第10話

我妻遥祐あがつまようすけは泣きじゃくる姪を前に安堵を感じていた。

相沢瑠花あいざわるかは亡き兄夫婦の一人娘であり、密かに思い焦がれたまま逝ってしまった、相沢京子あいざわきょうこの忘れ形見でもある。

兄は妻の姓を名乗っていたため、瑠花も相沢姓となっている。

いずれは養子縁組をして我妻姓にした方がこれから何かとスムーズではないかとは考えている。まだ幼いうちの方が慣れるのも早いだろうか?それとも心の傷も癒えないうちに家族との繋がりである姓を奪うのは残酷だろうか?と思いあぐねている間に一年が過ぎてしまった。

瑠花は両親と住んでいた長野から遥祐が居を構える東京に移り住む事になり、当然転校の手続き等もとっくに完了していたが、心を閉ざしてしまった瑠花は、まだ一度も転校先の小学校に通学出来ていなかった。

瑠花の気持ちを最優先したいが為、好きにさせていたものの、もう一年だ。元々兄譲りの聡い子なので自宅学習でも問題なさそうではあるが、社会復帰は早いに越した事はない。

瑠花は両親の通夜でさえ涙を流さなかった。本当はどこかでこっそりと泣いていたのかもしれない。だが自分は瑠花が泣いてるところも、我が儘を言うところも見た事がなかった。

大人のように振る舞い、本心を見せまいとしている姪に感じる、ざわざわとした不安。

普通に学校に通い、同い年の友達と遊び、笑ったり、時折泣いたり、そんな年相応の生活を一刻も早くさせるべきだと焦り始めていた。

初めて見た姪の子供らしい姿にほっとしつつ考えていると、瑠花の頭を撫でる手に小さいな温もりを感じた。見ると瑠花がまだ大粒の涙をこぼしながらも、自分の手を小さな両の手でそっと触っている。まるで存在を確認するように。そして「遥祐おじさん…」と上目遣いにはにかみながら自分を呼んだ。

瑠花の事は兄夫婦からの手紙に時折同封されていた写真で知っていた。年を重ねるごとに京子さんに似てきたように感じていたが、実際見ると本当に瓜二つだった。

だが性格は兄譲りで、時折兄の幼少期の姿がだぶって見えることさえあった。

瑠花が兄のように成長してしまったらと、遥祐は怯えに近い危惧を感じていた。

兄の我妻恭吾あがつまきょうごと一緒に暮らしたのは、恭吾の高校生活が終わり、実家を出て県外の高校へ進学する迄の15年だった。それ以降は数えるほどしか直接会う事はなかった。別に珍しい事でもない。兄弟の仲は多種多様、希薄な関係も少なくないだろう。だが、遥祐の人生において兄は永遠の呪縛のような存在だった。それは我妻恭吾の特殊過ぎる性質と、その特殊さ故に悩み、苦しみながら生きていた事を、京子さんと、恐らく京子さんすら知らない事を、遥祐だけが知っていた事が大きく起因している。

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