転生奴隷のチュートリアル

第4話 死にフラグをとりあえずへし折ってみたら

 そもそもゲームの始まりは、ザクロスという町が税金の滞納を続けているから調べてほしいという任務に、クロードが選ばれたところからだ。

 

 ザクロスの町長はクロードを丁寧に迎え入れるが、そばにいた奴隷のジェレミーがクロードにしがみついて「我々を救ってください」と泣きついたことで、町長の怒りが爆発。

 クロードの目の前でジェレミーに激しい暴力を振るうのである。


 俺が目を覚ましたのはその直後だろう。


 立てなくなるくらいダメージを負った俺をクロードは介抱しようとするが、それが「ジェレミーの越権行為」だと町長はさらに怒る。

 

 今度は町長だけでなく、ヤツの部下までもが俺を蹴ってくる。

 そして最終的に土足で頭を踏まれる。


 まあ、そういう状況だ。

 

 何度も蹴られたせいで腹の中が燃えるように熱く、呼吸をするたびに唾液と血液が口から出てくる。


「よせ。やめろ! やめてくれ!」

 

 俺がリンチされている間、クロードは必死で叫んだが、ガタイのいい男たちにさえぎられて近づくことは出来ない。


 そこでクロードはこう切り出すのだ。


「わかった! 彼を買う! いくらだ!」

 

 その言葉を待っていたかのように町長は振り上げた拳を降ろす。

 そしてヤツは言うのだ。


「50万」


 それはクロードが持っている全財産だった。

 彼個人の資産ではなく、帝国から支給された調査費を含んだ額である。

 しかしクロードはためらわずに言う。


「わかった。払う」


 その場で金貨をぶちまけるクロード。

 思わぬ大金を得た町長は興奮を隠しつつこう言う。

 

「ではこの奴隷はあなたのモノです」

 

 だから今日までは私が何をしようと自由であると、再び俺に暴力を振るう町長とその部下たち。


 そんな契約あり得ないと詰め寄るクロードに、町長は夜に宴会を催すからそこで話しあおうじゃないかと突っぱねる。


 その宴会でジェレミーは町長に殺される。

 腕の骨にヒビが入った状態のジェレミーに酒をつがせ、予想通り酒をこぼしたジェレミーの腹を剣で何度も刺すのである。


 ここまでわかっているならするべき事は一つ。


「彼を買う! いくらだ!」

 クロードが叫んだ直後、それを上回る声量で俺は吠えた。


「断る!」

 

「え……?」

「お……?」


 クロードだけじゃなく町長もポカン顔。

 さらにはお出迎えに参加していた町長の部下や女中までもが、


「なんで……?」


 って顔で俺を見つめる。

 時が止まったかのような静寂が広がった。


 俺はクロードをじっと見つめた。


「そのお金はとても大事なモノでしょう……」


 喉を絞ってどうにか声を出す。

 普段から水を与えられていないのか、びっくりするくらい声がかすれていた。

 

「そいつは俺に使う金じゃない。だってあんたは……」


 いずれクロードは罪人となる。

 その逃亡の最中、彼はずっと金欠で苦しむことになるのだ。

 ここで無駄金を使わせてはなるまい。

 

「君は……」

 

 何か呟こうとするクロード。

 それ以上言葉が耳に入ってこない。

 

 俺に体に限界が来ていた。もともと蓄積していたダメージに加え、リンチまでされたからいずれこうなるのは目に見えていた。

 意識が薄れていく。

 もの凄く寒い。もの凄く眠い。

 

 だけど今回は死ななかった。

 

 目覚めた場所は日光の当たらない、恐ろしく臭い場所。

 壁も土も布団もすべてが腐っているような、やけに酸っぱい匂いが吐き気を誘う。


 ここがジェレミーのねぐらだとすぐ理解した。

 他にも同じ身分の奴隷がいる。

 

 誰もが傷だらけ、

 誰もが死んだ目、

 誰もが疲れ切った様子で地べたに座っている。

 

 彼らは皆、三級の奴隷だ。


 帝国領の北に位置する大草原には遊牧民が大勢暮らしている。

 かつてはジェレミーもそのひとりだったはずだ。

 

 彼がいた部族は帝国の支配を望まず、激しく抵抗をしたため、本気を出した帝国軍にコテンパンにされ、結局降伏した。

 その結果、生き残った者に与えられた身分は第三市民の地位。

 

 最下層の奴隷である。

 きっとジェレミーの首にもそれを意味する黒い輪っかの入れ墨が彫られているだろう。

 

 殴られても蹴られても犯されても、しまいには殺されても、加害者が罪に問われることがない存在。

 道に転がる石より立場が低いかもしれない存在。

 

 彼らと違い、クロードの祖先は帝国との戦いを望まず無条件で降伏したことで、最初から準市民の地位を与えられた経緯がある。

 その後も政治や他国との戦で多大な貢献をしたことが帝国に認められ、正式な市民権を得るに至るという、いわば「奴隷の英雄」だ。


 ジェレミーがそのような「成り上がり」をするのであれば、まずクロードに買われることこそ最大のチャンスだった。

 なぜ自ら拒んで、地獄よりも下層にあるこのねぐらに戻ってきたのか、皆が疑問に思っただろう。


 しかし俺は間違っていない。


 クロードに保護されれば間違いなくその後の宴会で俺は死ぬ。おまけにクロードの人生にも悪影響を与えてしまう。


 俺は自分の死亡フラグだけでなく、クロードのフラグもへし折ったのだ。

 

 誰かこの選択を褒めてくれないか。

 そんな人、この世界にはいないだろうけど


「君のような強い眼差しを初めて見た……」

 

 高いところから声をかけられ、俺は思わず頭を上げた。


 黒いフードとマントで全身を覆う騎士……。

 姿を隠し、声を変えても雰囲気でわかる。


「クロード、なんでここに……」

 

「あいにく、私はクロードじゃない」

「……!?」


 謎の騎士は笑いながらフードを外す。

 ふわりと甘い蜜の香りが鼻腔を通ってきて俺は面食らった。

 

 クロードの妹、エリアが目の前にいた。

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