オリオン座、吐く息の白さ、おでん

 星が光るのは燃えているせいだというのなら、燃焼音はするんだろうか。


 空を見上げながらそう呟いた彼に、相手はするわけねーだろ、と白茶色の短い髪をかきあげながら鼻で笑った。機械のくせにそうは見えないほど精巧で、皮肉屋のこの男はいつもそうやって春明はるあきの感傷を笑い飛ばしてくれる。


『真空中では振動する物質がないから音波は伝わらない。今どき小学生だって知ってるぞ』

「うわあ、ロマンを解さない言い方だなあ。もうちょっと情緒ってものがあるでしょ」

『俺に情緒を期待するな』

「まあそうだね。それに、もし音がするとしても、どうせ聞こえないしねえ」


 暗い空にそれとはっきりわかる赤い星と、さらに輝く明るい白い星。その間に並ぶ三つ星と、やや下にある星々の集合体。どれもがごく穏やかに輝いていて、暗いかげりなど見えない。とはいえ、彼は自分の身に降りかかる災難を予見できないほどに宿曜ほしよみが得意ではなかったから、あまりあてにはならないのだけれど。


菖蒲あやめ色……いや薄紅梅うすこうばい?」

『何のことだ?』

「あの三つ星の下にある星雲、なんだっけ?」

『オリオン座大星雲M42』

「さすが、物知りだねえ」

『馬鹿にしてんのか。これくらい出てこなかったら廃棄スクラップされるわ』

「せっかく褒めてるのに情緒がないねえ、ほんとに」


 彼の役割は春明の「耳」となり、生活をサポートすることだから、情報伝達及び参照は最優先プライマリ機能ファンクションだ。できて当たり前というのはその通りだし、だから馬鹿にされたと感じるのもやむを得ないのだろうけれど。


「まあ、当たり前のことが当たり前にできるっていいよねえ」


 こぼれたため息は、春明が思っていた以上に深いものになってしまって、はっきりとその白さが冷えた空気の中で浮かび上がる。同時に、隣でぴたりと動きが止まるのが視界の隅に映った。

 目を向ければ、視線の先にあったのは眉根を寄せた険しい顔と左手に持った深皿。次の瞬間、箸で突き刺したその皿の中身を口元に押し当てられた。唐突なその行動と、触れたそれの熱さに思わず悲鳴が漏れた。


っつ! って何⁉︎」

もちきんちゃくだ。好きだろ、お前』

「冬はやっぱりおでんだよねえ……って何その唐突さ⁉︎」

『俺にはねつを感知する計器はあっても、あついと感じることはない。音を波形として検知して表示する機能はあってもそれを心地よいと思う機能もない』


 だから、あった機能を失うことがのも、それは当たり前の範疇なのだろう、と今度は卵を突き刺してこちらに差し出した顔は、眉根を寄せている不機嫌そうな顔のままだった。それでも、その意図は明らかだった。


「……情緒がないなんて言ってごめんねえ。思ったより繊細だったよ」

『繊細じゃねえ、精巧だっつってんだろ』


 不機嫌そうな横顔に、そうかなあと首を傾げて笑いながらもそれ以上の言葉は口には出さずにおく。


 出さない言葉さえも、どうしてかこの相手には伝わってしまうことを知っていたので。

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