第1話 未来の俺
そのストーリー展開の豊富さで、日本、いや世界を賑わしている超大作ゲーム、ギアズトリロジー。
細かい展開の違いはあれど、本筋は三つに分岐する。
一つは主人公クロードが謀反の罪で処刑され、妹のエリアが意志を継いで帝国に立ち向かう、通称「妹ルート」
俺が進んだ道だ。
二つ目が「兄ルート」
法を犯して兄を国外逃亡させた妹エリアであったが、その行動は皇帝の母ネフェルに筒抜けになっており、日頃からエリアを嫌っていたネフェルはここぞとばかりにエリアを捕らえ、処刑する。
帝国領から逃れたクロードは素性を偽って隣国ウォードに逃れる。
皇帝とその母への憎悪を胸に秘めながら、クロードはウォードの一兵卒としてのし上がっていく。
で、三つ目は「兄妹共存」に繋がるかもしれない「大将軍アダムルート」
クロードが処刑される直前、妹と仲間たちが刑場に乱入する。
皇帝直属の精鋭と厳しい戦いを繰り広げるが、最後にはタルトだかクルトだかいう魔術師と大将軍アダムというバグを疑うくらい強いボスと戦う羽目になる。
この大将軍アダムがあり得ないくらい強く、勝ったという報告がまだ出てこない。
圧倒的な攻撃力に加え、少なくとも10ターン以上はこちらの攻撃を無効にする特殊なバフがかかっているらしい。
どうにか10ターンこらえるとようやくダメージが通るようだが、そもそも相手の攻撃力が高すぎて10どころか1ターンもたないプレイヤーばかり。
運や偶然が味方して奇跡的に10ターン耐え忍んでも、クルトだかソルトだかいう魔術師まで敵に加わって、そいつがまた異常に強く、お手上げ状態。
だからこのルートが兄妹共存になるか、実はまだ不明。
ちなみにアダムに負けると兄と妹のどちらかが囮になり、どちらかを逃がすルートになるようで、生き残った方が帝都の下水道を通って脱出する展開となる。
さて、最序盤の鍵を握ると言われた奴隷のジェレミーだが、上記のどのルートを行っても結局死んでしまう事が判明した。
しかも全てのルートでエグいくらい哀れな死に方をする。
一番酷いのは大将軍アダムルートだ。
戦いの直前、全身鎧に身を包んだアダムに頭部を踏んづけられて、われたカボチャみたいに粉々になる最後。
ひどすぎる。
早速ネットでは「かわいそうなジェレミー」と名付けられ、あっという間にネタキャラ扱いだ。
これもヤンファンエイクの狙い通りか?
とまあ、発売されてから一日足らずでこの混乱と熱狂。
またしてもヤンファンエイクは俺たちの期待を越えたわけだが……。
道が一つでないとわかった以上、俺はこのまま進めるべきだろうか。
ゲームの世界でのみ存在する、最強かつ誰でもできる究極魔法、リセットを使うべきだろうか。
クロードの処刑をなかったことにするべきだろうか……?
「いや、このまま進めよう」
クロードには悪いが、エリアは可愛い。
彼女を操作することに何の不満も無い。
文字通りこの先どうなるかわからない世界で、エリアと一緒に思う存分ヤンファンエイクに振り回されようじゃないか。
さあ、再び冒険を始めようとコントローラーを手に取ったとき、冷や水をぶっかけるようなスマホの着信音が部屋に響いた。
上司からの電話だ……。
「マジかよ……」
嫌な予感しかしないが、皆も経験あるとおり、嫌な予感は大体、的中する。
「本当に申し訳ないんだけどさ、明日、出勤してくれないかな。月曜に代休取って良いからさ……」
「え……」
最悪だ。悪夢だ。
今週は絶対土曜日は休むと、一ヶ月前から申請していたじゃないか!
わかってんのかクソ上司!
と、言いたいところだが、そんなことを言える勇気も権限も俺にはない。
出ろと言われたら出るしかない。
断ればクビだ。
その点、俺も「かわいそうなジェレミー」と同じ。
殺されないだけマシというもんだろう。
「……大丈夫ですけど、なんかあったんですか?」
「実はさ……」
普段は無愛想で、社員の都合なんか一切考えない上司だが、今回はさすがに責任を感じているのか、声の調子が暗い。
「久野のおっさんが死んでたって親族から電話が来たんだよ」
わりとショッキングな内容だったので、頭で理解するのに若干、時間がかかった。
「死んだ?! ほんとに?!」
「びっくりだよ。おかげでシフトがめちゃくちゃだ……」
上司は吐き捨てるように悪態をついた。
「死んでからも迷惑かけるなんて、マジでどうしようもねえよ、あの親父……!」
というわけで、土曜日を丸一日ゲームに費やそうという俺の目論見は、同僚の突然の訃報によってあっさり崩れた。
故人に対して使う言葉としては本当に失礼だとわかっているけど、あまり仕事ができる人ではなかった。
覚えが悪い。動きが遅い。無駄な手順が多く、作業時間がかかりすぎ。
効率を良くするために色んな人が半ギレでアドバイスしても、こういう人に限って変にプライドが高いのか、自分のやり方を変えない。
あまりに結果を出さないので、なんでこの人と同じ給料なんだと陰口をたたく人は大勢いた。
人の悪口を言わない性格の良い事務職のおばさんですら、
「何やっても駄目な人っているんだね」
と呟くくらいの人が、久野順平という男だった。
実を言うと、俺は社内で唯一、彼の味方だったと思っている。
あまりの仕事の遅さに辟易してはいたけれど、そのことで責めたり、意地悪い言葉を投げつけた覚えは無い。
もうほっとけと上司に言われるくらい仕事のアドバイスをしたし、仕事以外のことでも積極的に声をかけたりもした。
理由は一つ。
あの人を見ていると、あれが未来の自分だと思ってしまうからだ。
両親はすでに墓の中。結婚はしていない。
小さなアパートに一人暮らし、生活費で貯金が吸われていくから蓄えなんかほとんど無く、その日暮らしで精一杯。
頭も体もどんどん衰えて、自分より若い上司に「なんでこんな簡単な作業が出来ないんだ」と怒鳴られるだけの毎日。
俺もいずれ、ああなると思っていた。
だから強く言えなかったし、放ってもおけなかった。
そしておっさんの死は確かなダメージを俺に与えた。
孤独死ってのは厄介だ。
家の照明が付きっぱなしで、蛇口の水がずっと流れている。
隣部屋の男性が大家に連絡したことで死体が見つかった。
台所で倒れていたそうだ。
医者から「死んでいる」と認めてもらう必要があるので、救急車がやって来て、動かないおっさんを運んで病院に連れて行く。
警察までかり出される。
故人の自宅にやって来て、その死に事件性が無いか調査するのだ。
とまあ、家族がいない状態で死ぬってのは、ここまで大ごとになる。
自分が死んだあとになってこれほど多くの人間を動かすってのは、想像するだけで気恥ずかしいというか、細かい手順なんかほっといて、さっさと灰にして海に捨ててくれという気になる。
とまあ、そういったことで俺の熱は冷めてしまった。
とてもゲームをする気にはなれない。
一人暮らしをしていると発作のようにやって来る将来の不安ってやつが、俺をぐらつかせる。
耐えられなくなって、夜中だってのに家を出た。
久野のおっさんのアパートに向かった。
一年ほど前、会社の飲み会で立ってられないほど酔っ払ったおっさんを彼のアパートに連れ帰ったことがあったから、家の場所は覚えていた。
自分の部屋に戻った久野のおっさんは、ベロベロに酔っ払った状態で、迷子になった子供のようにワーワー泣いた。
どうしたなんて聞けるはずが無い。
本人も理由なんかわからないはずだ。
どうしようもなく、ただ泣けてきたのだろう。
故人の亡きがらはおそらく病院にあるだろうが、俺は古く色あせたアパートを前にして、静かに手をあわせた。
お互い、ろくでもない人生だよな。
そんな気持ちで久野のおっさんに祈っていた。
「あの、失礼します……」
突然声をかけられた。
虫ですら眠っているような静けさの中、不意打ちを食らう形になったので、俺は惨めなくらいに驚いた。
そして相手を見て、もっと驚いた。
腰を抜かしそうになった。
なんて日だと思った。
俺に声をかけてきたのは女性。
見覚えがある。
ヤンファンエイク社の幹部兼、ライター。
そう。さっきまで俺を興奮させていた「ギアズトリロジー」のシナリオを書いた天才作家がどういうわけだか目の前に立っていたのだ……。
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