第6話
「コーヒーです」
店主がいつの間にかそばに立ち、2人分のコーヒーを優雅な所作で並べる。
マジシャンのような手つきに思えて、砂糖壺から真っ白な鳩が飛び出す様を少しだけ期待した。
叔父が注文したチョコレートタルトは私の目の前に置かれた。
まるで両親が我が子に施すような愛情を感じてしまい、いけない、とまた蓋をする。
勘違いをしては、いけない。
それでも叔父が私のために注文してくれた事実にそわそわと落ち着かない。
いけない、いけない…
「うちに来て今日で丸1年だな」叔父がそう呟くように言ってコーヒーを一口飲む。
私も一口。とても熱くて、とても苦い。
なんとか飲み下しながら小さく頷いた。
両親は2年前、揃って事故で死んでしまった。
小学4年の6月、梅雨らしいジトジトとした雨の日だった。
学校に連絡が入り、知らないおばさんに連れられて急いで病院に向かったが、二人ともすでに息を引き取った後だった。
沢山の人が集まっていた。無語の両親と血の繋がっているらしい見知らぬ人達と自宅に戻り、そこからの記憶は曖昧だ。
見知らぬ人達の話の合間から両親は駆け落ちしたらしい事を知った。
だから私達親子は、この人達と縁が遠かったのだろう。
今まで両親と暮らしていた居心地の良い家がまるで別の場所のように感じられた。
私は子供なので色々な段取りは全て大人達が淡々と進めて片付けてしまった。
気づいたら住む家もなく、思い出も殆ど残らず、私は独りだった。
親戚達は私の処遇について少し揉めているようだった。聞いているのが辛くて、あえて上の空のフリをしていた。実際、心に穴が空いたようなぽっかりとした空虚感に包まれていたので、それはそんなに難しい事ではなかった。
そんな時、誰かが「私が引き取ります」と静かに言い、それまで一言も話したこともない叔父の家に私は引き取られる事になった。
事故から1週間後、梅雨の長雨が続く夕暮れに私は叔父の家に運ばれた。
実を言うと1週間の記憶が殆どなく気づいたら叔父の家に居たので、自分で行ったとか、連れて来てもらった、と言う言葉がしっくり来ない。
運ばれたと言う表現が一番適当な気がするのだ。
私は両親が死んだ日を境に、人から物になってしまった。いらない物。厄介物。粗大ゴミ。
叔父も私のことをそう思っているのだろう。
あの日から雨は好きじゃない。
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