3.増殖する特技者
二玉駅の改札前で、応援に来ていた皆川と鉢合わせた。
大学生の皆川はひょろっと背の高い青年で、口数は少なく、てきぱき動くタイプの優等生だ。
「オリガさんに呼ばれてきたんですけど、僕が何もしないうちに勝手に消えちゃいましたね」と皆川は言った。
「オリガはこっちに来てないのか」
「僕は会ってません。え、ヒナモトさんも?」
「いや、一緒に
「ええ?」
「よくわからん。メールは来てるから、どっかにいるんだろうけど」俺は端末を見たが、その後追加のメッセージは来ていなかった。
「オリガさんは相変わらずですね」皆川は爽やかに笑って、それから俺の傍に付いて来ていた鍵山を見た。「そちらは?」
「湊沢駅で捕まえた。特技者みたいだ」
「え? それはすごい」
「すごいのかね。とりあえず所長に報告しようかと」
「所長が喜びますよ。人手不足でずっと嘆いてたから」
「まあねえ」
この鍵山というやつが連盟の人手不足を補うような人材になるかどうかは、かなり怪しいが。
皆川はこの後バイトが入っていると言い、慌ただしく去って行った。彼はいつもロードバイクで移動しているから、地上階の駐輪場へ向かうのだろう。
俺と鍵山は運行を再開したモノレールに乗り、連盟の本部事務所に向かった。別に鍵山を今すぐ所長に引き合わせる必要はないので、自宅まで送ってやると言ったのだが、鍵山は嫌な顔をして「この時間だと親が起きているから」と言った。毎日、特に用事が無くても日付が変わるまでは帰宅しないようにしているそうだ。何か問題のある家庭なのかもしれないし、単に親離れの時期というだけなのかもしれない。面倒なのでそれ以上聞かなかった。
連盟のプレハブ事務所には所長の
ソファは事務所の隅の小さい流しの前に「コ」の字型に三台置かれたもので、三台ともデザインはバラバラで、しかもすごくボロい。真ん中に置かれたガラスの丸テーブルも、端が欠けている。テーブルには缶コーヒーが二つと、口の開いた菓子の袋が幾つか並んでいた。
オリガは顔を上げて俺を認めると曖昧な笑みを見せた。そして何か言いかけたが、結局何も言わなかった。
「大丈夫?」俺はソファに歩み寄りながら思わず言った。
はっきりと異変を感じたわけではないが、何かオリガの表情に違和感をおぼえた。近寄ってみると、かなり顔色が悪い。血の気が失せて生気のない肌で、目つきもぼんやりしている。
「すみません。疲れただけ」と、オリガは言った。
「能力の使いすぎだろ」大佐戸が書類から顔を上げずに言った。「放っときゃいいんだよ。無茶するなと言っても絶対聞かないんだから」
「使いすぎ? 何をしたんだ」
「逃げられてしまった」とオリガは言った。
「逃げられた?」
「次元の歪みが見えたので。
「宮間台……」
二玉駅から何駅か南の駅だ。Yの字に分岐している線路の、分岐前の一本線の真ん中くらいだろうか。
「大きな力を使った人がいたと思う。でもNコートに先を越された」
「あいつらか」
ススキ達に捕まったのなら、俺が最初にされたようにその特技者も痛め付けられてる可能性があるのか。あの連中も懲りないというか、ずっとこんなことばかりしているんだろうか。まあ、俺みたいにバックれる奴がいるから、次々新しい特技者を取り込まないと続かないのかもしれない。
「あまり気にするなよ。全部うちで保護しなきゃいけないって決まりでもないだろう」
「そうなんだけど、ちょっと懸念してることがあって、その人がNコートの一員になってしまうと今後面倒くさいかも」
「いいから休んどけよ」と、大佐戸が書類を見つめながら口だけ挟んだ。「どうしてもってなったらもう一回戦争して叩き潰すまでだ」
何かすごく物騒なこと言ってるな。過去に連盟とNコートが激しく揉めたという話は、以前オリガも言っていた気がする。
「そちらは? あ、この前いた人?」オリガは鍵山を見た。
鍵山は勝手に空いたソファに座り、テーブルのチョコクッキーを取って食べ始めていた。
「湊沢駅にいた。鍵山君」俺は言った。「前回も今回も、電車止めていたのはこいつらしい。あの駅を埋めてた変な物体を出したり引っ込めたりできるんだ」
「なるほど。たぶん彼女と同じかな」オリガは缶コーヒーを持って黙っている若い女を見た。
女は二十代前半くらいに見えた。ショートの癖っ毛が肩の辺りでくるくると跳ねていて、グレーのスエットの上下を着て、裸足にボロボロのスニーカーをそのまま履いている。こんな言い方は悪いが、引きこもりがそのまま部屋から抜け出してきたような印象だ。オリガが何と言って連れてきたのかわからないが、会ったばかりの男に連れられてこんな所まで来る無防備さもちょっと不安になる。
「リナコさんです。彼女も超常災害を出したり消したりできるみたいで」と、オリガは言った。
「じゃあ宮間台駅の次元の歪みってのは、この子の?」
「いえ、もっと巨大な歪み……湊沢駅にいた私が気付くくらいだから。もう一人、もっと強力な特技者がいたのは間違いない。だから、モトちゃんにあの場を任せて急いで駆け付けたんだけど、一足遅かった」
「先回りしたのがNコートだっていうのは確かなのか?」
「それは、Nコートのいつものメンツが車に誰かを押し込んでるのが見えたので。ただどんな人なのかは見えなかった。連中がリナコさんにも手出ししそうだったんで、急いで彼女だけこっちに連れてきたんです」
「へえ……」
彼女にしてみればどっちも特技者に固執する怪しげな組織なわけで、Nコートかオリガかという嫌な二択だったんだろうが、結果的に暴力的じゃない方に保護されたのは幸運だったのかもしれない。
リナコも、鍵山も、俺たちが話しているのを完全に無視して、無言でテーブルの菓子を取っては食べ続けていた。図々しいというか暢気な奴らだ。それともよほど空腹なのか。
俺は明日の仕事のことを思うとあまり長居したくはなかった。鍵山たちについては所長が引き受けると言ってくれたので、その言葉に甘えることにして先に帰った。
それから週末までの間にまた三度ほど出動させられ、更に四人の特技者が確保された。大学生の橋岡、二十歳でフリーターの穴井、双子の高校生ユキとサクラ。
それに、何故か毎晩入り浸るようになった鍵山とリナコが加わり、コの字型に並んだソファは満員だった。
「託児所じゃねーんだぞここは!」所長の大佐戸がうんざりしたように言う。
けど、ガラステーブルに乗ったピザや菓子類、ジュースのペットボトルと紙コップは大佐戸がポケットマネーで買い与えたもので、完全に餌付けしてしまっている。
「どうすんだこれ」俺は一緒になってソファに寛いでいるオリガに聞いた。
オリガの顔色は今日も良くなかった。双子の姉妹とフリーターの穴井は、リナコのときと同じくオリガが単独行動で見つけて連れてきた。その際にどういう能力の使い方をしたのかは知らないが、連日無理が続いているらしい。
「懸念していたことが当たっている気がします」オリガはぐたっとソファに身を預けたまま言った。「やはりNコートに取られたあの特技者を取り戻さないといけない」
「どうして? そいつに何かある?」
「いつかは現れると思っていた。特技者を作り出す特技者です」
「作り出す?」
「この人たち全員」オリガはソファに集まった若者たちを手で示した。「同じ特技者から力を分け与えられています。全員がモノレールの駅や線路に特化して障害物を出したり消したりできる能力を発現してて、それも最近急に得た力で、その直前に赤い上着を着た男に会ってる。すれ違いざまに頭に触られたり、手をかざされたり」
「俺は触られた覚えはないぞ」鍵山がスナック菓子をつまみながら口を挟んだ。「ただその赤ジャンパーの男とは同じ列車で乗り合わせたけど」
「あたし達は話しかけられたよ、ねえ」双子のサクラがユキと顔を見合わせて笑った。「いつもの痴漢かと思った」
「なに、いつものって」とユキが返し、姉妹はソファの上で顔を寄せ合ってコソコソとやり取りを続けた後、二人揃ってギャハハハと笑い出した。
よく分からないけど感じが悪い。
残りの橋岡と穴井は端末を見ながら黙々とピザを食っている。鍵山とリナコも相変わらず、食べ物にしか目が行ってない。
「隠キャばっかりだな」
思わず呟いたら、鍵山に睨まれた。他の連中は顔を上げもせず、完全に無視。
なんだか先が思いやられる。
オリガはしばらくソファに身を預けてぼうっとしていたが、やがて何か決心したように勢いを付けて身体を起こし、俺を振り返った。
「モトちゃん、明日は暇ですか?」
「あー……土曜日は二度寝したいんだけど」
「朝九時くらいに二玉駅に来れる?」
「俺の話聞いてた? 土曜の午前中は俺の中では夜なんだけど」
「Nコートからその特技者を取り返しに行きます。これ以上モノレール周りの超常災害を起こさせないためには、元を断つしかない」
「それを俺がやんなきゃいけないの?」
オリガは無言でじっと俺を見上げた。四角い眼鏡の向こう側の目には特になんの感情も篭っていない。ただ、予想外の返しをされたと言わんばかりにキョトンとしている。
「……いや、わかったよ。行くけどさ」
「ありがとう、助かる」オリガは真意のよくわからない笑みを見せた。
「けど、俺たちだけで勝ち目があるか?」
「大丈夫じゃないかなあ。カンナのビルを壊したときみたいに、居そうなところまで近付いたら周辺ごと壊して巻き取ってしまえば」
「お前もわりと、物騒なこと言うよな」
書類に一区切りついたらしい大佐戸が、立ち上がって伸びをしながらやって来た。ソファに並んだ若者達と、ガラステーブルの上に広がったピザや菓子を眺める。
「食い散らかしてんなー。若い者はよく食べるね」
「あんまり餌をやらない方がいいんでは?」と俺は言った。
「鳩みたいな言い方すんな」鍵山がまた俺を睨んだ。
「だって、毎日食いに来るほうがどうかと思うよ。夕飯は自分ちで食えよ」
「まあ、Nコートかなんかに行かれるよりはマシだから」大佐戸は言った。「とりあえず今週中は、この人達はうちで引き留めておく。なんやかんやでそれが一番安全な気がするよ。土日でその大元の特技者を捕まえて、上手いこと蹴りをつけてもらいたいな。ジュウヤ達は
「苫山でも災害ですか?」オリガが聞いた。
「災害というか抗争というか……そっちの方が深刻だ。その件は来週説明するよ。二人は先にモノレールの件を片付けてくれ」
「わかりました、任せてください」オリガはソファから立ち上がった。「モトちゃんがいればほぼ確実ですよ。明日までに私はコンディションを整えておくので」
「まあ、お前の体力次第だな」と大佐戸は言った。
「オリガの能力は、そんなに体力を使うのか」俺は聞いた。
「そうですね。一日に二、三回が限度かな」
「意外と少ないな」
今まで俺と出動したときに、オリガが体力配分に気を遣っている様子を見たことがなかったので少し意外に思った。
「モトちゃんみたいに、無制限に力を使える人のほうが珍しいんだけど」オリガは少し困ったような顔で言った。
「そうなの? 次元の壊し過ぎに気付けないのも、そういう体力的な上限が無いせいかな」
「それはかなりあると思う」
気付くと、ソファの若者達が全員こちらをじっと見ていた。
「え、何?」
「あなたも、特技者なんですか?」リナコがボサボサの横髪をかき上げながら聞いた。
「そうだけど」
「何ができるんすか?」とフリーターの穴井が聞く。
「うーん。お前の記憶を消せる」
「ええ?」穴井はヘラヘラとした笑みを浮かべた。
「あとは、ものを消したり壊したり」
「ほんと?」「じゃあ、やって見せてよ」と、双子の女子が口々に言う。
「いいけど、俺が消したものは元に戻らないぞ」言いながら俺は、一番手近なソファに手を伸ばし、浮き上がってきた輪郭線をつまんで剥がした。
ぐるん。
裏返ったソファは大半の部品が消えて、脚と本体を留めていたらしいボルトが幾つか転がった。
「うわあ!」座っていた橋岡という学生が床に投げ出されて、大袈裟な叫び声をあげた。
「おーい。うちの備品なんだが?」大佐戸がまたうんざりした顔になる。
「でも、見た感じほぼほぼ粗大ゴミでしたよね?」
「今使ってるのに消す奴があるか」
「だって、やって見せろって言われたから……」
「あの!」起き上がった橋岡は俄然興奮した様子で、端末を俺の方に向けて構えながら叫んだ。「今の、もう一度やってもらえませんか?」
「いや、もういいだろ。あとそれなんだよ、撮影しようとしてるだろ」
「お願いします! 顔は映さないようにするんで」
「顔はって、ネットに上げるの前提じゃないか。やだよ」
「でも、だってこれ絶対バズるんで……お願いします! 収益出たら十パー渡しますから」
「九割お前が取るのかよ。いやバズらないって。そんな映像、CGで幾らでも作れるだろうが」
「そんなあ」
リナコはもう飽きたのか、菓子箱を漁る作業に戻っていた。穴井も自分の端末に目を戻している。双子のユキとサクラは、俺の顔をチラチラ見ながらまたひそひそ話を始めていた。
なんというか、最近の若者ってほんとにコミュ障で身勝手だな。たぶん昔の若者だって同じだろうけど。
「じゃあ明日」と、俺はオリガに言った。
オリガは頷いた。「よろしくお願いします。二度寝しないでね」
「社畜の土曜日は貴重なんだけどなあ」
そういえばオリガが普段何をしている人間なのか知らないな、と思った。この特技者連盟の職員としての活動にかなり時間を割いているようだが、他の食い扶持はあるんだろうか。
しかし別に今すぐ知りたいことでもないので、またそのうち聞くことにした。それか明日、会話のネタが無くなったら聞いてみよう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます