第20話 幕間

私が最初に世界を認識した時に見えたものは、赤・緑・青の光の集合体がうごめくモノクロの世界だった。

あか・みどり・あお・ひかり・ものくろ・せかい。

言葉はすぐに覚えた。声はまだ出せない。

全ては酷くゆっくりと動いているように見えた。光の集合体は生き物である。言葉を話していたからだ。その言葉を私は覚えた。


自分自身は肌色の短くて小さな手と頼りない足が繋がった体を持っていた。それが自分の目で見ることが出来る自分の全てだった。

簡単には動けないし、生きる為の介助を光の集合体に頼った。光の集合体に敵意が無いことは本能的に理解していた。


光の集合体には顔があるようで無かった。

頭部にあたるところが特にモヤのようにボヤけている。ただそこが、顔だという事しか分からない。だから個体の違いを認識出来ない。

全て同じように見える。

良く観察すれば色の配分や光の大きさがそれぞれ微妙に違っていて、それを判断基準にする事は出来なくはなかった。

だが私はそれをしなかった。それぞれの個体を認識する必要性を感じなかった。

別にどうでも良かったし、興味もなかった。


日が経つにつれ、光は徐々に自身と同じような姿形を取るようになった。

容姿の違いを認識できるようになり、光は薄ぼんやりとしか見えなくなった。

ゆっくりと過ぎる周囲の動きが少しずつスピードアップし時計の針が刻む速度まで追いついた。私の感覚が遅くなっているのだろう。

これは成長では無い。順応だ。

自分はこの世界に順応し始めている。

モノクロの世界は色彩を持ち、恐らくこの視界こそが自分以外の生き物が見ている世界であると理解した。これは順応であり、退化だ。

耐え難い嫌悪感にぶるりと身を震わせた。

私は抑え難い欲求により泣き声を上げた。

みっともない姿だが、あるべき姿でもある。

赤ん坊は泣く生き物だ。

すぐに母が私の様子を伺いに現れた。

滅多に泣かない私の泣き声に酷く驚いた様子でベビーベッドを覗き込んでいる。

私にはまだ自分の意思でこの小さな箱の中から出る事が出来ない。

母親の顔に浮かぶ表情には我が子を案じるよりも先に、本能的な恐怖が滲んでいた。

光の集合体の時からずっと、彼女は私に不安と恐怖を抱いている。

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