第二話 勇者

翌日、登校中に尾関を見つけたので声をかけてみた。


「おはよう」


 彼女は冷たい目を向けてくる。


「声かけないでって言ったのに」

「いいじゃん、べつに」

「私といるとなんか言われるわよ」

「大丈夫だよ、俺が睨んだら黙るし」


 奇異な視線で見てくる同じ学校の制服を着たやつらがいたのでギロッと睨むと、ささっと目をそらした。


「ほら、俺が睨むと、こんなかんじになる」

「あなた、怖い顔してるものね」

「うるせぇ、顔には触れるな」

「それは……ごめんなさい」

「なんだよ、やけに素直に謝るな」

「いえ、私だって、顔には触れられたくないし」


 まぁそうか、こいつは顔についてとやかく言われるやつの気持ちがわかるよな。

 そのまま二人並んで俺たちは通学路を歩いた。

 教室に入ると、不良たちが絡んできた。


「おいおい、どうしたよ、ゴブリンなんかと登校しちゃって」

「ひょっとして、ゴブリンのこと好きとか?」

「マジ―!?」

「んなわけねぇだろ、どうせいじめてたとかだろ」

「あ、なーるほど」

 

 好き勝手言うやつらだ。


「いじめてねぇよ」

「とかいって、いじめてたんだろー、わかるわかる」

 と言って何度もうなずく村田。

 ほかのやつらも、俺があいつを登校中にいじめていたと思っているようだ。

 まぁ、俺が抱かれているイメージを考えると、俺とあいつがただ会話しながら登校していただけなんて、そりゃあ思われないか。



 その日の昼休みのこと。

 昼ご飯を食った後に、トイレへ行こうと廊下を歩いていると、女子トイレから出てくるあいつを見た。

 手には弁当箱を持っていた。


「おい」

「なんだ、あなたですか」

「おまえ、それ……ひょっとして、トイレで飯食ってたのか?」

「……悪い?」

「いや、悪いっていうか」


 便所飯するやつなんて実際にいたのか……。


「明日から一緒に飯食ってやろうか?」

「はぁ? なんですか、それ。私を憐れんでいるんですか?まったく、べつにひとりでいいですよ」

「でも、トイレで食うなんて……」

「余計なお世話です、私は一人で食べるのが好きですから、ほうっておいてください」


 と尾関はプイっと顔を背け、踵を返してしまう。

 彼女だってほんとは誰かと食べたいんじゃないかと思うのだが、プライドが許さないのだろうか。

 学校が終わると、今日も相変わらず尾関はそそくさと一目散に教室を出ていった。

 俺も学校を出て、帰り道を歩いていると、前方に尾関の姿が見えた。

 彼女が振り返り、俺を見て、げっという顔をする。


「よぉ」


 と片手をあげると、彼女は大げさに溜息を吐いた。


「またですか、どうしてばったり会うんですか」

「そりゃあ帰り道が同じだからだろ、隣のマンションに住んでるんだし」

「私のほうが早く教室を出たはずですけど?」

「俺のほうが歩くの早いからな」

「どうして放っておいてくれないんですか?」

「寂しいかなと思って」

「余計なお世話です」


 と尾関は早歩きで進んでいく。


「あっ、ちょっと」


 俺も足の回転を速めて彼女についていこうとするが、その時、右から俺に向かって歩いてくるやつがいて、邪魔された。


「おい」


 威圧感たっぷりの声をかけてきた男は、制服を着崩し、髪を金色に染めていて、いかにもヤンキーといったかんじの風貌だった。


「おまえ、東丘中学の大竹だな、最近ここらで調子こいてるらしいじゃねぇか」


 調子こいてるつもりはないのだが……。

 もともと目つきが悪いせいでガンつけてると誤解されてよく不良とかに絡まれるんだよな。

 俺は相手が殴り掛かってきても殴り返したりしていないし、たいてい相手の攻撃をよけ続けているうちに相手は戦意喪失する。

 戦意喪失しなくても、俺が睨むと、たいていの相手は逃げていく。

 俺は別に相手をぼこぼこにしたというわけではないのだ。

 なのになぜか俺が不良を完膚なきまでに叩きのめしたということになり、このあたりでおれは喧嘩の強い恐ろしい不良として有名になってしまっていた。

 べつに俺はそんな有名になんてなりたいわけじゃないのに、はぁ……。


「べつに調子こいてねぇよ」

「嘘つくな、おまえにやられたっていう俺の学校の後輩が俺に泣きついてきたんだよ、仇を討たせてもらうぜ」

「仇って……」


 俺は一方的に絡まれただけだし、殴ってすらいないんだが。

 こういう不良って妙に仲間思いで、仲間がやられたらその仇をとるっていう思考のやつが多いから嫌なんだよなぁ。


「おら、仲間の仇!」


 顔面に来たこぶしを頭を傾けて避ける。


「ちっ、よけんな!」


 相手の攻撃を後退しながらサッサっとよけていく。

 右手で殴りかかってきたら顔を左にそらし、左手できたら顔を右にそらすっていうことを繰り返していく。

 当たったら痛そうだが、ワンパターンな攻撃でよけやすかった。


「いでっ!」


 何回目かわからない攻撃をよけた時、あいつのこぶしがその勢いのまま、

いつのまにか俺の背後にあった高層マンションの壁に当たった。


「いっでーーー!」


 こぶしを抑えて悶絶する男。

 血がだらだらと流れている。もしかしたら骨折しているかもしれない。


「くそ、よくもやりやがったな、覚えてろよ!」


 捨て台詞をはいて、男は遁走していく。


「あ、おい、病院行ったほうがいいぞ!」


 と背中に声を投げかけたのだが、彼は振り向きもせずそのまま遠くへ行ってしまった。

 ちゃんと病院へ行くだろうか、あいつ。

 あれ、そういえばあの女、どこ行った? とあたりを見回していると、電柱の裏に隠れていた彼女がのっそりと出てきた。

 どうやら俺とあの男のやり取りを安全圏から眺めていたようだ。


「終わったようですね、喧嘩」

「おまえ、いつの間にかくれていたんだ?」

「あなたたちがくだらないやり取りをしている間に。それにしても強いんですね」

「いや、強くはねぇよ」

「でも、撃退したじゃないですか」

「相手が自滅しただけだ、俺はよけていただけだからな」


 俺が歩きだすと、彼女も俺の少し後ろを維持して歩き出した。


「あなたってもしかしてあんなかんじでいつも絡まれてるんですか?」

「いつもではないけど、結構な頻度でからまれるな」

「やっぱり不良ですね」

「ちげぇよ、不可抗力だ、俺は自分から喧嘩売ったことはない」

「ほんとですか?」

「ほんとだよ」

「まぁたしかにさっきのけんかもよけていただけですからね」


 それから数分間、俺たちはしばらく無言で歩き続ける。

 このまま家まで何の会話もなく終わるのかと思ったが、もうすぐ家に着くというところで、あいつが口を開いた。


「ねぇ、あなたなら、私をいじめているあのくそ野郎たちを、倒せますか?」

「は?」


 虚を突かれた。

 俺があいつらを倒す……か。あいつらとはべつに仲が悪いわけじゃない。

 けど、あいつらがやってるいじめについては、いいことだとはもちろん思っていない。

 だからって懲らしめようとか、そんなことは今まで思ったことなかった。

 彼女の顔をまじまじと見る。真剣な顔つきだった。


「おまえは、そうしてほしいのか?」

「あいつらに報いが来てほしいとは思っています。私、期待してるんです、私を助けてくれる誰かが現れるのを、まぁそれがあなたじゃなくてもいいんですけどね」


 もし彼女が本気で助けを求めてきたら、あいつらを倒してほしいって言ってきたら、俺はあいつらに危害を加えられるだろうか、彼女のために。


「何考えこんでるんですか。別にいいですよ、さっき私が言ったことは気にしなくて。どうせ助けてくれるなら、かっこいい人がいいですしね。物語に出てくる勇者みたいな人がいいです。あなたは、そんなかんじの人じゃないですし……」


 尾関は俺の顔を見て、はぁっと溜息をついた。

 こいつ……。


「おまえ、ずいぶんと夢見がちというか、ロマンチックというか……」

「ふん、いいじゃないですか、夢を見たって」


 彼女はプイっとそっぽ向いて、歩く速度を速める。

 まぁ、別に悪くはないが。

 勇者ねぇ、まぁ確かに俺はそんなかんじではないか。

 勇者じゃないなら、俺はなんなんだろうな?

 俺は何にならなれるんだろうか?

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