第11話 我は歯車なり

 小さな木版に映し出されたクルトは激しくイライラしている。


「くそ、どこに消えやがった……!」

 

 そわそわと動き回っては、召喚したモンスターに火の玉をぶつけて殺し、また召喚しては殺しという無意味な行動を繰り返している。

 

「気配がない。いったい何なんだ、あのクソ奴隷は……」


 いくら考えても答えが出ないようで、とうとう自分の頭を殴り始める。

 それにも飽きると、肩を落としながら深い溜息を吐いた。


「撤収か」


 自分が召喚した砂の兵士らに指示を出す。


「森を焼き尽くせ。俺たちがいた証拠を欠片も残すな」


 砂の兵は頷くと、その体から炎を湧き上がらせて散らばっていく。

 自爆することで森を燃やすらしい。


「アダム。戻ってこい」


 重い足取りで赤い巨人がクルトに近づく。

 右手に大きな塊をつかみ、それを引きずりながら歩いていた。


 それが全く動かなくなったクロードだと気づいたとき、俺は息を飲んだ。


 この動画、もしかして、現実いまとリンクしているのか?

 物理的な意味で俺が見ることのできない場所の出来事を、記録、再生してると……?


 馬鹿な。

 あり得ないと俺は頭を振るが、動画の中のクルトは血まみれのクロードを見てヘラヘラ笑っていた。


「おい……。殺してないよな? あの兄妹は生け捕りって言ったよな? ん?」


 ウキウキとした足取りでクロードの様子をうかがうクルト。

 陸に打ち上がった魚のように、口が開いたり閉じたりする様を見て、とても満足そうである。


「死んでなきゃいい。こいつは国に処理させるんだ。何もかもこいつの責任にできるからな」


 そして画面は真っ暗になった。

 

「これは……」


 やはり今とリンクしている。

 

 後になってから、やはり俺が見たものは実際に起きた出来事を記録したものだとわかるのだけど、それはまた別の話になる。


 今はただ、アダムに半殺しにされたクロードの姿に打ちのめされていた。


「……見たか?」

 

 しかしエリアは首を振る。


「ただの板でしょ……? 何か見えたの?」


「……ああ、いや」

 どうやら俺にしか効果が無いというか、俺専用のアイテムらしい。


「ああ、くそ!」

 俺は痛む頭を抑えながら叫ぶ。


 このままクロードを拉致されたら、結局処刑イベントに逆戻りじゃないか。

 やけに「わかってる感」を出して兄妹のじゃんけんを切ない顔で見届けていた自分がアホらしいったらない。


 やっぱりすぐにでもじゃんけんなんて止めさせるべきだった。

 全員でこの花畑に逃げれば良かったのだ!


 そんな後悔に打ちひしがれる中、とうとう追っ手がこの花畑にやって来た。


 目視で確認するのが不可能なくらい大勢の砂のモンスターが四方八方からこっちに迫ってくる。


 そいつらを見たときの俺とエリアの落胆ぶりと言ったらなかったが、ここでひとつの事件が起きた。

 

「ああもう、邪魔だっての!」


 ヒステリックにエリアが叫んだ。

 

 その時、俺は確かに見た。


 俺の頭を割ったアダムの波動攻撃みたいなものを、エリアもやってのけたのだ。

 呪文を唱えたわけでもなければ、剣を振り下ろしたわけでもない。

 

 ただ邪魔だと叫んだだけである。

 それだけで、おおよそ三十を超える敵が一瞬のうちに消滅した。


「え、うそ……」


 自分でやったことが信じられず、両手で頬を押さえるエリア。

 しかしすぐさま俺の額に右手をかざす。


 ぱっくり割れていた額の傷は、初めからそこになかったかのように元通りになった。痛みも消えた。熱も冷めた。

 むしろ絶好調と言いたいくらい、調子が良い。


「ジェレミー、戻ろう!」


 エリアは力強く訴える。


「変な話だけど信じてほしい。今の僕ならあの魔術師も、鎧のバケモノも倒せる気がする……。うぬぼれで言ってるんじゃない!」


「そうみたいだな……」


 俺はもう一度、木板のガジェットを起動させる。


 現在パーティ構成はふたり。

 一人はエリア。もう一人はジェレミー。


 それぞれの能力がステータスとして数値化されている。


 エリアのステータスを見ると、レベル18のキャラとは思えないくらい数値が爆上がりしている。何か強力なバフを浴びたようだ。


 そしてジェレミー。レベルは3。

 エリアと比べると、悲しくなるくらい、すべての数値が低い。

 しかし……、彼が身につけているスキル、このゲームでは「ギア」になるが、これが面白いのだ。


 スキル:アンディキティラの歯車。

 解説:すべての始まりを意味するギア。

 効果:ギアの発動中は仲間の能力が大幅に高まる。


「こいつは……」


 ジェレミーの存在そのものが強化アイテムになっている、ということか?


「歯車か……」


 人を活かす歯車。


「久野英美里……」


 俺はエリアに聞き取れないくらいの小声でそいつの名を呼んだ。


 今になってわかる。


 久野英美里は、俺がこうなると最初から知っていたのだ。


 理由なんかわからないけど、そうとしか思えない。

 いまさらそんなことに気づいたってどうにもならないし、どうだっていいことではあるけれども。


「エリア。クルトは全部の責任をクロードにかぶせるつもりだ。だからあいつを殺さない。あいつはまだ生きてる」


「うん。わかる」


「ただ、抵抗したり意思表示できないくらいには弱らせるはずだ。その意味わかるよな。おそらく、かなりヤバい状態にある」


「……」

 動揺しつつもエリアはしっかり頷いた。


 廃人のようになったあいつの姿を見ていたから「おそらく」なんて言葉を使う必要はない。

 それでも見たものをありのまま告げるのは酷だと思った。


 助けりゃ良いんだから。


「クロードを取り戻す」


 覚悟を決めた。


「俺がクルトとアダムをひきつけるから、その間にお前はフルパワーでクロードを治せ。そしたらまた逃げる。今度は全員だ」


「わかった」


「だけどな」

 

 俺はエリアの両肩をぐっとつかみ、彼女を真っ正面から見つめた。

 割と強引な行為にエリアは驚いたようだが、俺は感情が高ぶりすぎて、普段なら絶対しないようなことをしてしまっている。


「俺が良いって言うまでは絶対に俺から離れるな。俺のそばにいろ! いいな!?」


 エリアを強化しているのは俺自身なのだから、二人の距離が離れてしまうとギアの効果が及ばなくなる可能性がある。

 俺はそれを危惧してエリアに注意したのだが、


「あ、う、うん。わかった……」


 冷静に考えれば、言い方がちょっと違う意味に取れるというか、もう少し他に言い方があった気もするというか。

 まあ、しかし、どうにもならない。

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