第7話

「お前は京子さんにそっくりだ」

京子は母の名前だ。言葉の意味はわかるが叔父の言っていることは理解できなかった。

母はとても美しい人だった。

父は「お母さんに一目惚れしたんだよ」とよく言っていた。

「一目惚れってなぁに?」と聞くと、「とっても素敵だなって胸を打たれることだよ」と幸せそうに笑っていた。

「むねをうたれるってなぁに?いたそうだね?」

「痛くないよ…いやちょっと痛いかもしれないな。でも、とても幸せな気持ちになるんだよ」

「いたいのは、いや…こわい…」

「こわくないよ。いつかお前にもわかるよ。もう少し大きくなったら…」

在りし日の父との会話を思い出す。

私は胸を打たれるという経験がまだないので結局、今でもよくわからない。

恋のお話なら本で学んだ。叔父の家には、たくさんの本があったので、父と母のいない長い長い時間を潰すために、私は本の世界に逃げ込んだ。分からない言葉は辞書で調べながら読んだ。色々な事を本から学んだ。

それでもまだ恋や愛はよくわからない。

溌剌と笑う母と幸せそうな父の横顔。

母の顔を浮かべて、隣に私の顔を浮かべる。

毎朝顔を洗った時、鏡に映る憂鬱な顔。

不意にガラスに映り込んだ時の淀んだ瞳。

私と母は悲しいほどに似ていない。

母が天使なら、私は幽霊みたいだなと思う。

本当に幽霊になれば二人に会えるだろうか。

「お前を見ると二人を思い出して辛かった。兄さんを。京子さんを…」

叔父の声ではっと我に帰る。「京子さん」と呼ぶ時の声音が少しだけ父と似ている気がした。

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