第一話 殺したいやつリスト
中学二年生のある日のこと。
教室に入り、自分の席へ向かう途中、一つの机が目に入った。
びっしりと落書きがされてある。
学校くんな!とかゴブリンとか死ねとか、そんな言葉がびっしりと机を埋め尽くしていた。
しかしこれはいつものことなので、さして驚きもせず俺はそのまま通り過ぎ、そこから二つ後ろの席に座った。
「はよーっす」
不良グループの中でもとりわけ俺のことを慕っている村田が、俺の席まで来た。
三つ前の席では、なにやらぞろぞろ人が集まっていて、少し騒がしくなっていた。
「おはよーゴブリン」
中山というギャル系の女子がゴブリンと呼ばれている女子に声をかけた。
下の名前は知らないが、たしか名字は尾関という名前だったはずだ。
彼女は黙って下を向いていて、なにも言葉を発しない。
「無視すんなよー、冷たいなー」
と言いながら、彼女の頭をたたく中山。
「ところでゴブリン、おまえの机、汚れてるじゃん、ほら、雑巾持ってきてやったからこれでふけよ」
と言って中山は尾関の顔に雑巾をたたきつけた。
その雑巾は顔にあたった後、机に落ちる。
たぶん机を汚した犯人はあいつだ。なのにあの言いよう……面の皮の熱いやつだ。
「ほら、それで机早くふけよ、先生が来る前にきれいにしろよ、先生がその机見たら、めんどくさいことになりそうだからさ」
それでも尾関が動かないと、中山は彼女の頭をたたいた。何度も何度も。
そのうち、尾関はあきらめた表情になって、机をぞうきんでふきだした。
その様子をギャルやその取り巻き立ちはギャハハハハと笑いながら見ていた。
ほかの生徒たちはその光景を遠巻きから何もせず眺めていた。
「なんすかあれ、うけるっすね」
村田がそう言って笑う。
俺は返事をせず、黙って尾関を見ていた。
その日の授業がすべて終わって、掃除の時間になった時のこと。
教室の掃除をしていた俺は、教室に何かのメモが落ちているのを見た。
その紙を拾ってみると、そこには上の方に殺したいやつリストと書かれていて、その下にはびっしりとクラスメイトの名前が書き連ねてあった。
あ、俺の名前もある。
俺を殺したいのか……。俺、なんか恨まれるようなことしたっけ?
よく見てみると、何人かには名前の横にチェックが入っていた。
このチェックはどういう意味だろう?
このメモの持ち主は……
リストに並んでいる名前を見たら誰のものか想像がついた。
俺以外の誰かがこれを見たら、どうなってしまうだろう?
見つけた奴によっては大変なことになりそうだ。
俺はそれをポケットに入れた。
掃除が終わり、放課後になった時、俺は家の鍵を忘れたことに気づいた。
しまったな、これじゃあ家に入れない。
どうしようか……母親が帰ってくるのは六時くらいだからそれまで時間をつぶす必要がある。
しかたない、図書室に行って本でも読むか。
一緒に帰らないかと誘ってくるやつらがいたが、それを断り、図書室へ行った。
さて、何を読もうか。
なるべく平易で読みやすいのがいいな。
パッと目についた本を手に取り、適当な席に座って、黙々と読んだ。
図書室には俺以外にも何人か生徒がいて、そいつらからの視線をちらちらと感じる。
どうやら俺が図書館にいるのが意外らしい。
甚だ不本意なのだが、なぜか俺は不良として有名だ。
顔が強面なのと不良グループとつるんでいると見られているからそう思われているらしい。
俺はべつにつるんでいるつもりなどなく、向こうから絡んでくるだけなのだが……。
本を読んでいると時間がたつのが早い。
読書に熱中していて、気づいたら五時半になっていた。
図書室を去り、荷物を教室に置いたままにしていたので、鞄を取りに教室に戻ると、誰もいないと思っていたそこに誰かがいた。
あいつだ。あのゴブリンと呼ばれている女だ。
そいつは下を見ながらうろちょろと教室を練り歩いている。どうやら何かを探しているらしい。
俺に気付いた彼女がこちらを見た。嫌そうな顔をする。
「何探しているんだ?」
「べつに」
「ひょっとして、これか?」
俺はポケットから出した殺したいやつリストを見せる。
彼女は目を見開いた後、キッとにらんできた。
「その反応、やっぱり、おまえのなんだな、これ」
「なんであなたがそれを……?」
「拾ったんだ、落ちていたやつを」
「それで、どうするつもり?」
「どうするつもりって?」
「それをクラスのみんなに見せるんでしょ? こいつ、こんなの書いてるぜって」
俺以外はそうしたかもしれないな。
「まさか、はい」
俺は彼女に殺したいやつリストを手渡した。
「え?」
「返すよ、これ」
怪訝な表情で俺を見る彼女。
俺から一歩後ずさり、警戒心をあらわにしてくる。
「そんなに疑り深くならなくても、別になんもしねぇよ」
「何が目的ですか? 金ですか? 金でも要求するんですか?」
「しねぇよ、なにもしないから安心しろ」
彼女はきょとんとして、戸惑っているようだった。
「ところで、なんで俺がリストに入ってんの? 俺なんかおまえにしたっけ?」
「だって、あなた、私をいじめてるやつらと仲いいじゃない」
「ああ……まぁ、そう見えるかもな」
べつに俺は仲良くしているつもりはないが、向こうから俺の方に来るんだよな。
「あんなやつらと仲いい時点でろくな人間じゃないわ」
「あっ、そういうこと」
俺を嫌う理由については理解したけど、心外だな。
俺は不良のレッテルを張られてるだけで、実際は普通の人間だと自分では思っているし。
おっと、あともうひとつ訊きたいことがあったんだった。
「このチェックは何?」
「特に殺したいやつ」
「ああ、そういうことね」
確かに言われてみると、特に彼女をいじめている奴にチェックが入っていた。
聞きたいことは聞けたし、殺したいやつリストも返せたし、そろそろ帰るか。
「腹減ったし、俺は帰る、じゃあな」
踵を返すと、彼女も少し遅れて俺の後ろをついてきた。
学校を出てしばらく経つが、なぜか彼女はずっと俺の少し後ろを歩いている。
振り返って、声をかける。
「なんで俺のあとをつけんの?」
「つけてないわよ、私も帰り道がこっちなの」
「ふーん」
それからまたしばらく歩いた後のこと、
なんと彼女は俺の家があるマンションの隣にあるマンションの前で立ち止まった。
「え、ひょっとしてお前んち、ここ?」
「そうだけど」
「まじかー、隣のマンションだったのか」
「え、じゃあ、あのマンションにあなたの家があるの?」
「ああ」
と言うと、彼女は顔を歪めた。
「なに嫌そうな顔してんだよ」
「こんな不良の近くに住んでるなんて……」
「不良じゃねぇよ俺は」
「でも、あなた不良グループじゃない」
「不良のやつらが俺に絡んでくるだけだ、俺自身は不良じゃない」
「ふーん」
「なんだよ、その全然信じていなさそうな目は?」
「まぁ、あなたが不良だろうが不良じゃなかろうがどうでもいいけど、登下校で私を見かけても声かけたりとかしないでよね」
「あ、おい」
彼女はこちらを一瞥もせず、スタスタと去っていく。
そう言われると、声かけたくなっちゃうじゃないか。
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