第16話
はっと目を開けるとぐっしょりと汗をかいていた。時計を見ると昼の12時を少し過ぎたところ。空腹感より汗に濡れた不快感がまさり、シャワーを浴びることにする。
─ついでに久々に湯船に浸かろうかな。
最近忙しくてシャワーだけで済ませることが多かった。疲れが溜まっているのかもしれない。
だからあんな夢を…。
考えを振り払うように軽く頭を振って、湯船の準備に立ったところで、リビングの隅で埃を被りかけている固定電話が鳴った。
久々に聴く呼び出し音に、心臓が跳ねる。
スマホ主流のご時世に、固定電話にかかってくるのは9割が悪質なセールスだろう。
だが、我が家では少し事情が変わる。
家族で唯一、スマホを所持していない兄は固定電話愛好者だ。
兄かもしれないと、気が
年季の入ったブラコンも、月日を経て年相応の形に落ち着いた。外見上は。
内心は幼い頃のまま、外聞はしっかり取り繕うようになっていた。こうして誰も見ていないところでさえ、取り乱さないように素早く受話器に手を伸ばすと同時に、一呼吸おく。
本当にうっすらと埃を被っているディスプレイをチラリと確認すると見知らぬ携帯番号が表示されている。つまり兄ではない─にも関わらず、勢いでそのまま受話器を持ち上げてしまった。
このまま切ってしまおうと受話器を下ろそうとしたその時、
「もしもし?切らないで、遥祐」
まるでこちらが見えているかのような、兄の声が聞こえた。
「え?兄貴?携帯買ったの?」
昔はお兄ちゃんと可愛く呼んでいたが、今は兄貴呼び。これも取り繕った外聞の一つだ。
そんな事より。なぜ自分だと分かったのかとかよりも先に、思わず出た言葉は、一呼吸おいた成果でかろうじて冷静な声を出すことができた。しかし、内心では、『頑なに持つのを拒否していた兄がスマホを!持っている!きっと槍の雨が降るに違いない…!』などと、使い古された言い回しが駆け巡っていた。
「ああ、これは借りてるだけだよ」とクッと喉を鳴らす音がする。兄の笑う時の癖だ。笑いを噛み殺すから、逃げ場を失った空気が喉を鳴らすのだ。
良かった。何ですぐに番号とメアドを教えてくれなかったのかと、責め立てる前に理由を聞けて。
懐かしい笑い声にホッとすると同時に、疑問が湧いた。
「わざわざ人に借りてまで連絡って、何かあった?」
「まぁ急ぎって言えば、急ぎかな。今から駅前まで来れる?」
「えっ?兄貴、今こっちに帰って来てるの?」
「さっき着いたばっかりだよ」
驚きのあまり、数秒言葉に詰まった。そして急いで頭を働かせる。
帰省にしてはあまりに唐突だし、今日は何でもない、ただの平日だ。何より、そのまま家に帰ってくればいいだけなのに、わざわざ外に呼び出すなんておかしい。滅多に帰らないとはいえ、兄も家の合鍵は持っているはずだ。
つまり、何かの事情で家には帰れない、あるいは家では出来ない会話がしたいのでは無いか?と推測できた。
「分かった。どこへ行けば良い?」
1時間後に駅前の喫茶店で落ち合うことに決まり、受話器を置く。なんだか肌がピリつく。
この嫌な予感は何だろう──?
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