第三話 噂
次の日、学校に行くと、なぜか放送で職員室に呼び出された。
職員室に行くと、いきなり男の先生たちに囲まれて、昨日の不良とのもめ事の件について問い詰められた。
どうやらあの不良が怪我したことが向こうの学校で問題になっているらしく、うちの学校に問い合わせが来たらしい。結構重傷だったようだ。
自分からは殴ってない、あいつが俺に殴りかかってきたから避けたら勝手に壁にこぶしをぶつけて怪我しただけだ、と言ったのだが、信じてもらえなかった。
俺の評判や俺の外見からくるイメージが原因だろう。俺は悪いやつだと決めつけられてしまった。
とりあえず職員室から解放されたが、もしかしたら停学になるかもしれないらしい。
俺は何もやっていないのに、なぜこんなことに……。
教室に戻ると、何人かの不良に「他校の不良をぼこぼこにしたんだって? さすが!」と言われたが、それは一部のやつだけで、大半のやつらは少し俺に引き気味だった。
それからというもの、廊下などを歩いていると、ひそひそと内緒話をされるようになった。
俺がそういうやつらの方を見ると、ビクっとおびえた顔をして黙るのだが、気分は少しも晴れない。
今までも多くの人から避けられてはいたが、前にも増して避けられるようになってしまった。
ほとんどのやつはまともに俺を見ようとすらしない。
俺が歩いていると、ささっと道を開ける。
べつにそんなことしなくてもなにもしないというのに……
ある日の帰り道、尾関とばったり鉢合わせると、嫌み混じりにこんなことを言われた。
「なんだか最近、すごく嫌われているようですね」
「そのようだな、俺、なにも悪いことしてないのに」
「世間なんてそんなもんですよ、噂とか外見とかで相手はこういうやつだと決めつけて、非難する。事実なんて見ようとすらしないんです。いえ、それが事実だとろくに確かめもしないで思い込んじゃうんですよ」
実感のこもった言い方だった。こいつも今の俺と同じような苦しみを味わったことがあるんだろうか。
噂は日に日に悪化していった。
俺がいつも不良をぼこぼこにしているとか、万引きをしているとか、恐喝をしているとか、事実無根の話がそこかしこで吹聴されていた。
前からイメージは悪かったが、今はさらに悪くなっている。
そして、この日、俺の評判が決定的に底に落ちるイベントが起きた。
授業がすべて終わり、掃除も終了して、さぁ帰ろうという時のことだ。先生が急に俺たちを呼び止めて、全員着席するように告げた。
なんだなんだと教室がざわつく中、このクラスの田代というやつの財布から5千円がなくなっていたことを、先生が重々しく報告した。
先生は教室を見回して、誰か心当たりはないかと言う。
教室が騒がしくなった。
「誰かが盗んだんじゃねぇの?」
と誰かがふざけ混じりに言う。
「おいおい、そんな盗みなんてするやつ、このクラスに――」
と言ったやつが俺の方を見る。
すると、ほかのクラスメイト達も俺のことを次々と見だした。
「あ? 俺はやってねぇよ」
つい怒りを込めて言ってしまった。
クラスメイト達がびびって「そ、そうだよねー」「大竹君はそんなことしないよねー」と言っているが、なんだかクラスのほとんどのやつらは依然として俺が犯人なんじゃないかと疑っているみたいだった。
語気を強めていってしまったのが悪かったのかもしれない。
どうやら自分が犯人であることをもみ消そうとしてああいう態度に出たと思われているようだ。
とんだ濡れ衣だ。
尾関がこの前言っていた、相手は噂とか外見で判断するという話を思い出す。
ああ、まったく、その通りだな、ほんとに。
その日はそれ以上追及されず、結局、金を盗んだやつは現れなかったが、俺はそれから誰からも話しかけられなくなった。
いや、ひとりだけいたか、話しかけるやつが。
「あなたもとうとうぼっちめしをするようになってしまいましたか。哀れですね」
昼休み、中庭のベンチで弁当を食っていると、彼女がやってきた。ニヤニヤとムカつく笑みを顔に張り付けている。
「おまえが言うか、それを」
ギロッと目を細めて尾関を見るが、彼女は全く怯まない。
まったく、おまえくらいだよ、今この学校で俺が睨んでもビビらないのは。
「今度から一緒にお弁当、食べてあげましょうか? あ、前と逆になりましたね、立場が、ふふふふふ……」
「お前、結構いい性格してるよなぁ」
「ふふふふふふふ」
お腹を押えながら笑っている尾関。こんなに楽しそうな彼女は珍しい。
「お前は飯、食わないのか?」
「もう食いました?」
「便所で?」
「はい、便所で」
俺の隣に彼女は腰かけた。
「あなたがお金を盗んだんですってね、クラスメイトのほとんどの人がそう言ってますよ?」
「濡れ衣だって言ったら、おまえは信じるか?」
「信じます」
「え?」
あっさりとそう言ってきたので、驚いた。
こんなにすぐに自分を信じてもらえたのは初めてな気がする。
「あなたがどういう人かは、多少はわかっているつもりです」
「そうか……ようやく俺が不良ではないとわかってくれたか」
「ええ、今ではマイルドヤンキーくらいに思ってます」
「いや、俺はマイルドヤンキーでもねぇから」
まぁただの不良と思われるよりはマイルドヤンキーの方がましか。
そう思ったとき、彼女の視線がある一点をじっと見つめているのに気づいた。
視線を追うと、校舎の二階の窓のところを見ていることに気づいた。
その窓の向こうには、一人の男子生徒がいた。
あれは……たしかサッカー部の城石だ。
イケメンで女子にモテていることで有名だ。サッカー部では一年生の時からレギュラーで主にフォワードをやっているらしい。
彼女はぽーっとした顔で城石のことを見ていた。
「なんだ、おまえ、城石のことが好きなのか?」
「え!? ば、ばれちゃいました?」
「そりゃあ、今のおまえの様子を見ていたらわかるよ」
「そうですか、わかっちゃいましたか……」
「結構面食いなんだな、おまえ」
「失礼な、面食いってわけじゃないです、彼は性格がとてもいいんです、まぁ、顔も好きですけど」
顔も結局好きなのかよ。
まぁべつにお前が誰をどのように好きだろうとどうでもいいけどさ。
「へぇー、性格までいいのか」
「ええ、彼は私にも優しくしてくれたんです」
「以前になんかあったのか?」
「一年生の頃、私が帰り道で転んだとき、偶然近くにいた彼が大丈夫って声かけてくれて、私が立ち上がるのを助けてくれたんです」
「へぇ、それで好きになったのか?」
「ええ」
「……そんだけで?」
「そんだけって何ですか、好きになるのに十分じゃないですか!」
ちょろすぎる……。
まぁ助けてくれたのがイケメンだと、恋なんて簡単に落ちるものなのかもしれないが。
「なぁ、もし俺が同じことをしたらお前、俺に惚れてたか?」
「いや、それはないでしょうね、絶対」
即答かよ。いや、べつにいいけどさ。
彼女は相変わらず彼を見つめている。目のほよーと時折つぶやきながら。
「告白しねぇの?」
「え、告白? そ、そりゃあしたくないわけではないですけど、でも、迷惑だと思われないですかね、いや、彼は性格もイケメンなので迷惑に思うわけありませんが……」
「そう思うならすればいいじゃん」
「そ、そうですね、彼はいい人ですし、私にももしかしたらチャンスが……!」
キャーとつぶやいたりして、楽しそうな彼女をほほえましく見ていた。
うまくいくといいな、そうでなくてもダメージの少ない失恋の仕方をすればいいなって思った。
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