぐ俺を見つめる。


「あなたと別れたすぐ後、あなたの自宅が火事になっていると聞いて、私たちは慌てました。まさかゲームに夢中になって火事に気づかないなんて、そんなお馬鹿さんだと思ってもいなかったのです。軽い火傷で済んで良かったと思いますが、煙を吸って意識が戻るかどうか、そこが危なかった。ただ、おかげであなたを病院から運び出すのは凄く簡単でした。まあ、結果オーライということです」


「……」

 腹の立つ物言いであるが、彼女が俺を殺したかも、という疑惑は一応晴れたことになる。


「あなたの命が危なくなったことで、私たちの計画を大急ぎで進める必要がありました。本来なら省くべきではないプロセスを端折りまくって計画を実行したんです」


「計画って、いったいどういうことだよ」


「あなたはゲームの世界に入ったと思ってるでしょう? 私が作り出したギアズの、とっても哀れなジェレミーに転生したって」


「……思ってるよ」


「その認識は間違っています。私が作ったギアズトリロジーというゲームは、私たちの故郷を題材にした、あの星で起きたかもしれない可能性を徹底的に詰め込んだ、ゲームの振りをしたシミュレーションソフトです」


 そして久野英美里は核心を突いた。


「あなたは、かつて存在していた私たちの故郷に転生したんです。私たちにとって「過去」にあたる時代に」


「……」


「つまりエノクが私の本名であり、久野英美里が仮の名前ってことです。この星の言葉を使うとすれば、私はエイリアン、異星人です」


「……」


 あまりに淡々と話すので、中身を咀嚼するのに時間を要してしまった。


「信じられると思うのか……」


「でも見たでしょ? 会ったはずです。ふたりの兄妹のどちらかに」


 確かに会った。それは間違いない。けれども……。


「あんたらが見せたんじゃないのか? あんたらが、その、なんか、怪しい機械を使って、幻かなんかをさ……。金持ちのソフトメーカーなんだからそれくらい」


「幻ならどれだけ良かったことか」


 久野英美里は立ち上がり、俺を手招きした。


「証拠を二つ見せます。急ぎましょう。あなたがここで過ごしている分だけ、向こうでも同じ時間が流れます」


 久野英美里は強引に俺の手を取り、別の部屋に引っ張っていく。


 窓一つ無く、壁がオールホワイトなせいで実験施設みたいになっている空間の最奥にある、生体認証にやたら手間暇をかける部屋。


 そこにあったのは例の石碑だった。

 アダム戦における逆転アイテムをくれたあの花園。

 石碑を取り囲むキンセンカの花までご丁寧にそのままになっている。


「この石はゲートと言います。私たちの故郷にはそこら中に散らばっていて、ご先祖様が神さまを崇拝するために作った石くらいにしか考えていませんでした。けど実際は違います。限られた術者のみ、ゲートを使用した瞬間移動ができるんです。あなたにわかりやすく言うとしたら、ワープとか、テレポートとか、ファストトラベルとか、そういう表現が良いかもしれない」


「クルトか……、確かにあいつはワープみたいなことしてたな」


 ぼそっと呟いた俺の言葉を久野英美里は聞き逃さない。

 俺を見上げるその目にはっきりと尊敬の念を感じた。


「クルトと接触するなんて、短い時間で随分と踏み込んだようですね……。今回はちょっとしたチュートリアルのつもりだったんだけど」


「あれをチュートリアルって言うなら、そんなゲーム即座に売りに行くよ」


 精一杯の皮肉を久野英美里は完全に無視した。


「かつてはアレン皇帝がゲートを自在に操ることができました。広大で、複雑な人種が絡み合う帝国をアレンが完璧に掌握できたのは、ゲートを使って無駄な移動時間を省いたからです。すべての現場に自ら赴くことができるわけですから」


「でもアレンって人は死んだって話だが」


「それが災いの始まりでした。あれだけの偉業をなした方がまさかちょっとした風邪で亡くなるなんて本人すら驚いたでしょう。引き継ぎなんか何一つしないまま彼は逝ってしまい、残されたのは血みどろの権力争いと、不安定になったゲートだけ」


 久野英美里の声が、一段低くなった。


「各地のゲートが制御不能に陥り、ブラックホールみたいになって私たちの星を飲み込んでいったんです。あの日の光景を忘れることはない……。帝都のど真ん中に現れた大きくて真っ黒い穴……。大勢が死にました」


 だけど、エノクはここにいる。

 それが何を物語っているか。


「このゲートだけが唯一正常に動いたんです。二人の尊い犠牲のおかげで」


「……ふたり、って、まさか」


 エノクは悲しそうに微笑み、俺を見上げた。


「もう一つの証拠に会いに行きましょう。エリアがそこにいます」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る