奴隷転生

第0話 無限の世界

「ありゃま、クロード、死んじゃったよ……」


 思わぬ展開に俺はコントローラーを握りながら呆然と呟いた。


 忘れもしない秋の夜。

 俺は「ギアズトリロジー」という超大作RPGを購入し、土日を使って遊び尽くすことに決めていた。


 発表するソフトが軒並み高評価、そんでもって世界的大ヒットという業界のエース、ヤン・ファン・エイク社。


 その最新作がギアズトリロジーだった。


 とんがったシステムばかり採用する前衛的なソフトメーカーなんだけど、今作は中世を舞台にしたオーソドックスなロールプレイングゲームで、逆にそれが話題になるほどだった。

 ギアと呼ばれるスキルめいたものを付け替えたり増やしたりしてパーティを強化するという、今時珍しくも無い、というより、かなり古くさいシステムを採用したことで、今作は古き良きオールドゲームへのリスペクトなのだろうとファンは感じていた。

 

 物語の舞台はイングペイン帝国。

 英雄と呼ばれた男アレンの後を継いだ新皇帝シオンがあまりに愚鈍なことで、大国の繁栄に陰りが出始める。

 

 帝国第三の都市エクリアを治めるエルンスト。

 その息子クロードがこのゲームの主人公。

 口にこそ出さないが、クロードは帝国の身分制度を快く思っていない。

 

 そんな中、クロードは父からザクロスという町を視察するよう命じられる。

 帝国に納める税が届いていないというのだ。


 調査に赴いたクロードは町の実情に驚く。

 

 いったい何を読んで何を喰ったらそこまで残酷になれるのか、その半生を追っかけたくなるほどクズな町長が、奴隷を戯れに迫害し続けた結果、奴隷達が仕事を放棄し、地下施設に立てこもっていたのである。


 この事実を帝国に知らせたくないクズ町長は戦いの才能に優れたクロードに内密での解決を願い求める。

 その見返りは大金と美女。

 しかし我らが主人公クロードはその誘いに嫌悪感を覚える。

 そして町長がジェレミーという若い奴隷を意味も無く虐待するさまを見る。

 怪我のせいで手が震え、クロードの服に酒をこぼしてしまったジェレミーは、その場で町長にめった刺しにされて死ぬ。


 その夜、意を決したクロードは単身地下におもむき、ボイコットを続ける奴隷達に告げる。


「俺があなた方を解放する」


 すぐさま奴隷達と共に町を出ると、古い砦にこもり、町長に宣戦布告。

 

 町長は怒り、すぐさま大軍を連れて打って出るが、クロードは天才的な指揮官だけでなく、この世界のあらゆるパワーを剣に込めることが出来るギアの持ち主だった。

 つまり魔法戦士みたいなヤツで、要するに強い。

 おまけに敵の兵士達は長い平和により戦いの経験が無い。つまり弱い。

 

 これでは戦いにすらならない。

 目をつむってボタン連打するだけでも勝てる。


 とまあ、ここまでがいわゆるチュートリアルになっており、クロードはさほど苦も無く、町長を追い込む。

 

 礼儀を知らぬ世間知らずの馬鹿息子が……と怒る町長。

 なんとびっくり、観るもおぞましいモンスターに変貌を遂げる。


 ここで最初のボス戦。


 っていうか……。


「馬鹿正直なくらい王道なロープレだな……」

 

 こんな感じのゲーム。今まで何千何万と世に出たはずだ。

 

 なのになぜだろう。

 どうしてこんなに面白いのだろう。


 ヤンファンエイクの作品はいつもそうだ。

 なんだか妙にひきつけられるんだ。


 それはシナリオを担当している久野英美里くのえみりの才能が凄まじいからに違いない。

 魔術師とすら評される世界一のストーリーテラーは、今作においても俺たちを叩きのめしたということだろう。悪い気はしない。


 事実、時がたつのを忘れてギアズの世界に夢中になった。


 怪物と化した町長を倒すと、クロードは助け出した奴隷達を引き連れて自分の土地に帰ろうとする。


 しかし父親はクロードを都市に入れるのを拒む。


 クロードのしたことはれっきとしたクーデターだ。


 ここで息子と奴隷を引き入れると、父も謀反に加わったと見なされる。

 父は自分の領土と民を守るため、クロードを捨てたのである。


 追い詰められるクロード。

 帝国政府もプライドを傷つけられたと感じたのか、凄まじい物量でクロードを追いつめる。

 さすがのクロードもここまで数に差があっては逃げるだけで精一杯。


 そんなクロードの前に妹のエリアが現れる。


 エルンストが北の隣国ウォードと極秘裏に取引をしたことで、クロード達の身柄をウォードが引き取ってくれるというのだ。


 しかしそのためには帝国の包囲網をくぐり抜けなくてはならず、戦力差を考慮すれば、それは不可能に思えた。


 覚悟を決めたクロードは部隊を分散し、自らは囮となって帝国に突撃する。

 奴隷達を救う代償に自分の身を帝国に差し出したのだ。


 そしてクロードは帝都に連行され、即座に処刑される。


 これでゲームオーバーになるかと思いきや、物語は進む。


「やっぱ、死んじゃったよな、主人公……」


 死んだクロードのステータスや所持していたギアは全てエリアに引き継がれ、今度は妹のエリアを操作することになってしまった。


「やってくれたな、ヤンファンエイク……」


 言葉と裏腹に、俺は内心ワクワクしている。


「やりやがったな、久野英美里め……」


 騙されて嬉しいなんて経験、なかなかない。


 事前の情報はクロードが完全無欠の主人公であるというものしかなかったが、これはミスリードだったのだ。

 本当の主人公はまだ10代の少女、エリアだった……。


「けど、ネット荒れないかな……」


 こんなやり方許せないと、クロードの見た目を気に入っていた方々は不満を抱いても無理はない。


 とりあえず休憩しようとスマホを手に取り、やはり一筋縄ではいかなかったヤンファンエイクの最新作の反応を見てみると、とんでもない感想が飛び込んできた。


「普通にやってたけどクロード死ななかったよ」


 なんだって?


 そんな展開あり得ないとガセネタを疑ったが、他のプレイヤーも同じ状況になっているようで、しっかりプレイ動画も確認した。

 

 鍵を握るのは、町長に殺される奴隷のジェレミーだ。

 どうやら彼が助かるルートが存在するらしく、進めていくとジェレミーと一緒に町長をぶち殺す展開になるとか。


 さらに違うルートも存在する。


「妹のエリアが親父の手紙を持ってくるときに、何らかの条件でエリアが仲間になる。こいつが回復魔法の使い手なんで、上手くいくとクロードも降伏しないで隣の国まで逃げられる。けど妹だけは捕まっちゃって、妹が処刑される」

 

 他にもまだまだルートが存在するようで、

 俺はこうだ。

 俺はああなった。

 いや、生き延びるだろ。

 いやいや死んだと見せて実は死んでない。

 

 ……などなど、まさに枚挙に暇が無い。


「ものすげえことになってる……」

 

 ネットに渦巻く「もしも」の嵐。


 やはりヤンファンエイクの新作はとんでもなかった。

 このゲーム、プレイヤーの数だけルートが存在しているらしい。


「面白いっ!」


 その時の俺はプレイヤーに過ぎなかった。

 これから一ヶ月は退屈しないですむと思って、それだけでウキウキしていた。


 数時間後とてつもないことが起こる。

 それこそ人生が一変する瞬間が迫っていることなど想像すらしていない。

 

 まさか、ギアズの世界に放り込まれるなんて……。

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