第10話 我は奴隷にあらず

 背後からクルトのわめき声が聞こえた。

 痛みで声は上ずっていても、その音色にはハッキリと憎悪がある。


「逃がすな! 追いかけろ! 」


 またもモンスターを召喚し、すべてをこっちに向けてくる。


 奇声を上げながら石や火矢をぶん投げてくる怪物達の攻撃をエリアは必死で防ぐが、同時に圧倒されてもいた。


「あんな怪我してんのにまだ召喚できるなんて、何なのあの子!」


 しかし俺は反応しない。

 走ることに夢中になって答える余裕がなかったし、走っている内に額の傷が開いたみたいで、ぶり返した痛みと熱のせいで失神しそうだった。


 だが森の奥へ進んでいくうちに状況が変わってきた。


 マシンガンのように繰り出された攻撃がピタリと止んだ。

 敵の姿も見えなくなった。影も形もない。


 何よりこの静けさだ。

 ノイズキャンセリングヘッドホンをかぶったかのような、作為的に音が消える感じと言えばいいだろうか。


 俺もエリアも自然と走るのを止めていた。


「ここ、何……?」


 強烈に心細くなったのかエリアが無意識に体を寄せてくる。

 そのタイミングで俺が血まみれになっていることに気づいたらしく、慌てて回復しなきゃと手をかざす。

 しかし俺は拒んだ。


「大丈夫。治さないでいい」


 己に言い聞かせるように呟く。


「無駄に体力を使うな。ここぞって時に取っとくんだ」


 そして歩く。

 まさに千鳥足。

 エリアの介助がなければまっすぐ歩くことすらできない。


 辿り着いた場所は小さな花畑。

 黄金に輝くキンセンカ、中央に石碑。

 

 少し前にゲームで見たあの場所と同じだ。


「もしかして、アレン様の隠れ家かも!」


 ぴょんと跳びはねて興奮を抑えきれない様子のエリア。


 アレンとは先代の皇帝で、英雄とされる人だ。


「昔ここらへんに別荘作ってセシル様と一緒に稽古してたって話、お父様から聞いたことがある……!」


 セシルとはアレン皇帝が最も愛した人であるとゲームの住人が教えてくれた。

 アレンが最強の戦士なら、セシルは最強の魔法使いである。

 

 このふたりの隠れ家を見つけたとしたら、この不利な状況を打開するための一発逆転アイテムが見つかるかもしれない! 

 エリアが喜んだのはそのためである。


 エモノに飛びつく猫のような勢いで石碑にむしゃぶりつくエリア。

 しかし……、


「読めない……! 何語なの、これ……!?」


 バンバン石碑を叩くが、当然効果は無い。

 

「我は歯車なり」


 俺は石碑に書かれた最初の一文を声に出して読んだ。

 

「うそ、読めるの?」


「ああ、完璧にな」


 当然だ。

 だって日本語だから。

  

「我は歯車なり

 人を活かす歯車なり。

 世界を繋ぐ歯車なり。

 我は奴隷にあらず。

 血と水で動くだけの機械にあらず。

 命は持てども自由のない生き物にあらず。


 この歯車を、愛する民と、

 私の皇帝に捧げる」


 文章をすべて読み切ると、石が削れる音と共に石碑が後ろにスライドした。

 

 石碑があった部分の真下に大きなくぼみがあり、その中には長方形の木の板が丁寧に置かれている。

 漆が塗られた美しい光沢のおかげで、木板の表面に俺とエリアの顔が写る。

 

 俺はわずかのためらいも無くその木の板を手に取った。

 それは即座に反応する。

 液体が木板の表面からじわりと浮き上がって、それが液晶画面となって文字を表示させる。


 ゲートと接続しました。オンラインモードに移行します。


 ゲートってのはなんのことだ?

「それにオンラインってなんだよ……」


 俺の呟きなど意味は無く、メッセージは淡々と流れていく。


 状況を確認、適応中です。

 しばらくお待ち下さい。


 同行者一名。

 敵対意識を持つ者多数。

 負傷度、危険な域に達しています。早急な治療を推奨します。

 というメッセージ。


 これ、今の俺の状態だよな……?


 さらに気になるメッセージが出てくる。


 進行中の事象に関わると予想される未視聴の記録動画があります。

 再生しますか?


 はい、いいえ。

 どちらかを選ぶようだが……。


 迷う必要はない。

 はいを選ぶと画面が転換し、ある映像が映される。


 そこには、あのクルトがいた。

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