第4話
私が何も言わずに看板と建物を交互に見ていると叔父が無言で中に入っていくので慌てて私も後を追った。
「いらっしゃいませ」
カウンターから店主と思わしき店員の声に迎えられる。店内は薄暗く目が慣れるまで少し時間を要した。
入り口で立ち竦んでいると店主に「奥へどうぞ」と促される。
声からも見た目からも年齢が推測できない人だった。なんなら性別すらわからない。
暗い店内でうっすらと輝くような店主の青い瞳が印象に残った。
今見たはずなのに思い描こうとしても店主の顔をうまく思い描けない。
きっと美しい人なのだろう。
叔父は店の一番奥のボックス席へ迷いなく腰を下ろした。
窮屈ではないがこじんまりとした狭い店内。
店主のいるカウンター前に4席、蔦に覆われた窓を背にテーブル席が3席。
カウンター席とテーブル席には程よい距離が作られていて椅子は各テーブルに一脚ずつしかない。
喫茶店とは大人が友人と会話を楽しむための空間だと思っていたが、ここはボックス席以外1人用に作られている様に見えた。
耳を澄ますと聞こえる程度の小さな音量でジャズピアノのメロディが聞こえる。
私はピアノのメロディに励まされるように恐る恐る叔父の向かいの席に座った。
2人で向かい合って座ってちょうどの小さめのボックス席はなんだか秘密基地のようで、本来ならわくわくする空間なのだろうなと思った。
叔父に青い革張りの冊子を渡される。
金刺繍の筆記体でメニューと書いてある。
受け取って中を見るフリをした。
「コーヒー、ホットで」と叔父の声。
私は「同じものをお願いします」と言ってメニューを元の場所へ戻した。
「…コーヒー飲めるのか?」
叔父が訝しげにこちらを見ているのに気づいて慌てて俯く。緊張でうまく声が出てこない。
私はコクコクと頷いて答えた。
叔父は「そうか」とだけ答えた。
私は緊張を逃がそうと視線を彷徨わせ、テーブルの壁際に置かれた真鍮のメニュー立てを観察する事にした。
表の看板に似た薔薇と蔦の細やかな細工が施されている。色をつけるならやはり青だろうか。
真鍮の青い薔薇を想像していると、「ケーキも美味いぞ」叔父がそう言いながらメニュー立ての横にある『本日のケーキは店主まで』と書かれた小さな張り紙を指差した。
店主が今日のおすすめはチョコレートタルトだと教えてくれた。
「ではそれも追加で」と叔父が勝手に注文してしまう。
私がメニュー立てを見ていたばっかりに、ケーキを催促しているように思われたのだろうか?胃がきゅっと締め付けられる。
慣れない場所、慣れない叔父の言動にいくら心を落ち着かせようとしても未だ心臓が跳ねてしまう。浅い呼吸が苦しい。
私は店内に流れる穏やかなピアノ曲に合わせてゆっくりと静かに深呼吸を繰り返した。
今日はきっと何か意味がある日なのだ。
その意味を考えながらゆっくりと。
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