8.飛んで火に入る

 男は手早く俺の両腕を身体の前で合わせてガムテープで巻いた。更に両方の親指を纏めて小型の万力に挟み、くるくるとハンドルを回して締め上げた。


「いやちょっ待っ……!」痛みよりも恐怖で叫び出しそうになった。


「おい、騒ぐとほんとにすり潰すぞ」四角い顔の男は、ハンドルに手を掛けたまま低い声で凄んだ。


 その声で思い出したが、こいつは最初に俺が捕まったときにススキと一緒にスピーカー越しに詰めてきた男だ。


「浅田さん、ですよね」オリガはまだキバチの腕を掴んだまま、更に一歩、ゆっくりと下がった。


「ああ、覚えてくれてたのか。なんか最近、記憶喪失ぎみだと聞いてたが」浅田は言った。

「記憶はともかく、記録はあるので」

「なるほど。だったら以前自分がハマった罠についても知っておくべきだったな」

「知ってはいましたが」

「お前は蛾みたいな奴だからな。飛んだ瞬間に、一番強い力が見えた方向へ向かうだろ。そして自分から飛び込んで死ぬ」浅田は俺の親指を締め上げている万力のハンドルをがっちり掴んだまま、ちょっと楽しげに言った。「だからキバチ本人を警護するよりも、監視カメラで見ておいて、飛びそうな瞬間に誘き寄せたほうが確実だ。知ってても引っ掛かるようじゃ本当に虫並みだな」

「知ってはいましたけど、前に浅田さんが特技を使ったときの歪み方と違ったので。弱めで特徴の無いパターンだったから警戒しなかったんです」

「そりゃそうだよ、今回のは俺じゃなくてあっちだから」


 そう言って浅田が見やった方向には、時刻表とその柱に一体化したベンチがあり、くたびれたジーパンを履いた若者が座っていた。


 若者は座ったまま紺色の折り畳み傘をさしており、皆の視線が集まると「もういいっすかね」と言って傘を閉じた。


 その途端、ホームの天井に張り付いていた無数の紺色のが、陽炎のように揺らめいて消えた。


「キバチさん裸足じゃないっすか」若者は傘をしまいながらキバチを見て、ヘラヘラした笑みを浮かべた。

「だって、部屋から急に飛ばされたから」キバチはオリガに片腕を掴まれたまま、もう片方の手にはちゃっかりと新しい酎ハイの缶をまた握っていた。

「それ、なんすか? うまそうなもん飲んでるっすね」

「これは別にうまくないよ。酔えるから楽しいだけ」

「ええ?」若者は曖昧に笑う。


 そのヘラヘラした表情を見て思い出した。こいつの顔は昨日事務所で見たばかりだ。オリガが集めてきた特技者達の一人、フリーターの穴井だった。


「お前なんでそっち側に付いてんだよ?」俺は思わず言った。

「え、なんでって。俺は元々、キバチさんを尊敬してるんで」穴井は悪びれずに言う。「別に誰について行こうと俺の勝手じゃないっすか? 誰にも、駄目とは言われなかったし」


 わー。猛烈に腹立つ主張。

 俺が先程ススキにぶつけた言い分と似ているところが、また余計にムカついた。


「オリガさん。おとなしく一人で帰ってくれないか」浅田が言った。「今日のところはあんたの負けだよ。キバチは置いてってもらうし、このヒナモトもいったん預かる。用が終わったらすぐ帰すから、別に構わないだろう? 遅くとも夜までには……今日中には帰すよ。だから先にオリガさん一人で帰ってくれるか」

「交換しましょう」オリガはキバチを掴んだ腕を少し持ち上げた。「キバチさんを返すので、ヒナモトさんをこちらに」

「いやいや、それでは最初と変わっていない。そっちから殴り込んどいて、やめるから元通りにしろというのは、交換条件にはならないぞ」

「難しいことおっしゃいますね」オリガは感情の読み取れない笑みを浮かべた。


「飛ぶんじゃないぞ」浅田は鋭い口調で言った。「キバチを連れて飛びやがったら、こいつの指をすり潰すからな」

 浅田が万力のハンドルに掛けた手に力を込めた。

「いっ!」親指を締め付ける力が増して、思わず声が出た。


 こいつだったらやりかねない、と感じて、冷たい汗が止まらなかった。オリガが俺を残して逃げたら絶対やるだろうし、そんなことが起きなくても「なんとなく一応」くらいのノリでやりそうだ。今の時点でもだいぶ俺の親指は圧迫されて変形している気がする。指でつまめなくなったら、俺の特技もそれまでなんだろうか。


 どうすればいい? 輪郭線は見えている。万力の台座とハンドル、そこに掛かる浅田の手、ゴツそうな腕時計、シャツの袖口……。だが、親指を拘束された状態で、他の指だけ使って剥がせるのかどうかわからないし、そんなこと試そうとしただけで浅田にすぐ気付かれる。そして指を潰されるだろう。痛いんだろうな……こんなチャチな道具だと意外と上手く潰れなかったりして。中途半端に締め上げられて、ただただ死ぬほど痛いんだろうな。


 脚は拘束されていないわけだし、本当は浅田を蹴倒して逃げるべきなのかもしれない。だが、とても逃げ切れる気がしなかった。元から運動不足な上に、刺されて以降は更に基礎的な体力が落ちている。日常生活とデスクワークに支障が出ない程度まで持ち直すのが精一杯だったわけで、健常な男相手に大立ち回りを演じる脚力など望むべくもない。


 せめて俺に、今からでも奮起してジムに通う程度の根性があればな。無いけど。


 今までもこれからも、絶対に無いけど。


 だからまあ俺のような人間は常に長いものに巻かれて流されて適当に暮らせばいいんだし、この際、飼い主が連盟だろうがNコートだろうが大した違いはない。それに、キバチや穴井がどうなろうと知るか。モノレールも知るか。廃線にすればいいだろ、どうせそれほど乗客もいないんだし。現にこちら側のホームに他の乗客は見当たらないし、向こう側にも二人だけ。その二人は揃って端末を覗き込み、俯いている。こっちで何かトラブルが起きていることには気付いているだろうに、頑なに知らないふりを貫く気だろう。ほんとクソみたいな市民しかいないな。俺もだけど。


 オリガだけは逃してやらないと可哀想だ、と思った。けど、可哀想って何が?


 オリガは全く感情の見えない顔で黙っている。不安も、戸惑いも、何かに逡巡して考え込んでいる様子すら見えない。やっぱりこいつはロボットなんじゃなかろうか。脳の半分くらいがAIに置き換わったりしてない? 今、あれだろ、俺が両方の親指を失うことと引き換えに得られる利益が何であれば釣り合うのか、計算してるんじゃないかな。


「おい、早くしろ」浅田が言った。「キバチをこちらによこせ。そして一人で消えろ」

「ヒナモトさんが痛がってる」オリガは俺の手元を見た。「それを外してください」

「あんたが消えたら外すよ」

「それを信じろと?」

「そうだよ。あまり我儘を言うな。多くを要求できる立場じゃないはずだ」

「交渉が上手いですねえ、浅田さんは」オリガはまた真意の読めない笑みを見せた。

「性格はまるきり変わってないようだな」浅田は苦々しげに言って溜息をついた。


 ピンポーン、と間の抜けた合いの手のようなチャイムが鳴り響き、次いで空気の読めない陽気なメロディが流れた。


『まもなく、一番線に電車が参ります。危険ですから、白線の内側まで――』


 こちら側の電車はさっき出たばかりなので、この電車は反対側の路線だ。こちら側だったら浅田をホームから突き落としてやったのに。と、出来もしないことを夢想してみる。


 向かい側のホームにいるクソ市民の二人が、間も無くこの電車に乗って去るはずだ。邪魔な目撃者がいなくなったら、浅田はもっと堂々と暴力を使いだすかもしれない。それでなくても、時間が経てば経つほどオリガの体力切れを浅田が勘づく可能性は高くなる。今、どうにか膠着状態を保っているのは、オリガがキバチを連れ去るかもしれないと浅田が思い込んでいるからで、しかしそれはブラフなのだ。俺たちが切れる手札はもう無い。状況は刻一刻と悪くなっている。


 電車が向かい側のホームに走り込んできて、ドアの開く音がした。土曜の真昼のモノレールは席が半分埋まっている程度で、ここで降りる乗客は十人もいないようだった。


 電車はそのまま発車しなかった。

 ドアが閉まる音もしない。


 ぶわっと耳を塞ぐ高音のノイズが耳を包んだ。


 オリガがキバチの腕を捻って足を払うのが見えた直後、目の前が灰色の物体に覆われて何も見えなくなった。


 灰色の柱のような物体が無数に生えてホームを埋め尽くしている。合わせ鏡に映したような、機械的なパターンの繰り返しだ。それでいて、ひとつひとつの表面は毛の無い動物の肌のように有機的な質感を持っている。


 灰色の柱の隙間に、白く不定形の触手のようなものが揺らめく。見つめると眩暈がして気分が悪くなりそうだ。


 不意に、「こっちかよ」という声とともに何故か舌打ちが聞こえ、ダブついた服を着た小柄な男が俺の拘束された手を掴んだ。


 鍵山だった。


 パーカーの前面の、二股に分かれた妙なチャックを今は全開にして、みぞおち辺りの一ヶ所を大きな安全ピンで留めていた。そこが、チャックをモノレールの線路に見立てた時の、宮間台駅の位置なのだろう。


「これってここで外すのか」鍵山は万力のハンドルに手を掛けた。

「いてっ!」両方の親指の爪が割れるかと思うほど痛んだ。「おいてめえ!」

「ああ逆か、すまん」

「絶対わざとだろ! 殺すぞ!」

「本当に間違えたんだってば」鍵山は俺の指から器具を取り外し、腕を固定していたガムテープもバリバリと剥ぎ取った。

「あの、それも割と痛いんだが」

「注文が多いなあ」


 ホームを埋め尽くす灰色の物体と触手は、鍵山が動く場所だけをぬるぬると避けて消滅と出現を繰り返す。試しに俺が動こうとすると、磁石が反発し合うような力で押し戻されて、それ以上動けなかった。


 こいつの能力、敵に回すと厄介なタイプだな。


 先日の騒ぎを思い返しても、複数の駅に何時間もこれを出しっぱなしにできたわけだし、特技者としてはかなり強い方なのかもしれない。


「おい、鍵山ぁ!」障害物の向こうからドスの効いた若い女の声が聞こえた。「ブツを減らせ! 邪魔!」

「ちょっと待って!」鍵山は怒鳴り返した。

「待てねえよ!」

「じゃあ、いったん全部消すぞ?」鍵山はパーカーを留めていた安全ピンを外した。


 耳を塞ぐような高音が消え、不意に視界がひらけた。


 オリガがキバチを捩じ伏せていた。キバチはホームの冷たいコンクリート上に頬を押し付けられ、腕を背中側で変な形に固められていて、そこそこ痛そうだった。


 少し離れたところ、ホームの縁の辺りで浅田と、スエット姿の若い女が格闘していた。オリガがこの駅で最初に保護した少女、リナコだ。彼女は掌から伸びた黒い帯のようなもので浅田の右足を巻き取っており、浅田はそれを振り切ってホームから飛び降りようとしていた。


「リナコさん。その人、逃がしてやって」オリガがキバチを抑えたまま言った。

「なんで?」リナコは不愉快そうに返した。

「浅田さんは強いんです。被害を拡大するのは私達の本意じゃない……」


 オリガが言い終える前に、浅田が右手を大きく「パー」の形に広げてホームの縁に当てた。


 破裂するような重低音と共に辺り一帯がズンと揺れ、錆びついたホームの屋根がミシミシと軋んだ。

 向かい側のホームで、止まってしまった列車に取り残されていた乗客達が騒ぎ出した。


 浅田が手を当てたホームの縁はサッカーボール大の綺麗な球形に欠け、辺りには白い煙と、薬品のような臭気が立ち込めていた。


 リナコは唖然とした顔でそれを見つめたが、その手から出る黒い帯はまだ浅田の右足首を捕まえていた。浅田はそれを見ると、何の感慨もない動作で広げた右手を自分の足首に当てた。


「げっ」

 リナコが怯んだように手を引っ込めるのと、軽い破裂音とともに浅田の足から血飛沫が上がるのがほぼ同時だった。


 ホームの端に、大玉のトマトを叩きつけたような赤い染みが広がった。浅田はそのまま素早くホームから飛び降り、そこにまた右手をついて破裂させた。


 先ほどよりも大きな揺れが駅全体を軋ませ、強い金属臭とともに大量の煙が立ち込める。


 止まっている列車の中から複数人の悲鳴が聞こえ、バタバタと乗客がホームに飛び出してきた。


 煙が晴れると、浅田のいた場所が半球状に大きく抉れていた。てんてんと赤い血の垂れた痕が向こう側のホームへ続いていたが、浅田の姿はもう見当たらなかった。


「うーわ。キモ」リナコは顔の横で跳ねている髪を掻き上げて耳に掛けながら、眉を顰めた。


 自分の足を千切ってでも逃げるってことは、そうしなきゃもっと酷いことになるという確信があるのだろう。ブラック企業の幹部は大変だな。


 俺は改めてオリガを見た。キバチは足元に押さえつけられたまま、虚ろな目で何かをブツブツ言っている。酔いが回ってきたか。

 鍵山とリナコが揃って嫌な顔で、浅田の残した血痕を見ている。


「一人足りないな」俺は呟いた。「穴井が消えた」

「あの傘男か。やっぱ裏切ったな、あいつは」鍵山は偉そうに溜息をついた。



 その穴井とは結局、改札口で再会した。

 こちらも昨日顔を見たばかりの橋岡という学生が、文字通り首根っこを掴んで穴井を捕らえていた。


「ヒナモトさんに、向かいのホームから合図を送ったんですよ」橋岡は言った。「あの男に腕、縛られてたから、まずいと思って……」

「え、あそこにいたの?」

「最初からいました。瞬間移動してくるところを見ましたよ。撮影チャンス逃しちゃったなあ」

「何がチャンスだよ。俺がそっち見たとき他人のふりしてガン無視してたじゃねえか」

「してませんって。鍵山君たちにメールしてたんです」

「ラッキーだったな、丁度こっちに向かう電車に乗ってたから」と、鍵山は言った。


 改札前は、土曜日のこの駅にしてはだいぶ騒ついて混雑していた。列車が止まったうえに原因不明の爆発でホームと線路に穴が空いたので、おそらく大半の乗客が別の足に乗り換えるのだろう。


 キバチはすっかり足元がふらついており、オリガが肩を貸して半ば担いでいるような状態だった。橋岡に捕まった穴井は折り畳み傘を握りしめて憮然としている。


「え、それで、何の集まり?」俺は鍵山に聞いた。「何してたの、お前たちは」

「パトロールです!」と橋岡が元気よく言った。

「パトロール」

「新しい『仲間』が出てこないか、手分けして見回ってたんだ」と鍵山が言った。

「へえ。なんで?」

「なんでって……そうするものかと思ってたけど」

「へえ。自主的に?」無意識に半笑いのような声が出てしまって、かなり後悔した。

「なんだよ、おかしいかよ」鍵山はむっとした顔で俺を見上げた。

「いや、いいと思うよ」

「馬鹿にしてんだろ」

「してないって」

「……俺はあんたを見習ったんだけどな。そんなに笑う?」と、鍵山は言った。


「ああ?」心当たりが無さすぎて、変な声が出た。


「何も聞かずに俺に金を渡して、事務所に匿ってくれただろ。あれ結構、びっくりしたんだけど」勿体ないからまだ使ってない、と言って鍵山は尻ポケットからクシャクシャになった一万円札を取り出した。「急に能力を持って孤立した人を助けている、と言ってただろ」

「言ったかなあ。別に俺の活動理念じゃないんだけど……」


 だいたい、言ってることの割に札の扱いが雑すぎないか? そこだと絶対に落とすか盗られるだろ。


「というか、それ使わないなら返して欲しいんだが」

「は? 返さねえし」鍵山は素早く札をしまった。

「細かいの持ち歩いてないから渡しただけで、一万は俺にとっても大金なんだが」

「ケチ臭えな。いちいち言うことが小せえよな、あんたは」

「うん。だから俺に見習うところは特に無いと思うよ。お前は何か勘違いをしている」

 鍵山は「あっそ、もういいよ」と言ってわざとらしく溜息をついた。


 いや、これは照れとかじゃなくて本当に誤解のはずだ。俺はオリガの仕事を手伝わされている立場で、連盟の活動を説明しただけだし、金はこいつの減らず口を黙らせるために渡しただけだし、あのとき鍵山にタクシーに乗れと言ったのも……なんでかは忘れたけどその場の思い付きだったはずだ。


 気まぐれと偶然でやったことに大きな意味を求められても、気が重い。


 なんなんだろうな。自分に授かった特別な力で善行とか世直しとか、あるいは金儲けとか……各自、俺の知らないところで勝手にやっててくれないのかな。なんでいちいち俺を巻き込みたがるんだ? こいつらもあいつらも。


「モトちゃん」オリガが、ますますぐったりしてきたキバチの身体を引きずりながら言った。「そろそろ替わってくれない? この人めちゃ重い……」

「ええ……もう、ここに捨ててけばいいんじゃない?」

「そういうわけには。あと私たち、改札通らずにここに入っちゃったんで、このままだと出られないです」

「はあ。改札一個壊そうか?」

「違う違う。剥がさないで」


 結局、「うっかり改札内に入ってしまった」で押し通すことにしたが、俺とオリガの端末、そしてキバチのポケットから勝手に取った端末、三人分の交通アプリを「入場済」の設定にしてもらうのに結構手間取った。宮間台駅は週末は無人駅として運用しているので、精算機の脇にある非常用電話で別な駅にいる駅員に連絡しなければならなかった。


『今度から気をつけてくださいね』スピーカー越しにだいぶ不機嫌そうな声で怒られた。

「すみません。一人が酔ってるもので……」

 オリガがもっともらしいことを言う。全然そんな理由じゃないが、キバチが泥酔しているのは事実だ。


 キバチはもはや自分で歩いておらず、目を開けたまま眠っているような状態に見えた。しかし片手にはまだ酎ハイの缶を握りしめていて、取り上げようとすると「これは僕のだ」と喚き散らした。

 ガンガン飲んでいるようだから酒に強いのかと思ったが、この様子だと大したことはなさそうだ。それか、俺たちが来る前からしこたま飲んだくれていて、時間差で酔いが回ってきたのか。


 おかしいな。俺たちはNコートからこいつを奪い返すという目的を達成したはずなのに、実際には奴らからお荷物を押し付けられていないか?


 貴重な土曜日の午前を丸々費やした成果がこれなのかと思うと、頭痛がしてきそうだ。


「鍵山ー。もうとっくにお昼だよね」改札を出ると、ずっと黙っていたリナコが言った。

「そうだなあ」鍵山が頷く。

「腹減ったよなー」

「そうだなあ」鍵山は俺を見た。

「え、なんでこっち見るの?」

「ユキちゃん達……双子の二人も、湊沢方面を見回ってたんだけど、そろそろ昼だから合流するって言ってる」鍵山は端末の画面を確認して言った。

「そう。俺は知らないけど」

「え、昼とか無いの?」

「知らん。なぜ俺に聞く」

「だって、俺達はあんたの恩人のはずだし。少なくともさっきのことは、飯一回分以上の価値はあったよな?」

「鍵山くん。お前が俺にやってることはね、ほぼいつもカツアゲなんだが」

「いいじゃん。弱そうで金持ってる奴の宿命だろ」

「は? どういう価値観だよ……」


 やべえ。血塗れになって逃げ帰った浅田の気持ちがわかりそうになってきた。


 もう帰りたい。

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