第5話 正しさとは
エクリアのエリア。
帝国内でかなりの知名度を持つ少女である。
まずその美貌。
帝国では珍しい黒髪の持ち主であるが、普段から男装を貫いているため、女らしさを打ち消そうと基本厚着で基本真っ黒い格好。
美しく艶のある長髪は常にポニーテールで、ギュッと縛った後ろ髪を揺らしながら凜と歩く姿に誰しも一度は目を奪われる。
皇帝シオンの妃候補のひとりだったというほどで、現在も多くの騎士や貴族から求婚され続けているとか。
もう一つはその性格だ。
女性でありながら騎士を志望し、しょっちゅう無茶なことをしては父親の胃に穴を開ける超おてんば娘である。
男装した上でこんな所に忍び込むというのはエリアならあり得る話ではある。
ただ、今回に関してはずっとエクリアの屋敷にいたはずだ。
ギアズトリロジーの世界には瞬間移動的なシステムは存在していない。
俺がプレイしたときはエクリアからここに辿り着くまで、馬車を使ってでも二回太陽が登った。
となると……。
「最初からあとを着けてたのか……?」
真相を言い当てた俺にエリアは驚く。
「なんでわかる?」
不意打ちを食らって驚いたようだが、
「いや、まず傷を手当てしないと……」
陶器のように美しいと言われるすらりとした手が俺の頬に触れる。
切り傷だらけでずっとヒリヒリしていた顔に心地よい温もりが走った。
ギアズトリロジーの世界において「回復魔法」はレアな存在だ。
ゆえに帝国内でも術者の数はわずか。
この特別な能力こそエリアの肌が美しく生気に満ちた理由であり、また騎士になりたがる最大の動機のようだ。
とにかく彼女のおかげで俺は命を拾った。
開いた傷、潰れていた臓器、歪んだ背骨、節々の痛みがじんわり溶けていく。
「君に感謝しなければ」
エリアは周囲を伺いながら小声で呟く。
「兄はカッとなると先が見えなくなるところがある。今度も帝国から与えられた大事な金貨に手を出すところだった。君のおかげだ」
「……ああ、いや」
ってか、あなたの兄さんはカッとなってその帝国にケンカを売るんだぞ。
「君の兄さんはどうしてる?」
「手紙でやり取りしただけだが……」
用心深く常に周囲に目を配るエリア。
「町長の宴に参加するらしい。兄はこの町の実態をもう知っている。その事で町長を問いただすつもりだ。返事次第では覚悟を決めていると思う」
「な……!」
せっかくフラグを壊したのになんで自分から火事の現場に飛び込むんだよ!
「そんなのダメだ!」
俺は場をわきまえずに叫んだ。
「あの町長がまともに話しあうと思うのか? あり得ないだろ。だってヤツは……」
そこまで言って俺はフリーズした。
「そうだ、ヤツは……」
あんまり弱いんで忘れてたけど、町長はモンスターだった……。
最初のボスだったのだ。
そもそもあのクズ町長はなんで怪物になったのだろう。
あのままギアズを続けていれば、その答えにたどり着いたのだろうが、今の俺には不可能。というか、一生無理。
あいつが正体をさらけ出したときは確かクロード率いる反乱軍に追い詰められて、一人になった状態だった。
この町の住民は、町長がモンスターだってこと知ってるのか?
知ってたらこんなやつ町長だと認めるか?
そもそもなんでこんなクズが町長になれた?
帝国には選挙なんかないから、世襲制か、誰かに推薦されたかって事にはなると思うが……。
なんか、オカシイ。
なんか、裏がある。
ただのゲームのチュートリアルにそこまでしっかりした設定入れこまない。
そう考えてもいいが、久野英美里は違う。
魔法が飛び交う異世界であろうが、本当に実在していると思わせるほど作り込む人だ。
クズ町長があの立場にいる理由が必ずある。
大事なのはそこだ。
まだ誰もたどり着いていない真実がそこにある気がするのだが………。
「とにかくだ」
俺は呼吸を整えながらエリアに訴える。
「あんたらは今すぐこの町を出た方が良い。もう何が起きようが一切関わるな」
まずはそこから始めるべきだ。
とにもかくにも、クロードに謀反を起こさせないこと。
奴を罪人にしてはいけない。
目の前にいるエリアのためにもそれが良い。
この子だってルート次第では死んでしまう可能性がある。
「君は……」
エリアは俺を舐めまわすように見た。
「何もかもすべて予想しているというか、把握してるみたいだね……」
俺は激しく頭を振った。
「いや、わかってない。わかってないから不安なんだ。だからここを離れた方が良い。そういう意味で言ったんだ」
「父上みたいなことを言うね」
エリアは苦笑したが、すぐ真剣な眼差しに戻った。
「一度ここを離れて子細を父に伝え、そこから何をすべきか探るのも一計だね。けれど時間がない。この町の奴隷達はもう限界に追い込まれている。私たちが離れている間にあの狂人が彼らを皆殺しにする可能性さえあるし……」
「だから挙兵する? 反乱を起こしてやれと?」
危険なキーワードが飛び出たことにエリアは動揺し、俺の口を押さえ、周囲を一度伺ったあと、咎めるように「しーっ」という動作をした。
「さっき奴隷達が限界に追い込まれていると言ったのは二つの意味がある。いつ死んでもおかしくないくらい弱ってる者達もいれば、怒りが頂点に達して爆発しそうな者もいるってことなんだ」
エリアは切々と俺に訴える。
喋っている内に熱くなってきたのか、白い肌が赤く染まってきた。
「私達が関わらなくても、いずれ奴隷達は武器を取ってしまうだろう。そうなったら負け戦だ。戦術の欠片も知らない彼らに勝てるはずがない。だからこそ指揮官が必要になる。もし兄がその立場になったとしたら……、勝てる。うぬぼれでもなんでもなく、兄上なら勝てるはずなんだ」
「だろうな」
一騎当千だからな。
実際、ゲームじゃ楽勝だったし。
だが、勝ったところでどうなる?
その先に待っている結末を俺は知っている。
だからこそ、この正義感溢れる兄妹に若干、イラッとすらしている。
「君らは自分らのやることが正しいと思ってるな。正しいことをすれば周りも認めてくれると信じてるわけだ。あなたのお父上も、みんなのシオン皇帝も、君らが正しい、間違っているのは町長だと認めてくれる。だから反乱したっておとがめ無しで済む。そう信じてるワケだな」
「……」
その通りだ。それの何がおかしいと、エリアは俺を睨んでくる。
「それはない。あなたの父上は、君たちの行動が正しいとわかった上で、君たちを捨てるぞ」
その言葉はエリアにとって少なからず衝撃だったようだ。
「なぜ? 父上がこのような非道を許すはずが」
「あなたの父さんは君らだけ守っているわけじゃない。エクリアの民全員に責任を持ってる。君らの命と民の命。どっちを優先すると思う?」
「……」
黙り込むエリアに俺は畳みかける。
「万が一、君らの肩をお父さんが持ったとしても皇帝はそうはいかない。もし許したら、間違いを正すためなら武器を取って権力者を退治して良いってことになる。そんな前例を認めるはずがないんだ。気に入らないことがあれば皇帝にだって刃向かっていいってことに繋がるんだから」
「しかし、先代は自らの過ちを認める優れた武人で……」
「先代の皇帝、アレンだっけ? そのお方が英雄だってのは俺も聞いたよ。だけど今の皇帝はどうかな? 先代の路線を引き継ぐと言っても結局まわりの意見に左右されっぱなしだって言うじゃないか。少なくともあの人は実の母親に頭が上がらないと言うし……」
まあ、これはゲームで得た情報に過ぎないが、ちゃんとひとりひとりのキャラと会話しておいて良かったと心から思う。
「皇帝とお見合いしたことがある君の方がその点わかってるはずだろ。今の皇帝には正しいことをする勇気も力もないってことがさ……」
「……」
一方的に責められて、エリアはふてくされたようにそっぽを向いた。
「いきなりそんなこと言われたって……」
子供のように口をとがらせ、わかりやすく拗ねる。
「僕たちは間違ってなんかない……。間違ってなんか……」
とうとう素に戻って「僕」と呟いてしまう。
なんだか申し訳なくなり、俺は必要以上に優しく声をかけた。
「とにかく、君らの行動でお父さんを困らせちゃ駄目だ。焦る気持ちはわかるけど、君らの行動次第でエクリアの民全体が俺みたいな三級奴隷に格下げされる可能性だって……」
ここでまたフリーズした。
電撃的に閃いた。
ひとつのことがこの瞬間にはっきりとしたんだ。
「そういうことか、久野英美里……!」
「え、なに? クノエミリって誰?」
戸惑うエリアに俺は得意げに言ったんだ。
「こっちから打って出られるぞ……」
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