第6話 今が責め時

 俺とエリアはある計画を立てた。

 いや、計画と呼べるほどたいそうなもんじゃないんだけど、ふたりで打ち合わせをしたことに間違いはない。

 

 俺がいたねぐらは町長が住む屋敷の地下にある。

 エリアはそこを抜け出し、ストライキを続ける奴隷たちの元へ向かった。

 

 そして俺は運命の場所に向かう。

 犯行現場、ジェレミーの命が奪われる場所。

 宴会が行われる屋上へ。


 エリアのおかげで体のどこも痛みはなく、普通に歩ける。

 

 常に足を引きずり、老人のように背中を曲げて歩いていたあのジェレミーが、今や胸を張って闊歩しているのだから、逆に目立つ。


「おいおい、何様のつもりだ」

 

 ジェレミーのくせに生意気だと言いがかりをつけてくる使用人達。

 かつてのジェレミーがどう対処していたかは知らないが、俺は一言だけいった。


「黙れ、バカ」


 人であって人でない卑しい三級奴隷から出る乱暴な言葉に、使用人達は意表を突かれ、それ以上寄りついてこなくなる。 


 しかし宴会場に近づくと、みすぼらしい奴隷をこれ以上奥に進ませるわけにはいかんと、ガタイの良い警備員たちが俺を囲んだ。


「三級奴隷がこれより奥に進むこと、許されていると思うか?」

「死にたいのであれば別だがな」

 

 ひとりの男が喉元に短剣を突き出してきた。

 こういう世界なのだから、きっと本物だろう。

 奴らがここで俺を殺しても一切罪には問われないし。


 普段の俺だったら、震え上がって声も出ない。

 

 だけど今はアドレナリンが出ていた。

 何をすべきか、はっきりわかっているがゆえの興奮状態というか、まるで闘牛のようになっていた。


「あんたらに構ってる暇はない」


 俺は大きく息を吸ったあと、呼吸を止め、エリアから貰っていた小さな香水瓶を取り出して連中にささっと振りかけた。

 

「おあ……?」

 

 じっとしていられないほど体が痒くなる。

 エリアにはそう聞かされていたが、そんな感じにはならない。

 むしろそれ以上というか、男らの目は明らかに


「お、おお……?」


 酔っ払いのように足下がおぼつかなくなり、ふらつき出す。


 うめき声を上げながら壁に頭突きを食らわす奴とか、互いに殴り合う奴とか、床に突っ伏して泣き続ける奴とか、異常事態になってきた。


「聞いてた効果と違うけど……、いいか」


 死んでないし。

 薬の効果が切れるまで一時間くらいらしいから、十分な長さだ。

 

 いかれた警備員をそのままに、俺は宴会場に辿り着く。

 

 酒の匂いが鼻の中をえぐってくる。

 アルコールが一滴も飲めない俺にはきつい悪臭だが、酒樽がいっぱい置かれたスペースまで移動し、人目に触れないよう体勢を低くして身を隠した。

 

 宴の席は、直視するのが嫌になるくらいに乱れていた。

 

 高貴な身なりをしたお方達が、裸同然の男や女を横に置いて、詳細を書くのがためらわれるくらいのことを公然とやっている。


 ただ一人クロードだけが、酒と食べ物にいっさい手を出さず、不機嫌な表情で座っていた。

 たまに近づいてくる町長に何か詰め寄るが、町長はヘラヘラ笑うだけ。

 

 町の治安に関してクロードには問いただしたいことがたくさんあっただろう。

 大事な労働者が武装蜂起をする直前だというのに、肉欲に溺れるだけの無策な支配者に言いたいことがたくさんあるのだろう。


 だがこの場は真面目な話をするには全く適していない。

 来るだけ無駄だったとさぞ苛立っているだろうし、明確な叛逆の意思を固くしている真っ最中かもしれない。 


「待たせたね」

 

 エリアが静かに俺の横に座った。


「どうだった?」

「わかってくれた」


 エリアは満足そうに俺を見た。


「武器を捨てて持ち場に戻ってくれた。もう大丈夫」

「そうか」


 クロードには申し訳ないが、もうこの町の奴隷は抵抗するのを止めた。

 からではない。

 という選択が彼らにとって最善だと理解してくれたからだ。


「あとはこいつらだな」


 俺は立ち上がってエリアを見る。


「しかし……、そんな格好して大丈夫なのか?」


「ふふ」

 得意げに笑うエリア。

 普段の男装とは真逆の、踊り子に職業を変更したような、実にきわどい格好をしている。


 下着姿の上にスケスケのローブだけ。

 思っていた以上に胸の膨らみがあるのにも驚く。

 どうやら普段はさらしでも巻いて膨らみを押さえつけていたようだ。


 これも計画の内なのだが、エリアは予想以上に過激な格好をしてきたし、こういうのは嫌なんじゃないかと思っていたが……。


「兄上を驚かせてやりたいんだ」


「……確かにそんな姿見たら気絶するだろうな」


「ふん」

 エリアは意地の悪い笑みを浮かべる。


「僕を置いていった罰さ」


 そしてエリアは、

「さあ、行って」

 と俺の背中を押した。


「じゃ、やるか」


 俺はためらわずクロードに近づく。

 

 頼むから俺の話を聞いてくれと町長に訴えるクロードだったが、背後の気配に気づき視線を俺に向ける。

 当然、ぎょっとする。


「ど、どうして……」

 

 俺の身分からしてここにいるとまたひどい目に遭うとわかっているクロードは、諭すように俺に向かって首を横に振る。

 しかし俺はクロードを無視し、町長の前に立った。


 俺を見るだけで腹が立つのか、町長の顔は一気に赤くなり、殺意のこもった目を向けてくる。


「なんで貴様がここにいる。汚らわしいぞ……」


 わりと鍛えられた太い手が俺の首に巻き付いてくる。


「よせ……。なんであなたはそうなんだ!」

 クロードが呆れたように町長の腕を払いのける。


「逆にあなたこそ、なぁぜに、こんなゴミの肩を持つ?」


 クロードを睨みつける町長。


「こいつの部族は一年も帝国に逆らい、多くの同胞を殺したのです。いくら降伏したからといって、三級の立場ですらふさわしくない」


「彼らには彼らなりのルールと文化がある」


 クロードは下がらない。


「それら全部捨ててゼロから帝国に従えなんてのは無理だ。彼らを戦いに追い込んだのは帝国の……」


「クロードさん、正論に効果はないよ」


 俺は笑顔でクロードを黙らせると、町長の前に膝を突いた。


「我が主にお見せしたい物がありまして」


「ああん?」


 なんでお前なんかと話さにゃならんと不満げな町長だったが、色っぽい足取りでやって来たエリアを見るなり、


「おおう……」

 いともたやすく「針」にかかった。

 

 そしてもうひとり。


「え」

 口をあんぐり開けたまま石化するクロード。

 可愛い妹のけしからん姿に開いた口が塞がらない。


「私の妹、エリでございます」


 上目遣いをキープしながらゆっくり艶めかしく頭を下げるエリことエリア。

 物欲しそうな目で、ちらちら町長を見るそのしぐさは、わりと上手い。


「そ、そうなのか、いや、美しい……。お前に全く似てないが……」


 そりゃそうだ。

 クロードとエリをよく見てみれば真相に気づきそうなものだが。


「エリ、主の杯が空のようだ」


 俺がそっと呟くと、エリアは小さく頷いて、持っていた酒瓶から紫色の液体をたっぷり注ぐ。


 エリアの可憐さと胸の谷間にすっかり心奪われた町長はエリアを凝視したまま液体を一気に飲み干した。


 俺とエリアは目を合わせて、小さく頷いた。

 目的達成。

 なんて簡単なミッションだろう。


 あとはもうこちらのペースで動くだけだ。


「町長、一つ、聞いていただきたいことがあるのですが」


「お、おお、いえ、なんでも言え」


「やはり私はクロードさまを新たな主として迎え入れたいのです」


「ああ、そうか。そんな話もあったか。さっきはなんで断ったのか不思議でなあ」


 俺の方など見もせず、エリアの胸に全集中の町長。


「率直に申しまして、クロード様との取引、金銭ではなく、私の妹で何とかなりませんか」


「なる!」

 町長は鼻息荒くして叫んだ。

 こいつは本当に馬鹿だと俺すら思った。


「ジェレミー、お前のやりたいようにしろ。私はもう行く。ほれ、みんなも帰れ帰れ!」


 エリアの腕をつかんで寝所に行こうとする町長だったが、


「最後に主よ。一つ教えて頂けませんか」


「ああ、なんだ? 手短に言え」


 俺はすうっと息を吸って、あえて抑揚もなく淡々と言葉を吐き出した。


「あなたのような能無しがどうやってこの町の支配者になれたのか、詳しく教えて頂けませんか」


 俺の言葉で、一切の音が止まった。


「ああ……?」


 美女を手に入れて満面の笑みだった町長の顔が、一瞬のうちにどす黒くなった。


「今なんて言った? おい、今なんて言った!? ええ??!!」 


 しかし俺は動じない。

 不思議と落ち着いていた。

 だってもう、勝ちを確信していたからだ。


「答えないのなら、私が教えてさしあげましょう」

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