第7話 この町の真相

「不思議に思う点が一つあった」


 俺の視線は町長ではなく、クロードに向けられている。


「そもそもあなたがこの町にやって来た理由は租税滞納の調査だったはずだ。原因は奴隷達のストライキ。彼らがそうしたくなるのも無理ないくらい、むごい迫害を受けているってことにも気づいた」


「……」

 戸惑いながらも小さく頷くクロード。


「おかしな話だと思わないか。奴隷が仕事をしなければ、税はなおさら集まらない。貴重な原動力である奴隷を意味なく迫害することが結局自分らの首を絞めてるって簡単なことになぜ気づかないのか」


 誰も返事をしないから、俺はさっさと話を進める。


「答えは簡単。この町の支配者がそんなこともわからない、快楽優先で差別主義のバカだからだ」


「何だと貴様ッ」

 町長が殴りかかろうとするが、エリアに押さえつけられて動けない。


「お前……!?」

 エリアが巧みな体術の持ち主だと気づき、町長はうろたえ始める。


 そして俺は核心に踏み込んでいく。

 これから話すことは俺の予想でしかないが、真実だと思っている。


「ここにひとりの黒幕がいる。かは知らないが、そいつはひとりのクズをこの町の支配者にするよう推薦する、あるいは裏で手を廻す。突然大きな権力を持ったクズは思う存分、好きなようにやる。気に入らないヤツは痛めつける、あるいは殺す。実際こいつはそうしてきた。そのあとはお決まりのパターンだ。不満を抱いた民は武器を持つ。そこに正義の味方が集まって彼らを助ける。内乱が起きる。意味もなく大勢が死ぬ。帝国からしたらひとつの得もない。何やってんだこいつらと失望するだけの失態だ。その時黒幕が動く。こんなどうしようもない町は、全員三級奴隷にして他の都市の見せしめにしましょうと……」


 黙って話を聞いていた連中の顔におびえが見えたのがはっきりとわかった。

 そいつらをひとりひとり見ている内に俺は不思議と笑顔になる。


「こんな簡単な作戦はないよ。ひとりのクズを放り込んで町が腐るのを待つだけで、人件費が一切かからない三級奴隷が大量に手に入るんだからな!」


 ガシャンとグラスが割れる音がして何人かが悲鳴を上げた。


「メイドが逃げた!」

 誰かが叫んだが、誰も動こうとしない。


 それを見ていたエリア、いたたまれなくなったのか口を開く。


「君らの将来の話をしてるんだぞ。追いかけた方が良いと思うが!?」


「……!」

 冷や水を浴びせられたような顔で何人かの騎士が大慌てで降りていく。


「さて、最初の質問に戻ろうか」


 町長を改めて見る。

 エリアに完全に抑えられているが、奴の眼差しは憎しみで燃えているのがはっきりわかった。


「あんたを今の立場に推薦したのは誰だ? そいつがきっと黒幕だ」


「知らん」


「ふん、その強気、いつまで持つかな」

 無邪気に微笑むエリアだったが、


「お前らがどうなろうと知ったことか」


 毒と憎しみがいっぱい詰まった町長の言葉にエリアも一瞬、たじろぐ。


「奴隷だろうが、貴族だろうが、騎士だろうが、皇帝だろうがな、全員のたれ死んじまえばいいんだ。俺をないがしろにしやがって……」


 腐りきった言葉にクロードの顔が曇った。


「……それがあなたの真実か」


 悲しそうに呟いた青年に町長は牙を剥く。


「ガキが! 俺にこんなことしてただですむと思ってんのか! ええ?!」


 唾液を撒き散らし、目はカッと見開く。


「俺のダチはなあ、強ええんだぞ! ファレルを知ってるな?! おまえらなんかファレルに頼めばよう、ひとたまりもないんだからな!」


「……」

 俺はクロード、そしてエリアと見つめ合った。


 ファレルって誰だ?

 知らない。

 私も聞いたことがない。

 でも、多分、そいつが黒幕だな。

 ああ、間違いないだろう。


 そういったやり取りが繰り広げられたが、何より俺たちを呆れさせたのは、友達を使って相手をビビらせようとする町長の尋常でない小物っぷりだった。


「おじさん。今、すっごくみっともないの、自分でわかってる?」


 ドン引きした様子でエリアが声をかけるが、町長はまるで肉食動物にでもなったかのように俺たちを威嚇する。


「なんか、様子がおかしくないか……」

 

 クロードが心配そうに町長の瞳を見ると、エリアは首をかしげた。


「おかしいなあ。副作用のない軽めの自白剤って書いてあったのに……」


 エリアがこしらえた薬の入った酒を町長は一気飲みした。

 焦点の定まらない視線を見ていると、薬が効いていることに間違いはなさそうだが、ただの自白剤でここまで様子がおかしくなるのかね。


「お、おまえ、また俺の部屋に忍び込んだな!?」

 

 エリアが何をしたのか悟ったクロードは青ざめる。


「あの薬は部屋にある材料だけじゃ完成しないんだぞ!?」


「あ、そうなの? あっはっは……、間違えちゃった」


 動揺を悟られないよう、無理くり笑うエリア。


 苦しむ町長をクロードは心配そうに観察する。

 本当は医者になりたかったこの男は、そこら辺の草や食物を使って回復アイテムを作ることが出来る「調合」という便利なギアを持っていたはずだ。


「おそらく命を失うなんてことにはならないだろうが、とても苦しい状態なのは間違いないだろうな……」


 コップいっぱいに入った水を町長に渡そうとするクロードだったが、俺はその親切をあえて止めた。


「見てごらん」


 呼吸は荒く、目は虚ろ、口からだらしなくヨダレを吐き出し、身体に力が入らないのか、全身がゼリーのようになってガクッと膝を突く。


 もはやエリアが押さえつける必要もなくなった。


 町長は床に突っ伏し、イモムシのように這いだす。


「おまえらなんか……おまえらなんか……」

 うわごとのように呟く。


 エリアの作った劇薬は町長の中の要塞を完全に壊してしまった。

 

 結果、真実が明るみになる。


 今回はクロードだけではなく、大勢が見た。

 町長の別の姿を皆がはっきりと目撃したのだ。


 毒々しい緑に変色していく皮膚。

 全身から大量に生える剛毛。

 痛々しげに歪んでいく背骨。

 体が急激に大きくなったせいで、皮膚のあちこちがひび割れ、赤と緑が混ざったどろっとした血液が床に流れる。

 

 クロードや貴族が絶句する中、エリアだけは冷静に事態を見つめていた。


「何もかも君の言うとおりになったね」


 すっかり別の生き物となった町長であったが、吠えたり暴れたりする気力はもうなかったようで、豪快なイビキと共に爆睡してしまった。

 これではバトルになどなろうはずがない。

 あっという間に縛り上げられ拘束される町長。それでもまだ寝ている。


「肉体強化の魔法、あるいは魔術の呪いか? どっちにしろ、帝都に行かなければこの体は癒やせない……」

 

 興味深げに怪物を見つめるクロード。


「まずは開いた傷をなんとかしないと菌が入ってしまう。北の方からちょうど良い軟膏を手に入れたばかりなんだ。高かったが使うしかないか……、高かったが……」


 今までの経緯など吹っ飛ばして町長の傷を治そうとする。

 クロードはこういう男だった。

 

 それを良く知っているエリアは呆れたように声をかけた。


「で、これからどうします、あにうえ?」


「……あ、そうか」

 クロードは一瞬だけ考える素振りを見せたが、決断は早かった。


「私は何が起きてるか調べるためにここに来た。原因がわかったらあとは帰って報告するだけ。彼をどうするかは皇帝陛下がお決めになること」


 関わり合いになることを一切拒んだか。

 大人な判断だ。


「ならもう帰ろう」


 エリアが満足げに言った。


「ジェレミー、君も一緒にね」


「ん、ああ。そうだな……」


 エリアにそう声をかけられたとき、俺の中に言いようのない不安がわいてきた。


 そう。俺はジェレミーだった。

 これから死ぬまでジェレミーなのだ。


「とりあえずここを出るのは賛成だ……」

 立ち上がって歩き出す。

 

 一方、取り残されて困惑するのはこの町の貴族たちだ。

 こんな化物よこされてもどうすりゃいいのかわからないし、この状況をどう打開すれば今まで通りの暮らしに戻れるかもわからないだろう。

 彼らは少々怠けすぎたのかもしれない。

 

「今まで楽しかっただろうな。仕事もしないで好きなことやり続ける……。最高だよ。俺もずっと憧れてた」


 俺はついつい口走った。


「でも少しは将来のことも考えた方が良い。じゃないと俺みたいに野垂れ死にだ……」


 そう言って俺は町長の屋敷を出て行った。

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