第12話 仕掛けるとき

 花畑を出て森に戻るや、俺は叫んだ。

 多分、今までで一番デカい声を出したと思う。


「クロード聞こえるか! 俺の話を聞け!」


 無論、クロードの現状を知っているから叫んだところで何も起きないことはわかってる。

 つまりクロードにアドバイスを送っていると思わせておいて、実質はクルトを煽る、というのが即席で考えた一手目ということだ。


「持ってるギアを防御に全振りしてひたすら耐えろ! 鎧のバケモノは攻撃を続けていくとどっかで燃料切れになる! そこからが攻め時だ!」


「あ、そうなんだ……」

 前を歩いていたエリアがこちらを見る。


「そうなんだよ」

 

 確か、ゲームでは10ターンこらえると攻撃が効くようになる。

 現実において10ターンがどれほどの時間なのかわからないが、大事なのは俺の言葉を耳にしたクルトの反応だ。


 ジェレミーとかいう奴隷、やはり生かしておくとまずい。

 クルトがそう判断してくれると良いのだが……。


「来た!」


 エリアが剣を構え、広大なシールドを展開する。

 たった一撃で俺たちを絶望させたあの波動が再び来た。


 ゲーム内では奇跡的に10ターンこらえても、この時点でガス欠のボロボロだから攻撃したくてもできない。

 おまけにそこからクルトが敵に加わって、結局、次のターンでやられる。

 俺が知っている限り、そこから先に辿り着いたプレイヤーはいなかった。


 しかし、今は違う。

 目の前のエリアは敵の攻撃を十分に耐える能力があり、そこから反撃できるだけの余裕すらあるのだ。


「なんともないっ!」


 雄叫びを上げながらエリアが走る。

 アダムが攻撃をしてくれたおかげでその出所も追っかけられる。

 そこにクロードがいるはずなのだ。


「離れるなって言ったろ!」


 慌てて俺も後を追う。


「一緒に走れば良い!」


 エリアが伸ばした手をしっかり受け止め、俺たちは走った。


 アダムは次々と波動を繰り出すが、エリアはすべて無効化した。

 

 それを見た相手がどう判断したかは不明だが、攻撃の手段を変えてきた。

 赤く図太いレーザービームがこっちに向かってくる。


「おっと!」

 

 思わぬ変化にエリアの反応が遅くなる。

 繰り出したシールド耐性の切り替えが間に合わず、攻撃をすることができず、するに留まってしまった。


 弾けたレーザーが木々に引火し、夜の闇に包まれていた森を瞬く間に赤く染めていく。肌を鞭打つ熱波がここまで届いてきた。


 炎の広がりは人力ではどうすることもできないように思われた。

 それを物語るように鳥たちが森を捨てていくのが羽音の重なりでわかった。


「ああ……、ごめん、燃やしちゃった……」


 困惑するエリアだが、不幸中の幸いというか、森に引火したことで視界が明るくなり、先を見通すことができるようになった。


 そして俺たちは見た。

 横たわって動かないクロードと、その傍らに立つアダムの姿に。


 アダムは片膝を突き、苦しそうに体を揺らしている。

 鎧の継ぎ目から黒い煙まで噴かせていた。


「いける……!」


 つい口走った。

 俺たちは耐えたのだ。


「行け! 早く!」


 バンッと乱暴にエリアの背中を押す。

 凄まじい脚力で兄の元へ駆けていくエリア。


 残った俺は周囲を伺う。

 どこを見回しても炎が森を食い荒らしている。

 

 この後どうやって逃げようか退路を考えているうちに、肩の辺りに鋭い熱を感じた。


 突如、俺の横にクルトが現れ、杖の先端で俺の肩をえぐったのだ。

 

 不意打ちだったのが逆に良かったのか、痛みを感じる暇すらなかった。

 一気に寒くなり、立ってられないくらいに力が抜けた。


「調子に乗るなよ」


 クルトは俺の頭を杖で思い切り殴り、その衝撃で俺は地面に叩きつけられる。


 不思議と痛みはない。

 殴られようが蹴られようが、まるで痛みを覚えない。

 ただ、寒い。

 すうっと意識が飛んでいきそうだ。


「おっと、まだ死ぬなよ」


 クルトが乱暴に俺の髪の毛をつかむと、麻痺していた体がちょっとだけ正常に戻る感覚を覚えた。

 どうやら回復魔法を使えるのはエリアだけではないようだ。


「聞きたいことが山ほどある。死にたくなかったら答えろ」


 いつの間にかアダムがいる。

 さっきまでクロードのそばにいたのに、一瞬でこっちに飛んできた。

 いや飛んだんじゃない。

 こいつらには「瞬間移動」的な能力があるのだ。

 この点は全く考慮していなかった。

 ゲームでそんな演出あっただろうか。


 アダムは片方の足を上げ、俺の頭上にセットする。

 奴が渾身の力で足を振り下ろせば俺は死ぬだろう。

 まさにゲームの通り、可哀相なジェレミーは踏み潰されて粉々になるのだ。


「言え。お前は何だ。誰の差し金だ! 言ってもいないことを何で読んでる! どうしてそこまでわかる!」


「知らないよ……」

 俺は正直に答えた。


「こっちが教えて欲しいくらいだ……」

 喋ると口から血が出てくる。


「ふざけんなよ、お前!」


 クルトの怒りに反応するかのように、アダムが鉄の足を振り下ろす。

 巨大な足は俺の真横に落雷のように落ちた。


「アレンか? それともセシルさまの関わりか? 言えよ!」


 遠くにいるエリアの声が聞こえた。


「やめるんだ! 彼は関係ない!」

  

 しかしクルトにとっては雑音でしかない。


「いまさらなに言ってんだお前」


 クルトは呆れたようにエリアに警告する。


「それ以上動いたら、即座にこいつを殺す」


 その一言でエリアは黙るしかなくなる。

 エリアがこの状況を打開するには、やや距離が開きすぎている。

 

 一方、俺は、エリアに抱きかかえられているクロードの目がうっすら開いていることを確認した。

 回復魔法が効いているとわかった。


 であれば、俺のターンって奴だな。


「クルト、逆に教えてくれないか」


 俺はクルトをじいっと見つめた。


「俺が手に入れたものに覚えがないか……?」


「んだと……?」

 

 クルトの顔が不意を打たれたようになる。


「これだよ。触ってみろ」


 俺は懐からあの木製のギアを取りだし、クルトに突き出した。


「これは……?」


 クルトはギアに手をかざすと、息を飲んだ。


「この魔力は何だ……。エノク……? エノクの仕業か?」


 突然出てきた聞き覚えのある名前に俺は面食らったが、今は目の前のことに集中しようと、クルトを見続ける。

 

 目が見えないクルトは俺の手からギアを受け取るのに若干手間取った。しかしそれを手に取ると、ほしかった玩具を手にした子供のようにギアをいじり出す。


 これで十分だった。


「隙だらけだぞ」


 俺はエリアから貰っていたあのヤバい香水を取りだし、フタを投げ捨てると、残り全部をクルトにぶちまけた。


「え……?」


 空気に触れたとたん、香水は大量の霧となって蒸発する。


「な、なんだこれ……」


 喉を押さえ苦しそうに何度も咳をするクルト。

 

 俺は立ち上がると、クルトの手からギアを奪い返し、さらに奴が落とした杖も拾った。


 そしてアダムに近づき、杖を上段に構えた。


「あ、バカ! やめろ!」


 クルトの叫びなど無視して、杖をアダムの頭部に振り下ろした。

 

 ミサイルが直撃したかのような勢いでアダムの頭部が爆発する。


 凄まじい爆風で俺は吹っ飛ぶ。

 当然クルトも吹っ飛んだ。


 そしてアダムはボロボロになる。


 世界中のゲーマーを苦しめた大将軍アダムを、世界中のゲーマーがネタにしたジェレミーが倒した。


 鎧のあちこちが剥がれ、地面にガシャガシャ落ちていく。

 頭部を覆っていた鉄仮面に大穴が開き、中の人間が見えた。


 その姿に俺は絶句した。


「おっさん……」


 紛れもなく、そいつは久野順平だった。

 俺の会社で散々無能呼ばわりされ、つい最近孤独死した……。

 

 おっさんはカッと目を開いたまま、こっちを見ている。


「ああ」


 何かを訴えるように、ただうめく。 


「ああ、ああ」


 口からだらだらと唾液をこぼしながら、なお、うめく。


「うそだろ……」


 俺は後ずさった。

 今すぐここから逃げたかった。


 しかしそれは無理な話。

 なぜなら……。


「ジェレミー大丈夫!?」


 エリアが駆けつけて俺に抱きついた。


「凄いよ、やっちゃったよ!」


 喜んでくれるのは良いが、俺は返事ができない。


「ど、どしたの、どこかやられた?!」


「俺もさっきの薬を吸っちまって……」


 クルトの鋭い一撃も、アダムの重い一発もどうにかこらえたのに、エリアがこしらえた薬には耐えられなかった。


「お前の薬はヤバすぎる……」


 俺はそれだけ言って地面に倒れ込んだ。

 この後はもう声しか聞こえない。


「エリア、まさか、あの薬まで作ったのか!?」


 クロードの声が聞こえる。

 ああ、無事で良かった。


「えっと、あの、どっかで間違っちゃったのかな……」


「だからあれは材料が足りないって……!」


 もうそこから先の意識はない。

 

 目が覚めたら、俺はどうなるんだろう。

 きっと、エクリアの町にいるんだろうな。

 だけど、そこから先はどうしよう。


 なんて考えたことは覚えてる。

 

 だけど俺が目を覚ましたのは……、

 エクリアではなく、日本だった。

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